下水道での遭遇
下水道は広いようで狭い。
汚水の流れる水路は幅2m、深さは1m程度。水路の両脇に通路があり、そこは幅1mしかない。アーチ状の天井は、一番高いところで5mといったところか。石のブロックを組んで作ってある。
よって、下水に潜入したチームは1列になって狭い通路を進んでいた。
「臭い」
「暗い」
下水道。
そこが人間に使われていたのは100年前。
ならば、内部はたいして澱んでいないと偵察に参加した誰もが思っていた。
だが、現実は残酷だ。
最初、下水の入り口となる川のほとり、洞窟のような場所から中に入った。
川の流れで言えば上流。流れ込む水を見て、誰もが安心した。大丈夫。水が流れていると。
しかし、下水道はかなり複雑なつくりをしている。特定方向にしか水は流れず、支流に当たる部分は流れが停滞していた。
本流、水がきちんと流れている水路にいるうちは良かった。しかし、支流に入り、流れず腐っていった水のわきを通るときには、空気も濁っていた。
「松明の燃え方には注意しろよ。ガスが発生しているかもしれん」
簡易マスクを使い口元を保護し、地上の様子を索敵術で探りながらの移動。歩みは遅く、松明は無事でも漂う臭いに目が痛くなる錯覚を覚えていた。学生たちの顔には、こんなことなら地上を強行偵察したほうがまし、と書いてある。
リチャードやベルダはこの手の状況にも耐性がある。ものすごく臭い草の上で1時間以上潜伏していたこともある。よって、学生よりはマシだった。今は先頭を歩き、松明に注意している。
地下において、松明というのは命綱だ。燃える炎が酸素の量を、炎の色がガスの存在を示しているからだ。よくあるダンジョン探索で、松明が灯りとしてではなく、危険感知用の道具として使われるのもそれが理由だ。あと、炎が蜘蛛の巣などを焼いてくれるので、歩くときの障害物を減らす意味もある。
「しかし、いつ俺たちのことがバレるか……気が気じゃないですね」
「その為の隠密装備だ。そこは信用しておけ」
潜入チームはリチャードを中心に8名。
索敵担当の二人の護衛にはレイナスやスティーヴのチームという、最強戦力を投入している。
しかし、戦闘を回避するのが偵察チームのやり方だ。もし敵が近くに来たと判断した場合、即時撤退を厳命されている。
今回のダルムシュタット奪還戦では、下水路から内部に潜入、ヴラム繁殖施設を中心に強襲をかけるのが肝になっている。そのため、できる限り潜入の痕跡を無くし、不意を打てる場を維持することが必要となる。
つまり、「戦うのは絶対にダメ」ということだ。
装備に金属は一切使わず、足音も勝手になくなる特殊装備を貸し出されている。
「しかし器用ですね、隊長。上と下、両方を索敵し続けるっていうのも」
「木の上から地上の様子を探るときとかな。必要に応じて覚えた技術だ」
現在、リチャードは周辺3㎞を索敵範囲に収めている。
彼の最大索敵範囲が5㎞であることを考えると狭いように見えるが、今回彼は地上の様子も調べているために3㎞まで範囲を狭めているのだ。
通常の索敵術は、平面マップを探索するようになっている。つまり、上下に対し大きくずれがあるような場所ではうまく索敵できないのが索敵術を普通に使ったときの限界だ。
しかし、慣れてくると範囲を広げる、範囲を狭めて情報量を増やすなどのアレンジができるようになる。今回、リチャードは範囲を狭くする代わりに上も見ることが出来るように索敵術をアレンジしているのだ。
もちろんレイナスたちも索敵術をフルに使い、周辺の警戒を怠ってはいない。広域索敵をしているリチャード、200mの精密探査をしているベルダがいたとしても、やはり自分で情報を把握しておいた方が、行動が早くなる。戦闘をしないのだから光術の使用もペース配分をあまり意識しないで済む。
「地上のヴラムの数はあんまり変わっていないな。いきなり2万3万を相手にしなくてもよさそうだ」
「へぇ。奇襲も併せて考えれば、ずいぶん楽になりますね」
「ま、それでも油断できないがな」
「しかしアレやな。地上はぎょうさんヴラムがおるのに、こっちには全くおらへんな」
偵察を開始してから約1時間。
あまりの臭さに最初は口数少なく歩いていた面々も、慣れてくるとお喋りをする余裕が出てくる。
隠密行動中ではあるが、周囲500m以内にヴラムが全くいないポイントだったので、多少気が緩んでいたのかもしれない。幾度も偵察任務をこなしてきたリチャードにしては、ありえない失態だった。
喋っている最中、リチャードの耳が小さな音を拾った。
コツーン、コツーンと、リチャードたちに向かって近寄ってくる足音だ。
「(ヴラム? いや、索敵術には全く反応がないぞ?)」
リチャードや学生らは、突然近くに聞こえた足音に警戒をする。
偵察部隊の装備は足音のしない専用装備。仲間の足音ということはない。かといって索敵術に引っかからないような一般人がいるはずもなく、ヴラムの新種で隠密能力に長けたやつでも配備されていたのかもしれないという考えに及んだ。
足音は一人分しか聞こえない。
音の響き方から、二本足の生き物であるところまでは理解できる。
ほぼ全員が緊張しながら足音のする方を向いていた。最後尾のベルダとその前にいたシャルの二人は後方を警戒している。
そのまま逃げるという選択肢もあったが、ここで近寄ってくる何かを知っておくことは、今後の戦局において、重要になるという勘がリチャードの足を止めた。
足音はそのまま聞こえ続け、だんだんと近付いているのが分かる。
松明が燃え、照らしている範囲に、何者かの足が見えた。靴を履いた、人間の足だ。
出てきたのが人間ということ、ヴラムに占拠された陥落都市の下水というロケーション。この二つが結びつかず、全員に緊張が走る。
そして、「それ」の全身が照らし出されると、全員の顔に驚愕や嫌悪といった感情が浮かび上がった。
そこにいたのは、闇術によって操られる、生きた人間だった。
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