実験体
虚ろな顔で歩く男。一人二人でなく、複数いることが索敵術ではなく目視で分かった。何人かは足音を消すためのブーツを履いており、それが気が付くのが遅れた理由であろう。彼らは、戦騎や光姫の装備を身に着けていた。
彼らが闇術によって操られるというのは、正確な表現ではない。
彼らは、ヴラムの肉片を体内に埋め込まれた、実験体なのだ。その結果として人間ともヴラムとも言えない中途半端な存在と成り果て、操り人形として使われているのだ。
人間には光術を使うための理力というものが存在する。
ヴラムには闇術を使うための魔力というものが存在する。
どちらも物理法則を無視した超常現象を引き起こすのだが、この二つは相反するものらしく、互いを打ち消し合う。
できることについては似たようなこと、主に身体能力を引き上げたり力を塊にして射撃を行ったりすることが出来る。
違うところとしては、光術は索敵術があるが闇術にはそれがないらしく、闇術には隠密術がある。といっても、隠密術については索敵術で十分に対応可能、しかも人間側はヴラムを素材とした装備で隠密術の再現をしているのだが。
では、その両方を使える人間がいた場合どうなるか。
そんなことを考えた男が、数年前に存在した。
その男は、人間の体内にヴラムの肉片を入れ、定着させようとしたのだ。
結果は簡単である。
全員、廃人になった。
無断で行われたそれは、最悪の悲劇を生みだした。
ヴラムの肉片は食用に適さない。人間が食べた場合、おなかを壊して下痢になるということが一般的に知られている。そのためヴラムの死骸からアイテム制作に必要な素材を剥ぎ取った後は焼却処分するのが慣例になっているが、その一部が使われたのだ。
無理やり縫合しただけの稚拙な手術であったが、影響はかなり大きかった。
まず、埋め込まれた肉片は周囲の筋組織を侵食し、一体化を図る。死後1日以上経過していたにもかかわらず、だ。
次に闇術を使うための魔力を生成しだす。この段階で、女性の場合は人間本来が持つ理力とぶつかり合い、激しい痛みが全身を襲う。
最後に、精神が苦痛で崩壊し、理力と魔力がどちらも生成されなくなり、廃人が出来上がる。理力は人の意思によって力となるのだが、人から意思がなくなってしまうと理力も生まれなくなる。
男の場合は、魔力が生成された段階で意識が途絶える。そのまま魔力の生成が加速し、発狂する。
男女で経過は違うが、どちらにせよ、廃人が出来上がるだけだった。
この事件そのものは周知されている。
禁忌に触れた愚か者の末路は語られないが、処分されたのだろうと言われていた。
「総員、撤退!」
索敵術は理力か魔力を感知して、周辺の生物を探る術だ。そのため、生きているが、死んでいるようなこの実験体たちは、感知の外にあったようだ。
知っている事情から実験体たちのことを連想し、即座に現状と結びつけたリチャードは撤退を決める。
聞いた話では、実験体は廃人になったといっても、このように歩き回ったりはしない。ならば、歩き回る理由がある――おそらくヴラーナに操られている――と考えるのが自然だ。
ならばここにいる実験体には「操ってまで使う理由」もあると考えるのが妥当だ。
即時撤退を決めた理由としては、戦闘行為自体が無駄であり、なにより巨大ヴラムの件がある。生体爆弾とでも言うべきあのヴラムのことを思えば、殺した後に何が起こるか考えるのも馬鹿らしい。勘による判断であるが、わざわざリスクを背負う理由もない。ヴラムに自分たちのことを知られたかもしれないという考えがリチャードの頭の中に思い浮かんだが、倒したところでやはり気が付かれるのであれば、倒さず撤退のほうが後々の面倒が少ない。そう判断したのだ。
レイナスやスティーヴたちもその判断に異論はない。もともと戦闘を回避することが規定路線なので逆らおうとする者はリーゼぐらいしかいなかった。もっとも、その彼女も後ろ髪引かれる程度の未練はあれど、渋々と命令には従ったが。
「あれ、通常の索敵で見つからないのが厄介ですね!」
「ああ、≪音響探知≫を使ってなかったのが災いしたな!」
「本体にこの情報を持ち帰れば俺たちの勝ちですよね!」
「その、通り、だ!」
全員でひたすら走って出口を目指す。
途中、上の調査も行いながら≪音響探知≫で周囲の敵を探しながら駆け抜ける。
道中、何度もカーブを曲がり、最短ルートで本流に戻り、そのまま真っ直ぐ出口まで走り抜けた。
道中、同じように周辺を彷徨う実験体の姿があった。まるでレイナスたちがここを訪れることを予測し、奥に追い込むまで出番待ちをしていたかのような出現率である。
幸い実験体はゾンビのごとく動きが緩慢で、一般人でも倒せそうな印象であった。戦闘を回避するといっても道が狭くどうしても回避できない時は、先頭のレイナスが下水に突き落として無理やり道を開く。殺さなければいいのだろうといった割り切りであるが、囲まれたかもしれない状況では移動速度こそ優先される。これについてはリチャードも何も言わずに任せきりになっていた。
なんとか外までたどり着き、入り口近辺で待機していた仲間と合流すると、そのまま野営地まで撤退する。
本隊が来るまでに実験体が外に出るかを確認するため、何人かは監視に残したが、状況はあまり良くなかった。
リチャードはこのことを上にどう報告するか、思案するのだった。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、日本語の間違いなどありましたら指摘をお願いします。




