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タイム オブ スプリング ~春待ち世界 黎明と黄昏を忘れた空~  作者: 鈴沖トバリ
CHAPTER 2 「空に焦がれた少年、空を呪った少年」
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0023  かくして出会いの刻がくる

 街の入り口から一直線に伸びる長い長い石造りの大階段を、ルクスは迷いのない足取りで進んでいく。

 この街を山で例えるならば、いまいるのは八合目あたりだろうか。ポケットに突っ込んだ懐中時計を取り出し時刻を確認すると、宿で仲間たちと別れてから1時間が経っていた。

 ふと足を止め、眼下を見つめる。人々の往来で賑やかだった下町の喧騒が、もうずいぶんと遠く見えた。眺望した光景は、見慣れた、見飽きたものに酷似していた。

 トゥルースヌーンの街は、五つの地区に分かれている。

 一つは街に入ってすぐに広がる、商店や屋台が軒を連ねる商業地区。庶民の買い物や、国外からの観光客で一番賑わう地区である。そんな背景から、ルクスを追う親衛師団の本部も街の入口からそう遠くない位置にあったりする。

 二つ目は庶民のための居住区だ。商業地区の上に積み重なるようにして、この街に住まう平民たちの住宅がひしめき合っている。

 その上には学校や図書館、公園等々の公共施設がある。

 そして、今ルクスがいるのが貴族街だ。大階段横に広がる、豪奢で華美な貴族たちの住まい。庶民のための商業区や居住区とは違い、静謐としたこの場所の空気はどこか寂しくて懐かしいものだった。

 イングレッソ王国には貴族制度がある。それはこの国に貢献した者に対して王家から授与される称号だ。貴族の称号を持つ者は、この国の大臣であったり組織の長を務めることが責務とされ、相応の特権を得る代わりに彼らはその使命を全うしなければならない。

 五十にも満たない貴族の家系。彼らの上、そしてこの街の頂点に君臨するのが、王家である。

 長い階段の先にある白壁の城。純白の城壁に囲われた城の景観を外から眺めるのは、初めての経験だった。どこか胸がくすぐったい。だが、同時に怯えにも似た感情が心臓を早鳴らせる。

 行ったところで、なにもできないのではないのか。また鳥かごの中に閉じ込められるのではないか。――そんな恐怖が次々と去来する。


「……大丈夫」


 早鳴る鼓動のリズムに合わせて、ルクスは一歩また一歩と階段を上っていく。

 刻の歪みを直すと決意したのだ。もう逃げない、目を背けない。

 城門が近付くにつれて上がっていく息と激しくなる鼓動を抑えつけ、ルクスは階段を上りきった。

 目の前に広がる、圧倒的な存在感を放つ純白の城門。見上げるほど高い城壁に囲われた城の周辺には、観光客の姿もちらほらと窺える。ルクスは顔を上げて、その城門へと向かっていく。

 金色の髪を靡かせる。空色のスカーフが風にたなびく。

 ルクスが城門の目前にまで迫ると――その脇に控えていた親衛師団の男が、ぎょっとして目を剥いた。慌ただしくルクスの許へと駆け寄ってくる。


「――僕は逃げない」


 凛然と言い放ったルクスの言葉に、親衛師団の男はその動きをぴたりと止めた。


「……――に、話がある」


 そう告げると、男は声も上げず静かに頭を垂れた。そしてそのまま、ルクスをその白壁の奥へと連れて行く。

 ――鳥かごの中へ、戻っていく。


 ***


「遅い! やっぱり遅いって!」


 壁にかけてある時計を睨みながら、ラティディアが声を荒げた。

 用があるとルクスが宿から出て行って、もう一時間以上経過している。いくらなんでも遅すぎる。


「だから……そんなに心配しなくても」

「心配もそうだけど!」


 ラティディアは頬を膨らませながら、再び窓の外へと視線を向ける。見渡した先には、探している金髪の少年の姿は見つけられない。

 ルクスも、この街の出身だとは道中で聞いていた。だから迷子とか、そう言った意味での心配は別にしていない。ラティディアは単に、ルクスと街を回りたいと思っていただけなのだ。商業地区辺りをブラブラと食べ歩きとかしたら楽しかっただろうなぁ――と、ラティディアはルクスの好奇心に煌めいた空色の瞳を思い出す。この街出身だと言っていたのに、ルクスは商業地区に軒を連ねた屋台をきらきらした瞳で見つめていた。

 あの店の焼ドーナツが美味しいよ、とか、面白い雑貨屋さんがあるんだよ、とか。そんなことを教えたら、きっと彼は喜んでくれるだろう。


「でも、なんでだろう……」


 宿を出て行った時のルクスのどこか切なそうな、まるで雨でも降り出してしまいそうな昏い瞳が、脳裏に蘇る。

 帰ってくると頭では理解している。でも心の奥底では彼ともう会えないような、理由もわからない不安が燻っている。


「……むぅ。しょうがない。街を回るのは明日にして…………ん?」


 不承不承で窓の傍から離れようとしたラティディアの目に、見覚えのある姿が飛び込んできた。

 常盤色の髪を二つに結んだ、すらりとした四肢の上に灰色のコートに纏った少女の姿。


「あ――!!」


 その少女の姿を見た瞬間。ラティディアは窓の外に飛び出してしまいそうな勢いで窓枠から身を乗り出した。

 突然の大声に、本を読んでいたハインラインも、彼の傍でぐっすり眠っていたロードも驚きラティディアを見つめる。宿の外にいた人からも奇異の視線を向けられたが、ラティディアはそれどころではなかった。

 十日ほど前。自分の所属する劇団に合流するためにと赴いていたプラーズバズの街で、浮浪者から自分を助けて道案内までしてくれた――間違いない、あの少女だ!

 長い常盤色の髪を見て確信したラティディアは、大慌てになりながらも部屋の外へと飛び出した。

 まさかこんなところで会えるなんて。プラーズバズではきちんとしたお礼が言えなかった。追いかけたらお礼を言って、名前を聞こう。

 宿の外に出ると、少女の姿はもうそこになかった。だが、少女は迷いのない足取りで街の大階段を上っていた。城の観光だろうか。ともかく、大階段を上っていけば会えるはずだ。ラティディアは、見えなくなった常盤色の少女の姿を探しながら階段を駆け上った――。


「…………で、どうする?」


 部屋に残された、ハインラインとロードが顔を見合わせる。まるで嵐のように去って行ったラティディア。その慌てふためいた姿は、一抹どころか十抹ぐらいの不安を覚えるものだった。

 互いの顔を見合わせた魔法使いとその教官。言葉はなくとも、これからどうするかは決まっていた。


「……追おうか」

「にゃんだかこの間から追いかけてばっかりだにゃぁー……」


 溜息を吐くロード。それを横目に、ハインラインは眩しい日差しに苦い顔をした。そして一人と一匹は、もうすっかり遠くなった桃色の髪の少女を追いかけるため、早足で大階段を上っていく。


 ***


 見慣れた光景を、ルクスは親衛師団の男に連れられて歩いていく。

 高すぎる天井。どこまでも続くような長い深紅の絨毯。壁にも柱にも、緻密な意匠が施された廊下を、ルクスは静かに進んでいく。

 見飽きた、かごの中の光景。広すぎるほどのかごの中で、ルクスはいつも窮屈な思いを強いられた。いまもこの場にいるだけでその気持ちが蘇ってくる。

 厳かなほどの静寂。どれだけの刻が経ったのか、時刻を確認することも躊躇うような静けさの中をただただ進む。

 もうじき、目的の場所に着く。唇を引き結んで、ルクスはもう一度、しっかりと自分の胸に決意を刻み込む。

 ――――刻の歪みを直す。それだけが、ルクスの望みだ。

 そのためにはクロノアジャストという、世界の刻を管理する装置の場所を知らなければならない。それからどうするかなんてことは、クロノアジャストの場所を知ってから決める。楽観的すぎるとは思うが、まだ手がかりもなにもない状態なのだ。

 灯りのない場所を手探りで進んでいくような、展望の見えない旅路。それだけはわかっている。だがそれでも、ルクスの決心は揺るがなかった。


「……この世界を、変えてみせる」


 自分自身に言い聞かせるような、小さな決意の言葉。

 しかしそれは、突如として聞こえてきた喧騒に掻き消された。


「……なにかあったのか?」


 ルクスを先導していた男が、訝しげな声を上げる。その視線が鋭いものになり、長い長い廊下の先にある豪奢な扉をじっと見つめた。

 重厚な扉。ルクスも男に倣うようにその扉を見遣ると――扉がほんの少しだが、開かれていることに気付いた。

 ルクスの表情に疑念の色が浮かぶ。扉は――通常、閉じられているはずだ。扉の両脇には親衛師団の人間が控えているはずであるのに、その姿も見受けられない。

 微かな不安が胸の奥で燻る。その胸中から、ルクスの足取りは早くなる。

 扉に刻まれた細かな装飾が視認できるほどの位置にまで迫る、と


「――ッ!?」


 ルクスは声にならない悲鳴を上げた。

 僅かばかり開かれた扉の隙間に、親衛師団の団服を着込んだ青年が二人、ぐったりと倒れ伏していた。

 ルクスを先導していた男が目を剥いて、慌ててその二人に駆け寄る。血は流れていない、気を失っているだけのようだ。だがそれでも、こうして城の中で親衛師団の人間が倒れているという光景が異常だった。

 扉の奥から、声が漏れ聞こえる。諍う声。両方とも男のものだ。そして、その一方の声音は――自分が、ルクスがとてもよく聞き慣れた人物のものだった。


「くっ!」


 倒れた青年たちの隙間を抜けて、ルクスは扉の奥へと飛び込んだ。

 そして――目の前に広がっている光景に、ルクスは空色の瞳を大きく瞠った。驚愕に、体が硬直する。

 扉の先は純白だった。浩々とした空間に、大きな窓から差し込んだ日差しが反射して目に痛い。そして、扉から最も離れた広間の最奥。そこには三つの豪奢な椅子が並んでおり、その背後の壁にはこの国の国章が掲げられている。

 並べられた椅子。その二つに、豪勢な衣装を身に纏った男女が座っている。もう一つは空席だ。

 そしてその椅子、玉座の前に――大剣を下げた少年が佇んでいた。闇色のマントと、目深に被られたフードの所為でその顔までは窺えない。その少年に付き従うように、少女と、青年の影が控えている。

 玉座の前で、抜身の刀身が鋭く輝いている。ルクスの背後で、親衛師団の人間が剣を抜き放ったのが見えた。困惑した口振りで、逃げてくださいと告げられる。だが、ルクスの体は縛り付けられたように動けない。


「なん……なんだよ、これ……」


 辛うじて発せた、微かな声音。それに、闇色の青年が徐に振り返った。

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