序章
ユウが目を開けるとそこは真っ暗だった。真っ暗だったので、本当に目を開けたのかはっきりしなかったが、少なくともユウは目を開けたつもりだった。
どうして自分が真っ暗な中にいるのか、記憶を探ってみたが、それもよく思い出せない。
とりあえず、身体を起こそうとしたが、うまく起き上がれない。手足の感覚は確かにあるが、その手足は何にも触れることなく虚空をさまよった。どこにも寄る辺のない様な、水に浮いている感覚に近い。
「何がどうなっているんだ」
声は出た。しかし、自分の耳から聞こえたのか、頭蓋骨に響いているだけなのか、これもどこかぼんやりしている。
何か捉え所のない不気味さと気持ちの悪さに、夢なら覚めてほしいと、ユウは強く目を閉じた。
どのくらい目を閉じていたのか、わからない。再び目を開けてと、そこは相変わらず真っ暗だった。ただ、目を閉じる前にはなかった、白く、薄く、そして四角いものが目の前にあった。
手に取ってみると、その手触りはとても滑らかで、重さはまったく感じなかった。
表面には「新世界マニュアル―ユウ様用」と大きく書かれており、さらに文章が続いていた。
文章量は明らかにマニュアルの大きさには収まらないものだったが、ページをめくらなくてもどういう理由か、文章は次々に目に入ってきた。
「誠におめでとうございます。ユウ様は100名の旧世界サバイバー兼新世界スターターに選ばれました。
つきましては、旧世界解体の後、順次、新世界へと移っていただきたく、こちらに招待させていただきました。
新世界構築までの間、こちらでおくつろぎ下さい。
なお、新世界スターター特典として、御一人様につき一つの「真理」決定権をご進呈させていただいております。お待ちいただくお時間を利用して設定していただくことになっておりますので、よろしくお願いします。詳細は、同マニュアルの次項以降をご覧ください。
どうか、あなたの新世界ライフが幸福なものにならんことをお祈り申し上げます」
「はっ? 何これ」
一度では意味がわからず、何度も読み直してみたが、文字通りの内容にしか読み取ることは出来なかった。
マニュアルをひと通り読んでわかったことは、
○自分は死んでいないこと
○これまで自分の暮らしていた世界はなくなってしまったこと
○新世界がつくられるので、その後、そこに移り住むこと
○同じ境遇の人間が100人いること
○その人たちは、新世界の「真理」=絶対的な世界の法則を一つ、自分で決められること
○旧世界のあらゆる法則は無くなり、100個の新法則が矛盾なく存在する新世界が構築されること
○新世界には何人か毎に順番に送られるが、その順番がどう決まるのかはわからない
といった程度のことだった。
マニュアルを何度か読んでいく中で、混乱がおさまり自分の状況を冷静に判断できるようになった。
ふと、もう会えない母親のことを思った。
そういえば、今朝、母親のつくった朝ご飯を残して、家を出たのだ。
急に、心臓を何かに握り締められている様な感じがした。
口の中には、形容しがたい渋みが広がっている。
ヒデアキにはマンガを貸したままだった。
サエコはどのように世界の最期を迎えたのだろう。
父親と最後に話したのはいつだったか、よく思い出せない。近頃は、ろくに挨拶もしていなかったかもしれない。
両方のこめかみが万力で締め付けられているように痛く、涙は出るのに言葉も叫びも出なかった。
親しかった人たちのことが、次々に思いだされた。
信じられないくらい、色々なことを後悔した。
しかし、どれだけ悔やんでも、何もやり直すことはできない。
ただただ、悲しかった。
どのくらい泣いたのか、涙が枯れ果てるという言葉があるが、涙は止めどなく流れた。自ら泣かないと決めるまで、ユウの涙は止まらなかった。
ひとしきり泣き、そして、泣くのを止めた時、ユウの「真理」は決まっていた。
「『新世界』に悲しみはいらない」




