雨宿り
『明日は、全国的に雷雨になるでしょう……』
近頃の天気予報は本当に精度がいい。
―――ひどいにわか雨だった。
「どうして、あんたはいつもそうやって!」
「え……な、何もしてないだろ?」
「何言ってるのよ!ほんとに、いつもいつもいつも!そうやって!!私の気に入らないことばっかり!!」
「な、何が気に入らないんだよ」
「分かるでしょう!!?」
平穏で気持ちのいい青空だと思っていたら、突然黒雲がたち込めて、雷雨になった。
雷が断続的に落ちて、雷鳴が割れんばかりに轟く。
この頃は空模様も落ち着いていたから安心していたのだけれど、たまたま偶然、何かが雷神様の気に触れたらしい。
「出て行って!!もう帰ってこないで!!」
最後に雷神様はとびきりの雷を落とし、強く叩きつける雨を残して去っていってしまった。
***
「……ふう」
錆びれたバス停のベンチに座って、降り続く雨を見上げる。
以前こうした時はもう少し弱い雨で、見ていて聞いていて心地よかったのだけれど、今日はそうはいかないらしい。
舗装されていない砂利道を容赦なく打ち付ける雨は勢いを弱めず、滝のような音をそこら中にばら撒いている。
「……」
全く、つくづくひどい雨だ。
「あれ……君、こんなところで何してるの?」
そうして滝の音が騒がしく響く耳の合間を縫って、届いた声が一つ。
顔を上げて見れば、近所に住んでいる幼なじみだ。
「……雨宿り、かな?」
「雨宿り?……何かあったの?」
気のいい幼なじみは、それとなくはぐらかした言葉に反応し、徐ろに隣に座ってくる。
「……君のところは随分壮絶な生活を送ってるんだねえ」
「まあね」
腹をくくって事情を話すと、幼なじみは直接は何も言わず、のんびりした声で同情してくれた。
……それからは何か話す気配がないので、さっきから気になっていた疑問を訊いてみる。
「そういえば、お前は何でこんな雨の中、買い物袋を提げてるんだ?」
「ああ、これ?お使い」
「……こんな雨の中?」
「そう、こんな雨の中」
降りしきる大雨にはとうてい似つかわしくない、穏やかな笑顔。
こいつの生活も中々に壮絶なのではなかろうか。
「……よし、それじゃあ、付き合ってあげるよ。雨宿り」
「え?……でも」
「いいからいいから」
何度も遠慮したが、結局この気のいいお節介な幼なじみは、ベンチから立ち上がろうとしなかった。
「……止まないねえ」
「ああ、止まないな」
雨は、少しだけその勢いを緩めた。
***
雨の音をどれくらい聞いていただろう。
ふいに、幼なじみが口を開いた。
「そういえば……君は、どうしてほんとに出てきちゃったのさ?」
「え?」
雨の中で、その声は妙に良く響いた。
「だって、『出て行って』って言われて、ほんとに出てきちゃったんでしょ?」
「う、うん。『出て行って』って言われたから、出てきたんだ」
今までだってずっとそうしてきた。
何か良くなかっただろうか。
「ダメなのか?」
「いや、間違ってるとは言わないけど……」
訊ねると、幼なじみはやや躊躇うように俯いてから、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「君は、どうして『出て行って』ほしいのか、聞かなかったんだよね?」
「ああ、そうだ。言われたとおりに、素直に出てきたんだよ」
それが一番良い解決策だと思っているからだ。
何せ、雨は自分でコントロールできない。
降ったら、止むまで待つしかないのだ。
「でも……話し合いをするなりして、次にそんなことを言われないように、少しでも策を講じたりは出来るんじゃないの?」
「……」
次にそうならないための対策。
……考えたこともなかった。
こいつが言うような、雨が降るのを止める、なんてことはできないだろう。
けれど、雨が降っても濡れないよう手を打つことならば、出来るかもしれない。
例えば、傘を差すように。
「そう、か……」
空の遥か遠くで、雲の切れ間から光が差しているのが見えた。
雨雲も、少し小さくなってきたようだ。
「分かった。じゃあ、帰ってやってみるよ」
「うん、頑張って。……じゃ、雨宿りはおしまいだね」
「ああ」
―――そういえば、思い出した。
『雷雨はそれほど長くは続かず、気持ちの良い青空が戻ってくるでしょう』
本当に、近頃の天気予報というのはよく当たる
……多分、雨上がりは近い。