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0020  華やかな舞台のその裏は

 クライマックスを迎えようとしている舞台上に向けて、観客たちが喝采や黄色い声援を上げる。

 劇団リベルヴィには、劇団だけでなく団員個人にもファンがついている場合がある。舞台上に上がる男女は、リベルヴィでも屈指の人気を持つ役者二人だ。フリとはいえ、二人の情熱的な口づけを眺めていた彼らのファンはどういう心境なのだろう。喝采の中に悲鳴のようなものが混じっていたことから想像は容易かった。

 そしてそんな喧騒の中、ラティディアと道化の衣装を身に纏った女性が目を見合わせている。

 暫しの静寂。それを破ったのは道化師のほうだった。

 菫のような淡い色の長髪を揺らし、意志の強そうなキリリとした瞳を大きく見開いた巡業劇団・リベルヴィの若き女団長ペネロップは、顔面一杯に笑みを浮かべた。


「ラティア! 遅かったじゃないか! 心配してたんだぞ!」


 ラティディアの許にペネロップが駆け寄ってくる。重そうな道化の衣装に身を包んでいるにも関わらず、ペネロップの足取りは軽い。それだけラティディアの帰りを心待ちにしていたという証明だった。ラティディアもそれを理解しているのか、大きく腕を開いて強く抱きすくめてくるペネロップに悪い気はしなかった。


「もうっ団長、苦しいって」

「迷子になっていたのか? 怪我は? 魔物だったり、変な人間に襲われたりしてないか?」


 ペネロップの問いかけが悉く図星を突いてくる。これは迷子になった挙句に魔物に襲われて、浮浪者に絡まれたと正直に答えてしまえば、しばらくの間団員の間で笑いのネタにされることだろう。誤魔化すようにして乾いた笑いを上げていると、ペネロップは抱きしめていた腕の力を緩めてラティディアを解放する。


「とにかく、無事でよかった。元気なようでよかったよ」

「ありがとう、団長」


 真っ白なドーランと、着膨れしすぎる衣装の所為でふざけた印象しか受けないペネロップの格好だが、自分を見つめてくる優しげな面持ちにラティディアの胸の奥のほうはじんわりとあたたかくなる。そして、それと同時にその優しさがじくじくと鈍く沁みた。

 ラティディアとペネロップの背後では、劇も終幕を迎え、観客たちが割れんばかりの喝采を上げている。空を割るような観客たちからの称賛の声を聞き届けたペネロップは、満足げに口元を釣り上げた。――ああ、懐かしい。団長の癖だ。


「立ち話もなんだ、馬車に行こうか」


 ペネロップの提案に、ラティディアは頷いた。


 ***


 舞台としての役割も果たすリベルヴィの馬車は、一般的な馬車と比べ一回りも二回りも大きい代物だ。これがペネロップより二代も前の団長が特注した代物であるというのだから、その歴史は中々に深い。コイツももう八十歳ぐらいだっけ、とペネロップが首を傾げていたのを覚えている。それが事実だとしたならば、この馬車はずいぶんなおじいちゃんということだ。おばあちゃんかもしれないが。

 日に焼けた馬車の側面に手を触れて、改めてこの劇団の歴史の深さに思い馳せるラティディア。

 公演も終わった南広場にはまだ舞台の熱が留まっているようだった。熱に浮かされた観客たちがちらほらと見受けられる。あのシーンがよかった、あの子が可愛かった――そんな観客の声を聞くだけで、ラティディアの胸は早鳴る。

 自分もこんな風に、いつか誰かの心に残るようなものを演じてみたい。この劇団に入って掲げた目標がそれだった。今までは怪我の所為で舞台に上がることはできなかったが、劇団に合流したいま自らの演技に研鑽を積んでこんな風に誰かの称賛を受けてみたかった。

 ――そうだよ、劇団に戻れるんだよ。

 それはとても喜ばしいことであるのに、ラティディアの表情はどこか物憂げだった。


「ふぅ~……さっぱりした」


 そんなラティディアの許へ、真っ白なドーランを落とし道化の衣装を脱いだペネロップが歩み寄ってくる。道化の衣装の中に隠れてはいたが、彼女はとてもスタイルがいい。今でこそ道化の衣装を纏い、奇術師として活躍するペネロップであったが、前の団長が健在のときは馬術師として人気を博していたそうだ。その名残がいまのこのスタイルなのだろうが、ラティディアには彼女の女性らしいしなやかな体躯が羨ましくて仕方なかった。


「なんだラティディア。どこかドーラン落とし損ねていた場所でもあるか?」

「う、ううん!? ないよ! きれいさっぱり落せてるよ!」

「ん、ならいいんだが……。みんなも落ち着いたようだし、馬車に入りな。待ちわびてるぞ」


 ペネロップに促されるまま、ラティディアは舞台の反対にある馬車内部への入口へと向かう。華やかな舞台の造りとは一転、装飾のないシンプルな外装の中に隠れるようにして、簡素なドアがある。そしてその扉のすぐ真横には、劇団がウルフの群れに襲われたときに張り替えた板が周囲に溶け込むことなく浮いていた。

 その当時の記憶が、痛みが蘇ってくるようでラティディアの表情は苦痛に歪む。

 先立って歩いていたペネロップがドアを開け中に入っていくのに続き、ラティディアも久しぶりの馬車の中へ足を踏み入れる。

 ラティディアを真っ先に迎えてくれたのは――強烈な熱気と汗の匂いだった。


「あっつーいっ! 団長ー、この衣装もうちょっと薄くできませんー?」

「喉カラカラー。誰か水ちょうだいー」

「うわっ、アンタそんなおっきな花束もらったの!? 羨ましー……玉の輿狙えるんじゃないの?」


 団員たちの騒々しいまでの賑やかな談笑が響く馬車内。先ほどまで舞台に上がり、オルガンを弾いていた者も役者として演技していた者も全員がこの団員用の控え室兼衣装スペース兼休息室に集っているのだから、馬車の中は汗と熱気で湯気でも見えそうな惨状だった。

 団員たちはここで道中を過ごし、また公演を行う際はこの狭い空間で衣装を着たり舞台に飛び出して行ったりとほとんどの時間をここで過ごす。大慌てで着替えたりしていたためか、団員たちの足元には脱ぎっぱなしの衣装が放り出されていた。

 舞台上で騎士役の青年と熱い口づけを交わしあっていた姫役の少女が、喉を鳴らしながらお行儀もなにも関係なしに瓶の中の水を一気に飲み干す。口の端から零れた一筋の水を手の甲で乱暴に拭って視線を落とすと、少女はラティディアの姿に気付いて大きく目を瞠った。


「ラティアっ? いつの間に帰ってきてたのよ!」


 その声に反応して、周囲の人間も一斉にラティディアへと視線を向けてくる。


「わぁホントだ! ラティアだ! 元気だった? 心配してたんだよ」

「大丈夫だった? ラティア方向音痴だし、ここまで来るのに迷ったんじゃないの?」

「もう復帰できるの? 次の演目は人魚姫らしいんだけど」


 返答する暇すら与えることなく、団員たちがラティディアへ向けて矢継ぎ早に言葉をかける。その団員一人ひとりの表情が、ラティディアが帰ってきてくれて嬉しいと告げていて、ラティディアも詰め寄ってくる団員たちに困り顔をしながら内心はとてもあたたかい気分でいた。

 舞台が終わったばかりで疲れているだろうにガヤガヤと騒ぎ立てる団員たち。その勢いを鎮めたのは、ペネロップが両手を打ち合わせるパンっという乾いた音だった。


「ほらほら。お前らも舞台終わりにはしゃぐんじゃない。ラティアだってここまで来るのに疲れてるんだ、休ませてやれ」

「はぁーい」


 団長の言葉に団員たちは名残惜しそうにラティアから離れていき、それぞれに舞台の後片付けを始めた。

 劇団を離れる前となにも変わらない、賑やかで騒々しい団員たちの様子に口元を緩めながら、ラティディアはすぐ脇に佇むペネロップを見上げる。


「……ねぇ、団長。あのね、紹介したい人がいるの」


 ラティディアがそう告げると同時、ペネロップは口に含んでいた水を豪快に吹き出した。


「しょっ、紹介!? ラティア、劇団を離れてる間なにがあったんだ……!?」

「えー? なになに? ラティアに好い人ー?」

「マジで!? あのラティアに恋人!? 嘘だぁ、俺信じねぇぞ」

「ああもう! プレザもヤンも黙れ! 余計なちょっかいを出してくるな!」


 ペネロップの怒号に、本日の舞台の主役二人は顔を見合わせてつまらなそうに唇を尖らせる。


「信じないってなによ。ラティアだって女の子でしょー? 好きな人の一人や二人できたっておかしくないじゃない」

「えぇ~……ラティアはそういうのまだだと思ってたんだけどなぁ」

「ていうか、ヤンにはわたしがいるじゃない?」

「あーはいはい、そうだったな」

「ヤンったら相変わらずいけずぅ。やっぱりさっきホントにキスしてやればよかった」


 舞台上の印象とは全く異なる、清楚でお上品な姫役を演じていたプレザはのんびりとした口調で大胆なことを言う。それに対して誠実で規律正しい騎士役を演じていたヤンは、きちんとセットしていた髪を乱暴に掻きながらプレザの言葉を受け流している。

 こうなってしまっては手に負えない。二人はいつまででも埒の明かない会話を続けるから、ペネロップももう彼らのことは眼中になく、ラティディアの目前に仁王立ち、気迫すら感じる面持ちでラティディアを見据えた。


「その……紹介したい人とは誰なんだ、ラティア」


 一言一言を重く、慎重に、怯えるように言葉にするペネロップ。小首を傾げてラティディアがペネロップの瞳を覗き込む。


「ここまで私を送り届けてくれた人だよ。いま、団長に紹介したいからって街の入口で待ってもらってるの。ルクスとハインと、あと猫のロード」


 ここ数日で幾度となく呼んだ名前をペネロップに告げると、彼女は再び目を見張ってぽかんと口を開ける。あんぐりとした表情の背後で「なぁんだつまんないの」とプレザとヤンの二人が溜息を零して離れていった。


「そ、そうか、まぁラティアのことだからそんなことだろうとは思っていたが……」


 肩を落とし安堵とも疲労とも思えるような難しい表情をしてペネロップがラティディアの肩を掴む。

 ラティディアは未だに意味が分からずに目を白黒とさせるが、そんなラティディアを見つめてペネロップは困り気味に笑みを浮かべる。さて、と気持ちを切り替えるように声を上げると、ペネロップは踵を返して馬車の外へと出て行ってしまう。


「ここまで連れてきてくれたんだ。その紹介したい人とやらに団長としてお礼を言わないとな」


 ***


 汗に濡れた首筋を、風が撫でていく。しかしその風もルクスの背後にある壁に突き当たり、行き場のなくなったそれは音もなげに消えていった。

 ケネスがルクスの背後に突如として現れた壁を、一度こつんと叩く。すると壁は崩れ落ち、砂塵となって風に浚われていく。風と消えた壁の先には見覚えのある路地があった。ルクスの首根っこを掴み、こちらに引き摺り込んでからの一瞬で魔法を使い、この壁を作ったのだろう。さすが魔術師一位の実力だと、そう思わざるを得ない。


「追われている理由は聞かないとして。で、君たちはどうするの?」


 ケネスが首を傾げてみせると、彼の柔らかそうな灰色の髪が揺れる。

 ラティディアとは、街の入口で待ち合わせをしていた。一体どれくらいもの間追われていたのか定かではないが、そろそろラティディアが戻っていてもおかしくない時間だろう。でも今あのカフェの近くに戻れば、あの青年と鉢合わせる可能性もあった。大通りや人目に付く場所は危険すぎる。

 答えあぐねていると、ルクスのジャケットの裾がくいっと引っ張られた。

 振り返ると、乱れていた息もやっと落ち着いたハインラインがルクスのジャケットの裾を掴み、ルクスを見上げている。


「南広場に、行こう。劇団がいるなら、ラティもそこにまだいるかもしれない。もしいなくても、変に動いてすれ違うより、ラティの帰りを待ったほうが、安全」

「じゃあ、僕は南広場に案内すればいいのかな?」


 目を細めてにっこりと微笑みを浮かべるケネス。

 ハインラインの提案は確かに一番安全だろう。変に動き回ってまたあの青年と遭遇するよりは、一か所に留まってラティディアを待つほうが得策だ。

 ケネスからの問いかけに頷きを返すと、ケネスは早速ルクスたちに背中を向けて歩みを始める。

 そういえば、昼の刻なのにコートを被らなくていいのかな……? ――そんな疑問は、振り仰いだ先の空が答えてくれた。

 建物と建物の間に橋渡されたトタン。日の光を一筋足りとも通さない、光を拒絶した場所。もしかしたらここは、闇の民のための通り道なのかもしれないと、ルクスは想像する。

 ルクスたちを先導するケネス。昼の時間、彼ら闇の民はこんな薄暗く酒場が軒を連ねるような治安がいいとは言えない場所にいるしかないのだ。道すがらにぽつぽつと落ちた血の跡を見遣って、ルクスは苦い顔をする。

 日の光はあたたかいのに――彼らはその光を浴びると死んでしまう。

 未だ現実味のないその事実は、ルクスの胸を緩く締め付ける。


「ケネスさんは、どうしてプラーズバズに?」


 気持ちを紛らわせるために、ルクスは目の前を歩く背中に向けて問いかける。

 青年は、長い紺色のコートを風にはためかせながら、振り向くこともなく。


「――知り合いに会いに、ね」


 笑んだ声音に変わりはなく。ケネスの背後にいたルクスは、そんな彼の表情の変化を知ることもなかった。

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