0033 いく度目かの再会
常盤色の髪の少女が、猫のような丸い瞳を大きく瞠る。ミランジェは不思議そうに首を傾げると、彼女の長い髪がさら、と揺れた。
「……どこかで会ったか?」
「僕に聞かれても」
問いかけられたケネスが苦笑する。
ラティディアがミランジェと呼ばれた常盤色の髪の少女に歩み寄ると、感極まった表情でぐっと顔を近づけた。
「覚えてない? プラーズバズの街で迷子になってたのを助けてもらったの」
浮浪者に絡まれたのを助けてくれたんだよ――と、ラティディアが続けるが、ミランジェは怪訝な面持ちで考え込むだけだ。
「……すまない、記憶にない」
「――っていうかラティ、浮浪者に襲われたって聞いてないよ」
ルクスが突然明かされた事実に困惑して思わず口を挟んだ。プラーズバズの街で自分と合流するまでの間にそんなことがあったなんて初耳だ。
「い、言ってなかったのは心配かけたくなかったからなの。それに、この女の子に助けてもらったしね」
ちらりとラティディアが上目でミランジェを見遣る。ミランジェは涼しげな容姿の中に少しばかりの戸惑いを映した表情で、ラティディアの視線を受け止めた。
ラティディアはそんな少女の手を取って、ぎゅっと力強く握りしめる。
「覚えてないかもだけど、私はあなたに助けてもらったの。だから、ありがとう。また会いたかった」
ラティディアの言葉にミランジェが面食らう。当惑した表情で視線を彷徨わせるミランジェに、ラティディアが花のような笑顔を浮かべた。
「名前は?」
「……ミランジェ」
「ミランジェね、覚えた! あの時はありがとう!」
「だから、私は覚えていないと……」
「いいの! 私がお礼を言いたいから言うだけなの!」
ラティディアの気迫に押されて、ミランジェがこくこくと頭を振る。
「そういえば、僕たちもプラーズバズで会ったきりだよね」
フードを目深に被ったケネスが、柔い笑みを浮かべてルクスに告げる。「そうですね」とルクスが頷くと、ようやく追いついてきたハインラインとティオンが、怪訝そうに一行の姿を見つめた。
「……ハインラインくんも。久しぶり」
視線だけを背後へ。ケネスの赤い目がハインラインの姿を捉える。
自分よりも格段に位の高い魔術師からの言葉に、ハインラインは肩を揺らして口元を強張らせた。
「……お久しぶり、です」
ハインラインの躊躇いがちな声音。それに、ルクスが疑問符を浮かべる。土色の双眸が鈍く光っていた。
「――そういえば、ルクスくんたちはなにしにここまで? まさか本当に世界を変えに来たの?」
冗談めいたケネスの言葉。こくりとルクスが首を振ると、ケネスは瞠目して――だがすぐに飄々とした軽薄な笑みを浮かべた。
「ふぅん。まぁ、頑張ってね」
「ケネスさん……たちは?」
「僕たち? んー……知り合いの様子を見に、かな?」
容量を得ないケネスの口振りだったが、問い質したところでのらりくらりとかわされるだけだろう。掴みどころのない青年の印象は、気ままに空を漂う雲のようだ。
「ケネスさんは、この街についてお詳しいのですか」
突如として声を上げたのは、蒼色の瞳の少女だ。
「まぁ、それなりに?」
「もしよろしければ、城まで案内していただけないでしょうか。皇帝陛下に謁見させていただきたく」
ケネスは顎に手をやり、少しばかり考えるような素振りをして――
「うん。構わないよ」
そう快諾した。彼の背後に立つミランジェが、眉間にしわを寄せる。
「おい、ケネス」
「いいじゃん。別に。…………僕らもそこに用があるわけだし」
「………………ちっ」
囁き合う二人の言葉は、ルクスの耳に届くことはなく。
ケネスに先導されて、一行は街の北側へと歩を向けた。
「ま、行ったところで……だけどね」
***
歩き始めて暫くして、遠くのほうに城の一角が見えてきた。街を囲う外壁と同様に、堅牢な石造りの城。イングレッソの王城はいくつもの塔が空へと伸びた外観だが、こちらは低く広く――端が見えないほどの長い城壁が横に続いている。
だがしかし、その壁が近付くにつれて、周囲の様子が慌ただしくなってきた。賑わいとも異なる、緊迫とした雰囲気に一行は息を呑む。
「……騎士団の制服だな」
灰色のコートをはためかせルクスたちの隣を駆けていく青年を見遣り、ティオンが小さく呟く。
騎士団は、皇帝及び皇家直属の組織だ。イングレッソ王国でいう親衛師団と同じようなもので、そんな組織に所属する人間が焦りの滲んだ面持ちで城のほうへと向かっていったのだから――
「……なにかあったのでしょうか」
そんな予感が的中してほしくない――ルクスは心中でそう祈る。だが、現実は甘くなかった。
***
城に着き、重厚そうな扉を目前にしたとき、その扉の傍に控えていた騎士が一人飛びかかってきて――ルクスの喉元に槍を突き付けた。
すぐさま護衛の二人が携えていた武器に手をかけたので、ルクスはそれを制して騎士に向き直る。
「イングレッソ王国から来たルクス・アデライドだ。皇帝陛下に謁見したい」
ルクスは魔術師協会のボールドウィン、そして自らの父でありイングレッソ王国の国王であるレオから渡された紹介状を彼に手渡す。
いままでほとんど国交のなかった国からの突然の使者に、青年は疑いの眼差しでルクスを凝視した。
「……少し待っていてくれ」
書面を睨み付けて青年は渋々と切っ先を下ろす。そしてルクスから渡された書面を手に城門の中へと消えていった。
ここに来るまでの街の様子とは一転、城門前には張りつめた沈黙が支配していた。城の目前であるのだから、この静寂も当然なのだろうか。
重苦しい空気が満ちる中、ルクスたちは静かに青年を待つ。
青年が戻ってきたのは、時計の長針が半周しかかったころだった。
「遅くなってしまい申し訳ない。確認が取れた。……皇帝陛下に謁見とのことだったな」
苦い面持ちの青年。その表情には僅かばかりの影が滲んでいる。
「……待たせた上で大変恐縮なのだが、今日は引き取っていただけないだろうか」
「えっ」
文句を吐いたのは栗色の髪の少年だ。ティオンは口が滑ったと言わんばかりに片手で口元を覆う。
「それは構いませんが……この様子ですと、なにかあったのですか」
彼儚の問いに青年が唇を噛み締める。
携えた槍が折れるのではないかというほどの力強さで柄を握り締める青年の様子に、ただ事ではないなにかがあったのだと一行は察した。
ルクスが青年に声をかけようと口を開いた、その瞬間。
――――ドンッと、城壁の中から爆発音が轟いた。
「爆発!?」
悲鳴にも似た声を上げ、身を縮みこませるラティディア。その場にいる誰しもが目を見開いて驚愕する。
瞬時に緊張感が高まる中で、口を噤んでいた青年が悲痛な面持ちで告げた。
「……城に、野盗が入ったのだ」




