第10話 回想
話はユウ達が「新世界」に降り立つ五日前から始まった。
フレデリック達先発の20人もユウ達と同じように広大な草原で目を覚ました。
途方に暮れる者もいれば、新たな人生に胸躍らせる者もいた。
不思議と全員がその日のうちに歩き出し、それぞれの経過を辿りながらも、翌日には全員が集まった。
その日の晩、20人は話し合いを持った。集団を抜けて未知の世界に一人で挑もうという命知らずはいなかったから、議題は今後の指針と集団内の役割決めが主となった。そこで起きた揉め事がこの話の本題である。
「それでどうだろうか。私は必ずしもリーダーを決めなくても良いと思うんだが」
いつの間にか取りまとめ役を担っていたフレデリックが提案した。皆が出来ることを自覚して真摯に実践するのなら、特定の統率者を決めなくても良いのではないか、というのが彼の考えである。
「私は、リーダーは必要だと思う。皆、よくわからないまま連れてこられて、不安なはずよ。頼りになる人に支えて欲しいこともあるんじゃないかな」
手を挙げて発言したのはサラだ。彼女は大勢の前でも臆さずに自身の意見を主張できたので、年上からも一目を置かれていた。
多くの者がサラと同じ考えだったが、誰をリーダーにするかは決めかねていた。昨日今日会ったばかりなのだから当然である。
沈黙を破ったのはレナードだった。無造作に立ち上がると、周りの人々を尊大な態度で見下ろした。
「トップになる奴の条件なんて、強さ以外に何があるってんだよ」
「強い奴には誰も逆らえねえ。そうだろうが」
粗野で短絡的な考えに、その場にいた多くの者が眉をひそめた。
「それじゃあ、誰が最強かっていやあ、この俺よ。俺が王様で、ここにいる奴は全員俺の家来だ」
あまりに身勝手な主張に、あちこちから罵倒や野次が噴出したが、レナードはひるまなかった。
レナードが凄みを利かせてひと睨みすると、罵詈雑言を浴びせかけた者達も黙ってしまった。
「文句があるなら、ウダウダ言ってないで掛かってこいよ。全員、相手してやる。どうした、来ないのか。この腰抜けども」
誰も進み出る者はいなかった。レナードへの恐れが半分、様子見が半分といった雰囲気である。
不穏な空気が流れ、膠着状態が続いた。
嫌な緊張が場を包むなか、唐突に一人の女性が立ち上がり、黙ってその場を立ち去ろうとした。オリガという女性だ。
ユウの知らない女性だった。周りを見ても誰のことかわからなかった。
近くにいたサラに小声で尋ねると、端の方にいる女性を見て「彼女よ」と教えてくれた。
オリガはすらりとした細身で、灰色がかったショートカットが似合う美人だったが、どこか冷徹な印象を与える女性だった。
フレデリックの話を聞いている風ではなく、不機嫌そうによそを向いて何か考え込んでいるようだった。
話はまだ続いている。
その場を去ろうとしたオリガに対し、一瞬困惑したレナードだったが、すぐに我に返ると後を追っていってオリガの腕をつかんだ。
「テメエ、どこ行こうってんだ」
腕を引かれて振り返ったオリガは、不快感に満ち満ちた顔をしていた。汚い物でも見るようにレナードを睨みながら、それでも淡々とした口調で言い返す。
「腕を放してくれ。もうたくさんだ。お前みたいな単細胞とは一秒だって同じ空気を吸っていたくない。私は勝手にさせてもらうよ」
「テメエ、俺をなめてるな」
「見くびってる訳じゃないさ。ただ、お前と一緒にやっていく気がないだけだ」
感情を口調に表さないからこそ、逆に背中を刺すような冷たさが際立っていた。
「ふざけるなよ。俺は『俺が最強』って『真理』をつくったんだ。誰も俺を馬鹿に出来やしないんだよ」
レナードの言葉に、オリガはやれやれといった風にため息をついた。
「それは大層なことじゃないか。好きなようにライオンごっこでもやっててくれ。私はお前の群れに加わる気は更々ないよ」
この一言でレナードの堪忍袋は限界に達した。
右腕を思いきり振りかぶると、オリガの顔めがけて拳を振り下ろす。
しかし、レナードの拳はオリガまで達せず、その手前で留まった。
レナードの右手首をフレデリックの大きな手が横から握りっていた。
真っ直ぐな瞳がレナードを見つめている。
「もう十分だろう。暴力をやめて話し合いに戻らないか」
この提案をレナードが受け入れる訳はなかった。
フレデリックの手を振り払うと、小さく後ろに飛んで距離をつくり、両拳を胸の前で軽く構えた。
「テメエが相手か。いいぜ、掛かってこいよ。だいたいテメエはさっきから気に入らなかったしな」
「話し合いで解決できないのか」
「出来る訳ないだろうが。テメエが来ないなら、俺から行くぞっ」
距離を詰めたレナードがフレデリックに殴りかかる。二人の周りにいた人達が逃げるように場所を空けた。
右、左、無秩序に飛び交うレナードの拳を、フレデリックは横に回り込みながら捌いていく。
傍からはレナードに勢いがあるようにも、フレデリックが相手を制しているようにも見えた。
レナードの渾身の右拳をいなし、フレデリックが腰を落としてためをつくった時、高速の物体がフレデリックの鼻先すれすれを通り過ぎていった。レナードの足先だった。
バランスを失った二人が地面に手を着く。期せずして二人の間に距離が出来た。
ほぼ同時に立ち上がったが、両者とも不用意に距離を縮めることはしない。張り詰めた空気のなか、互いに見合ったまま動かない。
二人だけではなかった。その場の全員がフレデリックとレナードの一挙一動を、固唾を呑んで見守っていた。
不意に、レナードの足下に小石が飛んできた。
一瞬レナードが小石に気を移した隙に、飛び出したプルチネッラが後ろから抱きついた。フレデリックもレナードの下半身を押さえ込む。
最強のレナードは、二人の男によって敢え無く捕らえられたのだった。




