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タイム オブ スプリング ~春待ち世界 黎明と黄昏を忘れた空~  作者: 鈴沖トバリ
CHAPTER 2 「空に焦がれた少年、空を呪った少年」
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0024  ゲルナイト

 街の頂上に辿り着いたラティディアは、長い桃色の髪を揺らしながら周囲を見渡していた。

 自分を助けてくれた常盤色の少女。彼女を追いかけて大階段を上り、街のシンボルとして観光名所ともなっている城の城壁を前にして、ラティディアはその少女の姿を見つけられずにいた。

 確かに、少女の姿は一度しか見受けられなかった。それでも確かに、少女は真っ直ぐこの大階段を上って行ったはずだ。

 辺りにちらほらと見受けられる観光客。このトゥルースヌーンの街でも屈指の観光名所である王家の城は国内外問わず多くの観光客に人気だ。

 しかし今日は珍しく人気も少ない。その上、城門前に控えているはずの親衛師団の人間すらいないのは不思議だった。


「またお礼言いそびれちゃったかなー……」

「……一体なんなの」


 背後からの声に、ラティディアが肩を揺らして振り返る。

 パーカーのフードを目深に被り、顔色を悪くさせたハインラインが訝しげにその場に佇んでいた。ハインラインの足元には、黒猫ロードが座り込んでいる。


「あ、あのね……ちょっと前にプラーズバズで助けてくれた女の子に似た子がいて……」


 言いながら、ラティディアは純白の城壁に沿って歩いていく。嘆息しながらもハインラインとロードはそのあとについてきてくれていた。

 城壁に沿って歩いたとしても、純白の壁が続くだけで比較的面白いものはなにもない。そのため、観光客の姿も城門から離れると全く見受けられなくなる。

 しんと静まり返った場所を黙々と歩き続けて――結局、探していた少女の姿を見つけることができなかった。


「見間違いだったんじゃ?」


 ハインラインが蒼い顔をして、首を傾げた。

 見間違いではない――と、そう思いたい。エメラルドのような光彩を放つ常盤色の艶やかな髪。あんな髪の持ち主が、この世に大勢いるとは想像できなかった。

 しかしこうして城壁の周りを探してみても、少女は見つからなかった。やっぱり見間違いかと釈然としない気持ちを抱きながらも、ハインラインの顔色を見てその思いを振り払う。


「ごめんね、ついてきてもらって……。ハイン顔色悪いし、宿に戻って休もう?」


 華奢なハインラインの背中を押すと、彼は弱々しく頷いた。随分無茶をさせてしまったようだと、ラティディアは後悔する。

 宿に戻ろうとしながらも後ろ髪を引かれる思いで振り返り、もう一度だけと周囲を一瞥する――と。


「ん?」


 純白の城壁の一部が、不自然に崩れている個所を見つけた。


「ハイン、ちょっと待ってて」


 気になってその壁の許へと駆け寄る。城門から最も遠く離れた白亜の壁に、人一人が屈んでようやく入れるような穴が開けられていた。

 胸の奥がざわつく。嫌な予感がさざ波のように胸中に広がっていく。


「……これって」


 遅れてやってきたハインラインが、怪訝な声を上げた。

 この先は、当たり前だが王家の城がある。その周辺を囲ったこの城壁を壊す理由で想像できるものは、嫌なものばかりだった。

 だけどもラティディアは、この先に行かなくてはならない――そんな気がしていた。その理由がどこからくるものなのかはわからない。単なる直感だった。


「……ハイン、行こう」

「にゃ、にゃに言ってるのにゃ!? ここは王家の城にゃんだぞ!?」


 驚愕を露わに、ロードが声を荒げて鳴く。

 それでもラティディアはロードの声を背に、身を屈めて穿たれた穴を通り抜けていく。


「……違う人に、会えるかもね」

「ん? ハイン、なにか言った?」

「……なんでも」


 体の小さいハインラインも、難なく壁の穴を通り抜ける。そして最後に「どうにゃっても知らにゃいからにゃ」とぼやきながら、ロードが穴を通ってくる。

 壁を潜り抜けた先に広がる、荘厳な風格を成した王城。お伽噺の中でしか知らない存在が、目の前にあった。傷一つない白壁。アーチ形の大きな窓には緻密な細工が施されている。見上げるほど巨大な壁の先には、円柱型の塔が空に向かって伸びている。

 塔の先端で、王家の紋章が描かれた旗が揺れている。それを仰いで、ラティディアは眩しい太陽の日差しに目を細めた。

 城の中は――不思議と静かすぎて。ラティディアは背筋がぞっとするのを感じた。


 ***


 不自然に開かれた窓から、ラティディアたちは城の中へと侵入した。

 城の中は異常なほど粛然としており、誰一人として人の姿を見受けられない。城というからには、警備の人間だとかメイドであったりだとかが城内に大勢いるものだと思っていたから、この光景は違和感を感じざるを得なかった。

 しんと静まり返る深紅の絨毯の敷かれた廊下を、ラティディアとハインラインは隣り合って歩いていく。


「……誰もいないね」

「……うん」


 こうして一般市民の二人が立ち入り禁止の城内を堂々と歩いているというのに、誰にも咎められない。咎めるような相手とすれ違いすらしないのだ。

 人の気配が感じられない城内。これは誰の目に見てもおかしいことだとわかる。

 緻密な紋様が刻まれた柱や、壁に飾られた美しい風景画に心ときめかせることはなく――ラティディアの心中は、酷く落ち着かないものだった。不安が押し寄せる波のように、胸の内で揺らいでいる。

 ――すると廊下の先のほうに、巨大な扉が現れた。遠目からでも重厚な作りであることがよくわかる、精密で細かな意匠が施された巨大な扉。一目で、その扉の奥になにがあるのかを理解した。

 城の構造について詳しくはない。だが、その奥にあるのはきっと、国王や王妃のいる謁見の間なのだろう。


「これって……」


 ハインに確認を求めようと声を上げたときだった。

 微かに、人の気配がした。それは小さな、注意して耳を傾けないと聞こえないような声だった。息を殺して耳を澄ます。

 男性の――声。それも二人。内容までは聞き取れないが、口振りから察するに口論のような――。

 巨大な扉を目前にすると、その声は確かに扉の向こうから聞こえてきていた。静まり返った部屋の中で、聞き慣れた声が反響する。


「――――国王に、なにをする気だ」


 低く、鋭い声音。だが聞き間違いようのない、その声音の主は――


「………………ルクス?」


 ラティディアは目を瞠った。

 これまでの道中を共にした少年の声音が、扉の向こうから聞こえた。

 でも、なんでこんなところにルクスがいるのだ。彼は用があると言って宿を出たっきりだった。頭の中がグルグルして、思考がまとまらない。

 だからラティディアも、ハインラインも、背後から歩み寄ってくる影に――気付くことができなかった。


 ***


 金色の、月のような冷たい双眸がルクスを捕える。

 その凍てついた瞳に見据えられたルクスは息が詰まりそうになるほどの恐怖に身を強張らせながらも、刃を持った少年に向かう。


「――剣を下ろせ」


 ルクスは、凛然と言い放つ。一歩、また一歩と闇色のマントを纏った少年に歩み寄るルクスの瞳は、威厳に満ちた鋭いものだった。

 その視線を物ともせず、闇色の少年は玉座に坐する男へと剣を突きつけたままだ。ルクスの眉間に、深い皺が寄る。


「国王に――なにをする気だ。なにが目的だ」


 玉座に座ることができる、この国で唯一の人間。それは、この国の国王だ。

 闇色の少年は、この国の頂点である国王に向けて――刃を向けている。それが、許されることでないのは明らかだ。

 いや、それ以上に――ルクス自身がこの光景を許さない。腰に携えていた大剣に、ルクスは手を伸ばす。


「――――古文書を渡せ」


 淡々と感情を伴わない少年の声音。どこか聞き覚えがある。だが、それを思い出す時間すら惜しかった。


「……古文書? それを手に入れて、どうするつもりだ」


 闇色の少年の剣は、国王に突き付けられたままだ。距離を測りつつ、ルクスは少年との間を詰める。

 じんわりと背中に汗が滲む。ここでの対応を誤ってしまったら、国王の身に危険が及ぶ。極限の緊張感に柄を握り締める手が震えている。だが、それを相手に悟られるわけにはいかなかった。

 相手は――厳重な警備の敷かれているこの城に侵入できただけあって、相当な手練れなのだろう。扉の前で倒れていた親衛師団の二人の姿を見るからに、それは明白だった。

 ルクスの問いに、闇色の少年は表情一つ動かさない。月光のように冴えた視線をルクスに向けて――少年は小さく唇を震わせた。


「……世界を闇に変える」


 ルクスは、目を瞠った。

 抑揚のない少年の言葉が、頭の中で木霊する。世界を――闇に、変える?

 なんのために、なんの目的があって?


『……世界を闇にしようとしている集団』

『――――っていうのが刻の歪みの原因を作ってる』


 思案の渦に呑まれていたルクスの脳裏に、魔法使いの少年の言葉が浮かぶ。

 その瞬間、絡まっていた疑問が解けた。それと同時、背筋に悪寒が走る。


「『ゲルナイト』……!?」


 ルクスの声に、闇色の少年は僅かばかりに眉を上げた。感心したような素振りで、大仰に口を開く。


「まさか、この国でも俺たちの存在を知っている奴がいるとはな」


 少年の口元が自嘲気味に歪んだ。

 それを視認したと同時、窓の外が漆黒に包まれた。闇の時間が、訪れた。

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