血戦(真) 脱出
完成した包囲網は、軍にとって最悪だった。
虫型という「時間稼ぎ」に手古摺る間に、双頭型という火力に削られる。中には相打ち覚悟の人間型――というより爆弾――が混ざることで、損耗は加速していく。
ダルムシュタットに向かって突き抜けることができればそれが最善なのだが、もっとも敵の層が厚いのがそちら側だ。成功の可能性は限りなく低い。
かと言って転進するには場が混乱しすぎていて、乱戦に持ち込まれつつあった。そうなれば指揮系統は崩壊し、数の暴力にすり潰されるしかなくなる。規模の大小にかかわらず乱戦というのは人間の武器である『連携』を崩すため、もっとも忌避されるべき状況の一つ。
指揮官のもとに統率された軍としての姿は、敵を討つ力の象徴であり堅牢な鎧でもある。それが今、失われつつあった。
「レイナス! キリがないわよ!?」
「スティーヴ先輩もそろそろ危険です!」
「堪えさせろ! 前に進む以外は考えるな! 撤退できないんだぞ!」
レイナス達一隊は、最前線であった場所で孤軍奮闘していた。
彼らの敵を狩るスピードは他よりも早かったが、それ以上にヴラムの補充速度が早い。前進は絶望的と言える状況にあった。
「後続は! まだ追いつかないのか!?」
実際問題として、最前列にいる部隊はだれもが一騎当千。特に戦闘能力の高いもので占められていた。
彼らは己の役目を果たしてはいるものの、中衛後衛が追いつけないほどに。
側面の部隊が特に強く強襲を受けたため、現状は最前列にいるレイナス達が孤立しつつあり、後続の事を考えればこのまま突き進むこともできない状況だった。
かと言って彼らが転進するのも上手くは無い。
その場合、後退した分だけ再び進まねばならない。少数で行動している時ならいざ知らず。大規模行軍においてそれは大きな損失だ。
なにより、そうやって助けた味方は「足手まとい」になってしまう。助けを得て生き残った者というのは心を折られ、そのまま戦えなくなることがしばしばある。逆に苦難に置かれたままにし、自力で脱出できれば「生き残りをかけ戦う戦士」のままでいられる。
精神論とは、戦場においてかなり重要な部分を占めるため、迂闊な行動をとれなくするのだ。
最前列の精鋭たちといっても、長時間の戦闘に耐えられるわけでもない。
たった200人程度の彼らだけで数千のヴラムを屠り、欠ける事無く戦い続けているが、それもいつまでも持つものではない。
彼らは知らないが、ヴラム側は総数一万に及ぶ被害が出ている。それでもその倍、2万のヴラムが生き残っているという事実も含め、「よくやっているが及ばない」状態にある。
また、軍の被害も千を数えるに至り、中衛後衛の後続はすでに半壊している。まともに部隊を維持しているのは、突出していた最前線だけであった。
「クソッ! ジリ貧じゃないか!」
こちらの連携を崩そうと、押しては退き、退いては押すヴラム達。
退いたところを追いかければ出すぎとなり、孤立する。
面で戦ううちの一点を集中攻撃されればそちらに意識が向き、他が疎かになる。
それを何とか防ぎつつ戦うが、残存理力は危険領域だ。シャル程でなくとも、理力が低めの光姫はリタイア寸前まで力を使っている。
もう駄目かもしれない。
そんな思いがレイナスの胸中を過ぎった。
「≪薙ぎ払え≫!」
そんな時だった。
ヴェロニカの叫びが聞こえたのは。
「全軍全速前進! 後続を助ける前に自分たちの身を助けなさい! 己一人救えない者が他の誰かを守れると思わないで! ダルムシュタットで補給を受けなさい! まずそれからですわ!!」
敵の密集する部分を吹き飛ばし、朗々と響く声。
焦りと迷いに支配された戦場の盲を払う女神の如き声。
増援が来たという事実に、精神的には復活する最前線の面々。
一時的な高揚とともに、ヴェロニカの開けた穴を突き進む。
残り理力が不足しがちな面々と違い、ヴェロニカはまだ余裕があった。開けた穴の左右、敵の密集地帯を狙って≪薙ぎ払え≫を使い、道を確保する。
討ち漏らした少数などはレイナス達にでも余裕で狩れる程度の獲物であり、はっきりとした目的をもって行動しているうちは脅威ではない。
こうして、レイナス含む最前線の精鋭たちのみ、ヴラムの群れを突っ切るというミッションを全うしたのだった。
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