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ヴェロニカの事情

 スティーヴの叫びが響き渡る少し前。シャルとリーゼの二人は連れ立って昼食を食べようとしていた。

 二人はレイナスほどの疲労を覚えておらず、いつもの時間に起きて、朝食をとり、訓練して、シャワーを浴びてから食堂に来ている。

 これは二人がレイナスよりも疲れていないとかではなく、疲労に対する耐性があったからだ。いざというときに強いのは、やはり女性の方だということだろう。


「リーゼちゃん、飲み物を持ってきたわよ」

「ありがとうございます、シャル先輩」


 先に席を確保していたリーゼはシャルの持ってきた紅茶を受け取る。シャルはリーゼの隣に座り、自分の分の紅茶に手をつけた。


「そういえば、なんですけど」

「ん?」

「実感、湧かないんですね。あの戦場で、あんなに人が死んだのに、前ほど何も感じないんです。知り合いはみんな生き残ったこともありますけど……どこか、現実感がないんです。どうしてでしょう?」

「……」


 紅茶を飲み終えたところで、リーゼが呟くように心情を吐露した。その顔には表情らしいものが何も浮かんでおらず、どこか呆然とした、人形めいた印象をシャルは受けた。


 シャルからかける言葉はない。

 シャル自身はあの戦場で多くの仲間を失ったとしても、レイナスが無事だったのでそこまでショックを受けてはいない。戦場だから、覚悟があった。それだけの話なのかそれ以上の何かがあったのか、シャル自身にもわかっていない。ただ、リーゼのそれは衝撃が強すぎて思考能力が麻痺しているのだと、なんとなくわかった。

 感情が認識している現実に追いついていないのだ。リーゼは。


「すみません、ヘンなことを言って。忘れてください」

「リーゼちゃん……」


 どこかぎこちないながらも無理やり笑みを浮かべたリーゼに、シャルは名前を呼ぶことしかできなかった。


 どうすればいいのかシャルが迷っていると、入り口から足音が聞こえた。

 足音は鉄靴のもの。早足で遠慮なく踏みしめられた床は、大きな悲鳴を上げている。


「レイナスは、レイナスは無事なの!?」


 足音の招待はヴェロニカだった。2日遅れで戻ってくるはずだった彼女は道中の惨状を見て、感情のままに先行し、戻ってきたのだ。

 当然装いは戦時のそれで、ヴラムの返り血などは浴びていないが、それでも食堂に似つかわしくない姿である。どれだけ急いでいたかが分かる姿だ。


「答えなさいシャルロッテ! レイナスは無事なの!?」


 胸倉をつかみかからん勢いでシャルに迫るヴェロニカ。

 焦る気持ちは分かるので、シャルはやさしい笑みを浮かべ、ヴェロニカに答える。


「無事よ。レイナスは無事だわ」

「……良かっ、た」


 レイナスが無事であることにヴェロニカは安堵し、その場に座り込む。

 その様子に苦笑しつつも、シャルはヴェロニカが戦騎寮でなく自分の所に来た理由を少し考えた。


 普通、戦騎の安否を聞きにいくなら部隊を管理していた者の所、戦騎寮にいる担当上官の元へ行くのが正解だ。女子禁制とかそんなルールはないし、話の内容を考えれば拒まれることはないだろう。だが、わざわざシャルのところに来た理由は、ヴェロニカがレイナスの死を恐れたからだ。わざとシャルというクッションをおくことで、不確定な状態にしてレイナスの死を一回は否定できる場所に自分を置いた。自分を嫌っているであろうシャルの言葉なら、「シャルは嘘を言っている」と言えるからだ。


 そんなヴェロニカの考えをおおよそ察したシャルは、ヴェロニカにほんの少しだが、本人は認めないが、親近感を抱いた。

 誰かを好きになった人。それだけで考えればヴェロニカの行動は理解できるし共感できる。レイナスが死んだら、と、シャルは想像した段階で考えを振り払った。その考えの先が恐ろしくなってしまったからだ。感情が凍てつき、荒れそうになる。たかが想像で、である。

 誰かを好きになる感情は綺麗事とかだけではなく、暗く澱んでみっともないものだとシャルは思っている。ヴェロニカのそれも似たようなものだと思えたからだ。

 まあ、これまでの行動を省みれば、今回の件がなくても分かったのだろうが。ヒートアップした感情でぶつかり合ったときなどは客観的に判断できないだけである。今回は上から目線で見ることができたおかげと言える。



「貴女は……」

「なんですの?」

「貴女は、どうしてレイナスをそこまで?」


 ただ、シャルには疑問があった。

 以前、4人で出かけたプチ遠征の時にも昔話をいくつか聞いた。しかしそれは「いかにヴェロニカとレイナスは仲が良いか」というものであり、「ヴェロニカがレイナスを好きになった理由」にはほとんど触れられていなかった。結ばれるために出会った、こんなことがあるほど仲が良い。そこまでであり、ヴェロニカがレイナスに固執する理由が分からなかったのだ。

 周囲の期待とかそんなものが関係ないのはヴェロニカを見ていても分かるのだが、その原動力、起点といえるものが分からなかった。


 それを聞かれたヴェロニカは一瞬不快なことを思い出したとばかりに顔をしかめた。

 すぐに表情を取り繕うが、シャルとリーゼはそれを見逃さなかった。畳み掛けようとするが――


「レイナスの安否が分かったのだし、お(いとま)させてもらいますわ。教えてくれてありがとう、シャルロッテさん」


 ヴェロニカは(きびす)を返して去っていく。

 傍若無人、人のことなど気にかけない彼女らしい強引さはいつものことではあるが、それ以上の有無を言わせぬ何かを感じた二人は何も言えなかった。



 後日、レイナスに似たような質問をするが、これもはぐらかされた。

 結局ヴェロニカの過去話はうやむやになり、聞きだせずに終わるのだった。

読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字、日本語の間違いなどありましたら指摘をお願いします。


2014年3月21日 誤字修正

× ィーヴの叫びが響き渡る少し前。 →

○ スティーヴの叫びが響き渡る少し前。


× 依然、4人で出かけたプチ遠征の →

○ 以前、4人で出かけたプチ遠征の


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