0034 城のなかへ
青年の言葉にルクスは己の耳を疑う。――野盗? それが、城に?
固く閉ざされた城門の前で、青年の言葉は信じがたいものだった。
「野盗って……騎士団はどうしたんだよ」
「一年前の刻の歪みによって半数近くが死んだ。狂暴化した魔物の討伐にも駆り出され、城の警備も最低限しか人員を割けていなかったのだ」
苦痛に表情を歪ませる青年。言われて考えてみれば、これだけの立派な城門であるのに、門番の人間が一人しか配置されていないのは違和感があった。青年が出会い頭にルクスに刃を向けてきたのも、野盗に侵入され相当に気が立っていたからなのだろう。
「野盗の数は?」
「……50人ほどだ」
「騎士団は」
「10……いるか、いないかだ」
ティオンの問いに、青年が訝しげな表情で告げる。少年は考え込むようにして瞑目すると――こくりと一つ頷いて、前へと一歩踏み出した。
「彼儚、行くぞ」
言ってティオンが背中に携えていた槍を手に取る。
呼ばれた少女は「ええ」と一言だけ答えてティオンの隣に並んだ。
「人手が足りないのであれば、お力添えにはなれるかと」
彼儚の懐から親衛師団の紋章が取り出される。それを見た青年が、不器用な素振りで腰を折った。
「遠方からわざわざ出向いてもらった上に、申し訳ない……!」
俯いた青年の口から漏れる震えた声音。その言葉を受け止めて、彼儚とティオンはルクスたちへと背を向けた。
「ってなわけで、すこーしばかり待っていてくれませんかね、王子様」
「ちょ……ちょっと待ってよ! こんな状況で待っておけだなんて、そんなのできない!」
慌ててルクスが食いかかる。が、ティオンは小さく舌打ちをしてそれを軽くあしらった。
「……少しぐらい考えろよ。お前は一国の王子。で、実戦経験もない。言ったらただの足手まといだ」
吐き捨てるように、ティオン。ルクスは言葉を詰まらせた。だが、実際ティオンの言葉は事実だ。ここに至るまでの道中で、自分はこの護衛二人に守られるだけでなにもしていない。
「――それでも、なにもしないままでいるのは嫌だ。知ったからには、見て見ぬふりなんて僕にはできない」
世界を変えようと決めたのも《刻の歪み》が人々の暮らしを脅かしていると知ったことがきっかけだった。イングレッソ王国の王子である以上、人々の生活をよりよいものにしたい――。それが揺るがされていると知った今、なにもしないままで静観することなどルクスにはできなかった。いずれは一国を担う立場にある以上、目の前に立ち塞がった問題には全力でぶつかっていきたい。たとえそれが、いままで国交のなかった隣国で起きた問題であっても、だ。
ルクスの真剣な視線を受けて、ティオンが小さく嘆息する。呆れとも諦めともつかぬ溜息。
「……勝手にしろ」
それだけ告げて、ティオンはさっさと城門の中に入って行った。そのあとを彼儚が追い、ルクスも腰に携えていた大剣に手を伸ばす。
「ねぇねぇ、これって僕たちも行ったほうがいいのかな」
緊迫した空気にふさわしくない、飄々とした口振りにルクスが振り返る。
こんな事態であるにもかかわらず、変わらない軽薄な笑みを浮かべたケネス。
魔術師協会の一位の立場の人間であるケネスが手伝ってくれるだけで、状況は大きく変わる可能性が高かった。だがしかし、彼にはここまでの道案内を頼んだだけだ。これ以上面倒に巻き込むわけにはいかない。
そう思って口を開こうとしたルクスだったが――
「ケネス」
冷たく鋭い少女の呼び声に、ルクスのほうが縮み上がった。
ミランジェが、刺すような視線でケネスを睨み付けている。しかしそれでもケネスは微笑を絶やさなかった。
「はいはい、わかりましたよ」
肩を竦めながらケネスがルクスの隣を通り過ぎていく。そのあとに続いて、ミランジェも門の奥へと消えていった。
残されたのは、ルクスとラティディアとハインラインの三人。
「ラティたちは、ここで残って――」
「わっ、私も行く!」
上擦った声がルクスの言葉を遮った。ラティディアが、右耳に触れながらルクスを見つめている。ラティディアの癖だ。
「でも、ラティ……」
「ルクスの役に立つって決めたの! ルクス、絶対すぐに無茶するから!」
少女の肩は震えていた。だがそれに反した力強い言葉と剣幕に押されて、ルクスが面食らう。
ラティディアの隣で佇んでいたハインラインが、気のせいかわずかに口元を緩めて
「……じゃあ、僕らで、ルクスが無茶しないか……見てるね」
そう言った。
――ラティディアもハインラインも、どうして僕が無茶するって思ってるんだろうか。
なんとなく釈然しない気持ちを抱えながらも、ルクスは観念したように苦笑した。先に行った一行に遅れながらも――三人は城の中へと足を踏み入れた。
***
城の中は不気味なほどに静まり返っていた。つい先刻爆発音が轟いたとは思えない、しんと張りつめた城内。壁と同じくして石造りの立派な城は、イングレッソの見た目にも美しいそれとは違い、外部からの侵入を防ぐために特化していた。トゥルースヌーンの周囲にある崖のような、自然の要塞がなかったからこそ、魔物の侵入を妨げるためにもこうして堅牢な造りとしなくてはならなかったのだ。
それでもやはり城というだけはあって、城門を潜り抜けた先には広大な空間が広がっていた。街と同様に、広い庭園にはいくつもの水路があり、城の背後にそびえる山から齎された清らかな水が流れている。運河として運搬などに使われる目的でなく、純粋に観賞用にと設けられたものだろう。
水路に架かる橋を渡り、一行は城の入口を目指す。そこでようやく、花壇の花が踏み散らかされていることに気付いた。城の内部からは、微かだが怒号のようなものが聞こえてきていた。
「下がっていてください」
閉ざされた門を前に、彼儚とティオンが中の様子を窺う。耳をそばだてると、剣戟のような音も聞こえた。ルクスの脳裏に、トゥルースヌーンでの出来事が蘇る。
「いくぞ」
ティオンの一言を合図に、重たそうな巨大な扉を押し開ける。
――と同時に、一人の男が鉈を振り被ってティオンに襲いかかってきた。
「ちぃッ」
舌打ちと共にティオンが身を屈める。空振ってバランスを崩した男の鳩尾目がけてティオンが蹴りを入れると、男は短い悲鳴を上げて地面へと崩れ落ちた。
土埃にまみれた男の身なり。髪も髭も伸びっぱなしで、まるで猿のような見てくれだ。
「……皇帝はどこにいるんだ」
「――誰だ!」
辺りを見渡す一行に、鋭い視線が向けられる。曲がり角から顔を覗かせた隻眼の女性が、剣を手にルクスたちを睨み付けていた。
「親衛師団のものです。事情を聞いて助太刀に参りました。敵ではありません」
すぐさま彼儚が親衛師団の紋章を取り出す。細身の剣を持った女性は、少しばかりの安堵を滲ませた表情で剣を下ろした。
光の民と闇の民とで交流がないのは事実だが、イングレッソには親衛師団、エグザトには騎士団という組織が存在していることは互いに認識していた。紋章自体、高価な金糸や宝石が縫い付けられていることから偽造することも困難で、だからこそ女性も紋章を見るなりルクスたちを敵ではないと認識した。
「無礼をした。自分は騎士団第三騎士隊のスフィルという」
「親衛師団の彼儚と申します。状況が状況です。構いません。野盗は」
短い問いに、スフィルは視線を廊下の先へと向けた。どうやらそちらに野盗の多くがいるようだ。
「最低限の警備だけ残して、騎士団の全員がそちらへ向かっている。だがお恥ずかしい話、後手後手に回っているのがげんじょ――」
「スフィル!」
スフィルの言葉を遮って、また別の騎士団の青年が駆け寄ってきた。片目だけを大きく瞠り、スフィルは肩で息をする青年を見遣る。
「ロンランド、どうした」
「……や、野盗がユディーナ様のお部屋に……!」
「なんだと!?」
スフィルの怒号が木霊した。ルクスの背後に立つラティディアが、あまりの剣幕に驚愕している。
「あーあ。大変なことになってるね」
へらへらと軽薄な笑みを湛えながらケネスが呟く。その楽観的な物言いに、スフィルの瞳が鋭く光った。
「ちょっと待って。その……ユディーナって、誰なの」
目を丸くしてルクスが問う。
その問いに、唇を真一文字に引き結んで考え込むようなしぐさをしていた彼儚が重たい口振りで答えた。
「ユディーナ様はこの国の皇女ですよ」




