藤城慎吾―ふじしろしんご―
藤城慎吾は、楽観的である。とよく他人から評価される。自分としてはそれほど物事を気楽に考えているつもりは毛頭ないのだが、どうにもこのへらへらとした物腰や態度、言動からそう捉えられてしまうらしい。そして、慎吾自身そのことに対して別に困っているわけでも、心外だ、ともいう気もないので、周りからのレッテルに拍車がかかっているわけである。
人は、自分が見て感じて実際に体験していないことに関して素直に受け止めることが難しいらしい、というのが三十ウン歳生きてきた彼の結論だ。
そして人は、自分が体験して来ていない且つ理解できない不可思議な現象を見る者、または起こす者に対して非常に排他的である、ということも彼は実体験として知っている。
つまり、人という生き物は自分と違う生き物、それも自分と違うということで自分に危害を加える可能性のあるモノにとても冷たいのだ。
ソレが自分と姿形が似ていれば似ているほど―――…だって、自分と違う生き物でも犬猫にはそれほど恐怖を抱かないのだから、そういうこうことなのだろう―――…だ。
もちろん、それは種を守る意味でとても大切なことかもしれない。あるいは、アイデンティティ、居場所。しかし、強制的に排除された側としては、どうにもその結論には懐疑的にならざるを得ない。
藤城慎吾の父にあたる人は、この世界に生きる大多数の人が見て感じて実際に体験できない不可思議な現象を見てしまう人であった。この科学の発展が目覚しい現代において、数値や理論、何より常識で説明のつかないものが見えてしまうということは、本人はもちろん他人にとっても恐怖でしかなかったのだろう。
父は、己の人生の早いうちから、自分を偽ることを覚えたという。
何も見えていない、何も聞いていない。耳を傾けない、信じない。
マジョリティのコミュニティからハミ出なさいように、マイノリティの自分を偽った。そのことが功を奏したのか、慎吾の目から見ても他人の目から見ても、ただのダメ人間にしか見えなかった。
今きっと、自分は他人から見て父のように見えているんだろうなぁと慎吾はただ思う。特にそのことに何か感慨深いものがあるわけでもない。ただ、事実を事実として捉えると、そうなるのだ。
つまり、楽観的とレッテルを貼られるのは、慎吾や彼の父にとって一種の処世術というわけである。
この世で常識とされるもので語ることのできないものは、確かに存在する。確かに、というのは少し不適切かもしれない。慎吾や極一部のマイノリティな人々の中では存在する、といった方が適切か。
『なァー、慎吾ォー』
藤城慎吾には、姉が一人いる。幸いなことに彼女は真っ当な人間だった。何がどう真っ当かといえば、世間一般の中でマジョリティに属し、自分が体験出来うることがこの世界の全てだと思い込み、それ以外の事柄を受け入れることの出来ない人間だ、ということだ。実に幸せである。そして、彼女もまた、マイノリティな人間を排除しようとする真っ当な人間だった。
『慎吾ってばァー、ムシすんなよゥー』
ふと、彼は辺りを見回す。夕暮れ時の薄暗い路地裏。彼が同居人達と暮らすボロアパートは町外れの寂れた場所にある。その為、家賃は驚く程安い。ボロだけど。
『なァーってばァー!』
「うるっせーな、今いい感じで一人語りしてんだから邪魔すんなよなー」
町外れの寂れた路地裏。夕暮れ時では、人通りもない。けれども、慎吾には一人格好良く物思いに耽ることも許されなかった。
足にまとわりつく黒い靄のせいで。
『さっきからブツブツ言ってたのはそれかァ?』
「お前、人の独り言聞くなんて悪趣味だぞー?」
『聞こえてきたんだよゥ。オイラだって聞きたくないよゥ、慎吾の変なブツブツなんてェー』
「変な、とは失敬な!」
黒い靄は、みるみるうちに形を変化させ、人型を取る。一見するとどこにでもいそうな十代の少年。しかし、格好がそぐわない。
『今日は慎吾一人ィー?千晶はァー?』
「あいつは今日も引きこもり。日のあるうちに外出歩くことなんて滅多にないだろ」
『―――…オイラ、千晶は日に当たると溶けて灰になっちゃうんだと、最近まで本当にしんじてたァ』
「あきは吸血鬼か!―――…まぁ、有り得そうだけど」
薄汚れた絣の着物、足元には草鞋。随分と時代に乗り遅れた格好をしたその少年は、しみじみと慎吾の同居人について語った。
「…で?今日は何の用だ?」
『用なんてないよゥ。慎吾見つけたから話しかけただけェー』
周りに他の人間もいなかったしねェ、と屈託なく笑うその表情はただの十代の少年そのものなのに、この世の常識と呼ばれるものに少年は含まれていない。
『また、千晶連れてきてよゥ!オイラ、千晶好きだものォー』
バイバイ、と手を振り、少年は具現化した時と同様、黒い靄へと姿を変え、そのまま霧散していった。
先刻言ったとおり、藤城慎吾には姉が一人いる。幸いなことに、真っ当な人間だ。その姉には、一人の息子がいる。その息子は、祖父に当たる慎吾の父の血を色濃く継いだらしい。おかげで、真っ当な姉に排除され、随分と捻じ曲がった性格に育ってしまって、彼では矯正できそうもない状態だ。
まぁ、矯正する必要性も感じていないのだが。
大多数とされる人々の中にも、それぞれのコロニーがあり、またその中でも弱者と強者がいるのだから、この世の中誰がマジョリティでもマイノリティでもあまり関係がないのかもしれない。
自分以外を許容できるか否か。
それだけだと、慎吾は三十ウン年の人生で思う。
そんな考え方だから、楽観的と言われるのかもしれない。
藤城慎吾はにやりとほくそ笑みつつ、同居人で、甥で、理解者で、共犯である東雲千晶たちの待つボロアパートへと足取り軽く向かった。
本日の夕飯の献立を頭の中で組み立てながら―――…。
マジョリティだのマイノリティだの排除だのと、
のたまっておりますが、
ある一定方向からの一方的かつ攻撃性の高い
一意見だと思って温かく読んでくださると幸いです。
もちろんフィクションです。




