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0004  相対する剣

 真っ暗な闇の中で辺りには魔物もいるかもしれないという危険な状況ではあったが、ラティディアの持っていた懐中電灯のおかげもあって二人は北へ向かって歩き始めた。まっすぐ突き進んでいけばいつか街道に行き着くだろうという安易で無鉄砲な案ではあったが、幸いなことに街道を見つけることができた。

 それからは街道を西へ道なりに。途中でラティディアのポシェットの中に詰め込まれていたチョコレートをもらい、口の中で転がしながら宵闇に目を凝らす。

 思うが、ラティディアのポシェットは何でも入っている気がする。先程からお腹が空いたと言っては、ポシェットの中に手を突っ込み、チョコレートやキャンディーや、クッキー諸々、お菓子がまるで魔法のように溢れ出てくる。それを食べているラティディアは、それはそれは幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 口の中のチョコレートが溶け切って、ふと視線を遠くのほうに凝らして見る。と、そこにいくつかの明かりが集った場所を見つけた。


「ら、ラティディア!」


 思わず興奮気味に声を上げると、ラティディアは口の中にクッキーを詰め込んだまま視線だけでルクスに「どうしたの?」と返してきた。


「集落だよ、集落! ほらあそこ!」


 ルクスの指が示す先にラティディアが目を向ける。瞬間、若葉色の瞳が闇夜の中でもはっきりとわかるほどに煌いた。


「おうちだ! よかったー、野宿を回避できた~!」


 ラティディアが明るい声を上げながら、なぜか力が抜けたように地面にへたり込む。


「ちょちょ、どうしたのラティディアっ」


 慌ててルクスがラティディアの元に駆け寄ると、ラティディアは困ったように眉をハの字に下げてルクスを見上げた。


「……あ、安心したらお腹が一気に空いてきちゃって……」


 なんだ、そんなことか――と言いかけたが、その言葉は突如鳴り響いた自らの腹の虫によって喉の奥に引っ込んでいった。

 ラティディアが意地悪そうにルクスに視線を投げる。バツの悪いルクスは、赤面する顔をそっぽに向けて地面に座り込んだままのラティディアに手を差し伸べた。


「ありがと」


 弾んだようなラティディアの声音。

 しかし、相反して掴んだラティディアのその掌は、かすかに震えていた。


 ***


 5分ほど歩いたところで、先程見えた集落に着いた。

 魔物除けのために設置された門灯に照らされて見える民家は5、6軒。民家の傍には畑があり、トマトやナスといった作物が、同じく魔物除けの柵に囲われて青々と茂っている。

 懐中時計を取り出して時刻を確認。夜の8時過ぎであった。自分とラティディアの二人は2時間もの間、暗闇の中を歩いていたことになる。いくら懐中電灯があって魔物が近付いてこないとはいえ、いま思えば無茶なことをしたものだ。

 集落について安心したのか、いよいよ本格的に腹が減ってきた。考えてみたらまともな食事を取ったのは昨日の夜14時の夕食が最後だ。おおよそ18時間も食事を取っていない。


「なんか……、冷静に考えてみたら余計にお腹空いてきた……」


 独りごちつつ、集落の入り口付近にある二階建ての大きな家に歩みを進める。

 夜の刻になってまだ2時間ほどしか経っていないため、民家の中には人の気配もあり窓からは部屋の灯りが漏れている。

 ドアをノックし声をかけると、少しして足音がこちらに近付いてきた。ぎぃっと、重い音を立てて木製のドアの奥から人が顔を覗かせた。


「どちらさまで……?」


 出てきたのは、50代ほどであろう髪に白髪の混ざり始めた女性であった。

 初老の女性はドアの影からルクスたち二人を見るや否や、訝しげな表情で問いかける。


「あっ……、僕、ルクスって言います。こっちの女の子はラティディア。ノルム国に向かっていたんですけど、道に迷ってしまって」

「あらまあ、そうなの」


 初老の女性はそこまで聞くなり、ほとんど閉じられていたドアを開き、にっこりと微笑んだ。

 ほっそりとしていてお淑やかそうな印象の女性だ。人の良さそうな笑みに安堵し、ルクスは言葉を続ける。


「え、えっと……もしよかったら、こちらにお邪魔させていただくことはできませんでしょうか。僕、なんでもします! 掃除でも畑仕事でも! …………やったことはないんだけど」


 尻すぼみ。叫んだかと思いきや突如として自信なさげに項垂れるルクスに、女性はくすくすと笑い始める。

 女性のその反応はルクスを戸惑わせるには十分で、なにか変なことを言ったのかとしどろもどろし始めるルクス。女性はそんなルクスを見てさらに目尻の皺を深くして笑んだ。


「いいのよ、ここいらじゃよくあることだから」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。旅人だったり商人さんだったり多いのよ。ノルム国までは遠いからねぇ、アンタたちも大変だったでしょう」


 そこまで言うと女性は二人を家に招き入れた。

 木造の民家の中は外観以上に広く、木の温もりが感じられる落ち着いた造りだった。きちんと片され、塵のひとつも見当たらない綺麗な廊下の様子を見てルクスは、改めて自分の泥まみれの格好が恥ずかしくなる。

 躊躇っていると女性がさっさと上がりなさいとルクスの背を叩き急かしてきた。

 その衝撃も相まって、再びルクスの腹の虫が豪勢に鳴ると、女性は玄関に響き渡るほどの大声で笑い始める。一層ルクスは居た堪れない。顔面から火が噴きそうであった。


「アンタは先に風呂に入ってらっしゃい。ラティディアちゃんだっけ? アンタは一緒にご飯作るの手伝ってくれるかしら。私たちもちょうどご飯にしようと思ってたのよ」

「わ、私お料理するのあんまり得意じゃないんですが……」

「大丈夫大丈夫! 料理なんてのは気持ちさえ込めてたらどうにでもなるのよ!」


 見た目とは裏腹に豪快な女性の言葉に苦笑しつつ、ルクスは連れられるがまま風呂場へと押し込められた。

 女性が風呂場から出て行って暫く呆然と立ち尽くしていたルクスだったが、腹の虫が大きな声で急き立ててきたためようやく泥まみれのジャケットとシャツを脱いだ。

 砂や泥や付着し、かすり傷や魔物につけられた大きな風穴の空いた赤いジャケット。

 まさか、思い付きからこんなことになるとは思っていなかった。

 昨日までの自分は、出たことのない外の世界に焦がれるだけの少年だった。思いつきのまま、自らの正体を隠すために知り合いから譲ってもらったこのジャケットを羽織り、ずっと以前に親からもらった懐中時計と方位磁石をポケットに突っ込んだ。

 そして――。

 ルクスは、腰に携えていた重たい大剣を下ろす。

 鞘に緻密な装飾の刻まれた、刀身だけでルクスの身の丈の半分ほどもある大きな剣だ。鍔の中央には太陽のような色をした珠が嵌め込まれている。


「これを持ち出したって知られたら……どうなっちゃうだろ、僕」


 口から乾いた笑いが漏れる。実際のところ、笑えるような話ではないのだが。

 複雑な紋様には確か意味があったはずだ。鍔の中央に嵌め込まれた珠を太陽に見立てて、そこから広がる曲線は日差しを。太陽の光を得た幾多の名前もわからない草花が所狭しと描かれ、結局ルクスには到底理解のできない複雑なものへと仕上がっている。

 正直な話、武器に対してこの意匠は不要なものであろう。というよりも、この大剣は武器としての使用を目的とされておらず、調度品として飾られることが最も適切な使用法であると思う。

 鞘から取り出した刀身は刃毀れ一つなく、神々しいまでの銀色の光を纏っている。


「そういえば……」


 ふと、思考の端に浮かんだのは昼の刻、あの廃墟での光景だった。

 自分とラティディアの二人を助けてくれた、闇色の青年。確か、あの青年も同じような大剣を――


「ルクスー? ドナさんからタオルと着替え――」


 ノックもなにもなく、突然風呂場のドアが開かれた。

 ドアの前に立つのは、わざわざタオルと着替えを持ってきてくれたラティディアだ。

 ドナさんって誰だろう、あぁ、あの女性のことか。自分は着替えなんて持っていなかったから、多分この家のものを貸してくれるんだろうなと、そこまで思考してルクスは「ありがとう」とラティディアに声をかけて歩み寄る。

 しかしドアの前に立ち尽くすラティディアは目を白黒とさせて口をパクパクと動かすだけだ。次第に頬が――というより、顔全体が赤く染まって、小刻みに震えだす始末。


「どうしたの? ラティディア」


 問いかけてみても返答はなし。

 そして、暫く黙考したのち、ようやくルクスはいまの自分の格好を思い出す。ジャケットとシャツを脱いだ所謂、上半身裸。

 自分はこれぐらいの裸なら見られ慣れてるし、男であるため恥ずかしがるようなことはない。

 しかし、相手はまだ成人の儀も行っていない幼い少女だ。彼女に対する配慮がなかった。

 慌てて近くに放ったままだったジャケットを羽織り、ラティディアの手からタオルと着替えを受け取る。


「ゴメン、もしかしてラティディアってイングレッソ出身?」


 その問いにラティディアは頷くことで答えた。


「そっか、じゃあ僕が悪いね。タオル、持ってきてくれてありがとう」


 自分の故郷でもあるイングレッソ王国では女性には処女信仰があり、成人の儀も迎えていないような幼い少女に対しては男の裸を見せるだけでも不潔とされる。

 その信仰は遠い昔、この世界を治めていたとされる女神が絶対的な処女神だったからだとかなんだとか――ともかく、難しくて忘れた。

 いまだ顔を赤くさせるラティディアの背を押し、風呂場から遠ざけて自分も改めてジャケットを脱いだ。


「あれ、さっきなにか考えてたような……?」


 少し考えたが、すぐにドアの隙間から入り込んできた香ばしい匂いに、また忘れた。

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