修羅場
たった1日ではあるが、ちゃんとした休みがあれば肉体的にも精神的にも回復するものである。まっとうな精神状態に戻ったレイナスは登校中に下級生三人にお灸を据え、教室に入る。すると、教室には少し緊張感が漂っていた。
「おはよう。って、どうしたんだ? みんなピリピリしてるけど?」
「おはよーさん。……今日はな、我が校一番の別嬪さんが登校するっちゅうわけや。それであない気ィ張っとるんよ」
「別嬪さん?」
「おう、別嬪さんや」
レイナスはスティーヴからクラスの異変の情報を仕入れると、席に着いた。
細かい事は良く分からなかったが、その別嬪さんとやらが来るのはこのクラスにとって不都合であるという部分だけ理解している。だが、だからと言って何が出来るという訳でもない。戦騎と光姫の差はあれど、もしかしたら勝負を挑まれるかもしれないとだけ、心に留め置く。
レイナスは席に座ったまま観察しているが、教室に来る学生の顔色は総じて悪い。一体どんな人なのかと思っていると、教室のざわめきが消えた。
「奴や……っ! とうとう来よったか!!」
スティーヴのセリフに反応してか、件の別嬪さんの気配を察知したからか。クラスメイト全員が、教室のドアに注目した。
ドアを開け、入ってきたのは長身の麗人。男装しているが一目で女性と分かる体つき、強い意志を秘めたまなざしが人目を引くかなりの美人だ。
彼女は教室を見渡すと、まっすぐレイナスの元に向かった。
「久しぶりね、レイナス。また貴方に会えて嬉しいわ」
「おはよう、ヴェラ。一年ぶりだね」
ヴェラとはヴェロニカの愛称だ。
二人のやり取りにクラス中が騒然となる。これについてはシャルとリーゼも同様で、レイナスの隣に座るスティーヴはあごが外れそうなぐらい口を開けている。
そんなに珍しい名前ではないのでヴェラが彼女の愛称だという事は誰もが分かっている。しかし、そう呼ぶことが許された人間を見たのは、去年のクラスメイトでも、誰1人いない。基本的に傲岸不遜。彼女が他者の中でもその能力を認め普通に接している人間は、会長を始めごくごく少数だ。そしてその少数とすら仲良くはしていない。
ヴェロニカの人付き合いとかに関して評価は最悪で、暴君、女帝という呼び名が定着している。純粋に戦闘能力を見れば学院随一であり、その能力を評価されてスキップをし、現在8年生となっているほどなので“かろうじて”許されているレベルだ。あまりに協調性が無い人間は、軍には必要ないのだ。
そんなヴェロニカがにこやかに笑い、普段のキツさが嘘のように消えているのを見たクラスメイトの反応はおおよそ二つ。
天変地異の前触れかと恐れる者と、新しいコイバナに目を輝かせる者。これがほとんどで。
残る例外は、シャルとリーゼの、二人を射抜くような視線だ。シャルのそれは嫉妬が大半、リーゼのは敵愾心である。二人ともヴェロニカを敵と識別したようだ。
「さっき、遠征の申請を通したわ」
「遠征に行くのか?」
「ええ、久しぶりに貴方の戦いが見たいのよ。もう準備も済ませてあるから行くわよ」
「分かっ――」
「「待ちなさい!!」」
周囲の視線を完全に無視し、ヴェロニカはレイナスの腕をとった。
遠征は授業の一環としてカウントされるが、普通は手続きに本人の承諾を必要とする。嫌がらせなどという幼稚な事をする者はさすがにいないが、本人が直接予定を確認しないと何らかの間違いが発生するのはままある事なのだ。
レイナスは久しぶりのヴェラのマイペースぶりに懐かしさを感じ、苦笑しているが、周囲はそこまで穏やかではない。
シャルとリーゼはレイナスのパートナーとして、ヴェロニカの暴挙を食い止めようと声を上げ立ち上がった。
最初は不愉快そうにしたヴェロニカではあるが、二人が立った意味を理解し、表情を消して言い放つ。
「貴女達には関係ないわ」
「私たちはレイナスのパートナーです! 無関係じゃありません!」
「そうです! あなたが何者か知りませんけど! 学年の違うオバサンは1階に帰ってください!!」
修羅場の様相を呈してきたことで周囲はヒートアップするが、女三人は周りなど気にしていない。当事者ではあるが比較的冷静なレイナスは状況を正しく認識してしまいため息をつく。
シャルとリーゼの発言に対してヴェロニカは我儘を言って騒ぐ子供に対するように、いっそ優しさを感じさせる声で二人に言う。
「彼は私のモノなの。諦めなさい。パートナーを名乗るのは許すけど、全て妻たる私に優先権があるわ」
「「!!」」
「「「妻!!!!」」」
ヴェロニカの爆弾発言に、二人は声をなくし周囲も絶叫する。
レイナスは未承諾だが、ヴェロニカから求婚そのものは何度もされている。その度に断ってきたのだが、どうやら諦めていなかったらしいと発言に苦笑いするしかない。パートナー二人の視線を感じたレイナスは顔の前で手をパタパタ振り、発言を否定した。
パートナー二人はレイナスのバックアップを受け、なんとか体勢を立て直す。
「自称、妻に言われても、公認パートナーとしては納得できません」
自称と公認の部分にアクセントを置き、シャルが強気に出る。横ではリーゼがウンウンと首を縦に振っている。
妻という言葉を否定されたヴェロニカは余裕をなくし、こめかみに青筋を浮かべてシャルを睨みつけた。ようやく目の前の女を排除すべき敵と認識したようだ。
その後は聞くに堪えない罵り合いが続いたが、結局はレイナスが遠征に行く事を承諾して話はついた。シャルとリーゼも急ぎ申請を出して付いてくる事になったので、勝負は引き分けといったところだろう。
この日から三人の喧嘩は何度も見かけられる事になるのだった。
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ちなみにヴェロニカの愛称は、普通は“ニッカ”らしいです。ですがこの話では“ヴェラ”で通します。




