第12話 動揺②
その場は水を打ったように静まりかえってしまった。人々は、目を宙に泳がせたり、互いの顔を見合わせたり、うなだれて地面を見つめたりしていた。誰も動揺を隠そうとはしなかった。
少し考えれば、ペドロの言い分が理にかなっていることが誰にでもわかった。ここに集まった人々は出会ってからせいぜい七日程度だ。ユウたちに至っては先程顔を合わせたばかりである。相手が本当に信用できる人間かどうか判断するには、共に過ごした時間が短すぎる。
しかし実際は、ほとんどの全員が無警戒に他人を信じてしまっていた。理由はわからない。偶然お人好しばかりが集まっただけか、何かしらの作用で人を疑うことを忘れていたのか、もしかしたら、人を疑わないことが危機的状況における人間の本来の在り様なのかも知れないとさえ思えた。
うつむく人々のなかペドロだけが変わらずに明るかった。冬の晴天に輝く太陽のように笑いながら自らの紹介を終わらせた。
「互いに疑い合いながらでも、存外人間はうまくやっていけるものさ。これからよろしく頼むぜ」
いよいよユウの順番となったが、場の雰囲気は重苦しく、楽しい自己紹介を行なうような空気ではなかった。
ユウは自分の名前と日本出身ということ、学校に通っていたことなど当たり障りのないことを短く話した。「真理」について話そうとすると、フレデリックがそれを止めた。現状で話しても意味がない、むしろ、混乱を助長するだけかもしれないというのが理由だった。
皆、意気消沈していた。誰もがうつむき一言も発さなかった。先程までの喧騒が嘘のようである。
人の輪の中心に立って、ユウは胸の奥、横隔膜の上のあたりに拳程度の大きさの異物感を感じていた。痛いとも痒いともくすぐったいとも表し難い、チクチク、イガイガ、或いはムズムズといった感覚が、胸から徐々に喉を登り、口の中に何とも言えない渋みとなって広がっていた。
目の前の状況をどうにかしたかった。ペドロが悪くないとわかるから、彼に噛み付くわけにはいかない。目の前の人たちに、せめて顔を上げてもらえるような何かが必要だった。ユウはそれをやることが自分の使命のようにさえ思えていた。
声を震わせながら、閊えながら、どもりながらも、ユウは自分の出来る精一杯の言葉を振り絞った。
「ぼっ僕は、運動も出来ないし、あッ、頭もよくない、です」
「こ、ここ、こに来る前は父さん、や母さん、友達や先生に頼ってばっかで、それで、何も出来なくて、じゃない、出来ません。でも……」
「それでも、ここで生きていたい、です。一人じゃ何も出来ないから、だから、みんなを、皆さんを頼りたい。僕が何を返せるかわからないけど、みんなと一緒に生きていきたい」
最後の方は叫びだった。目をつむり、胸の内のモヤモヤしたものを全て口の外へ放り出すように叫んだ。
ユウが目を開き、頭を上げると、最早うつむいている人は一人もいなかった。険しい顔の人も、いまだ血の気が戻らない青白い顔の人も、ユウを見て嘲笑するような顔の人もいたが、全員がどのような表情をしているか知ることが出来た。端の方でシェンズとヴィマラが無邪気に笑いながら拍手している。
肩を叩かれてユウが振り向くと、フレデリックが真っ直ぐに立っていた。ユウに力強い微笑を向けている。
「皆、聞いてくれ。今、二人の少年が重要なことを我々に思い出させてくれた。確かに我々は警戒心が無さすぎた。誰も、何も、疑わなかった。知らず知らずに『新世界』という新しい現実に、心浮かされていたのかもしれない。我々はまだ知り合ったばかりだ。良く知らない仲なんだ。もっと油断なく相手を見て、相手の事をよく知ろう。だが、同時に我々はこの『新世界』を生きる同志でもあるんだ。信頼が無くても、同じ境遇を協力して乗り越えることはできる。そうだろう、皆」
良く通る実直なフレデリックの言葉に、呼応する声がいくつか上がった。腕を天に突き上げている人もいた。小さく頷くだけの人もいた。何の動きも見せない人、どこか苦々しい表情を浮かべている人もいた。
ただ一点、この「新世界」で生きていかなければならないという事だけは、その場の全員が共有できる揺るぎない真実であった。
今後の方針や約束事については、明るくなった後に話し合いの場が設けられることになった。
四人の見張りを残して他の者は思い思いに眠りについた。いったい何人が安らかな夢を見られたのかは、定かでない。




