幸せを感じてみたくて旅に出た話
仕立て屋の若息子が言い出した。
「おいら生まれてこのかた幸せというものを感じた事がない。ちょっくら旅に出て、幸せとやらを探してみたい」
それを聞いた母親は泣き泣き夫にその事を話した。
その話を聞いた父親は、
「勝手にすればいい。しかし、旅に出るのなら戻ってくるな」
と、金貨を三枚渡して、息子を追い出してしまった。
若者は街に出かけた。
「幸せを感じてみたい。幸せとはどこにあるのか?」
酒場でラム酒を飲みながら、ぶつぶつ言っていると、
「おにいさん、そんなに幸せが欲しいのかい?なら、あたいと一夜を一緒に過ごしな。天にも届くような幸せを感じさせてあげるよ」
と女が話しかけてきた。
「そりゃあ願ったり叶ったりだ。その幸せとやらを過ごさせてくれ」
若者は女と共に宿に入った。
女は服を脱ぎだした。そして若者に、ほら、触ってごらんよ、と胸を出したが、
若者が、そんなもの赤ん坊の頃に触り飽きている。まったくもってつまらない、と言ったので、
女はかんかんになって、料金は貰うからね、と言って、若者の金貨を一枚持って行ってしまった。
「幸せを感じてみたい。幸せとはどこにあるのか?」
若者は次の街へ行った。
その街では伝道師が神の教えを説いていた。
「神は私たちに平等に幸せを与えてくださります。神を崇めなさい。そして、神に許しを乞うのです」
それを聞いた若者は、
「神は幸せを与えてくれるのか。どうしたら神に許しを乞える?」
と、伝道師に尋ねた。
「迷える子羊よ。それは簡単です。ここに神殿を建て、神に祈るのです。しかし、神殿を建てるのにはお金が必要です。ほんの気持ちを、そう、金貨一枚ほどの寄付をしてくだされば、神はきっとあなたに幸せを与えてくださるでしょう」
若者は伝道師に金貨を渡した。
「金を渡したがまったく幸せじゃない。いつ幸せになるのか?」
そう若者が尋ねると、
「神はあなたを常に見守ってくださっています。その時がくれば、あなたは幸せになるでしょう」
その時とはいつか、と聞こうとしたが、伝道師はそそくさと若者から離れてしまった。
「幸せを感じてみたい。幸せとはどこにあるのか?」
若者はまた次の街へ行った。
噴水のたもとに腰掛けて、
「二つの街に行ったが、いまだに幸せを感じていない。この街にはあるのだろうか?」
と独り言を言っていた。
それを聞きつけた宿無しの男が、
「若いの、幸せを感じられないとな?なら、わしが感じさせてやろう」
と話しかけてきた。
「ほんとうか?しかし、今までそう言って一人も幸せを感じさせてはくれなかった。金だけ取って行ってしまった」
「そうかいそうかい。そいつらはおまえさんの金を全て持っていったのか?」
「いんや、金貨一枚だけだ」
すると男は、
「それは金が足りないんだ。おまえさんの持っている全ての金と金目の物をわしに渡せば、おまえさんは確実に幸せになれる」
と言って、にやり、と笑った。
「そうなのか?なら全ておまえにくれてやろう」
男は若者から金も時計も靴も洋服も全てを受け取って、
「しばらくそこでじっとしてな。必ず幸せを感じるぞ」
と笑って行ってしまった。
若者は素っ裸で噴水の前に座りつづけた。
何か食べ物を食べたくなったが、お金がない。
冷え込んできたが、寒さをしのぐ服もない。
時間も分からず、通り過ぎる人々は彼に冷ややかな目を向ける。
家に帰りたくても、父親に勘当されていて帰れない。
この街には頼る人もいない。
若者は思った。
ああ、自分は今までなんて幸せだったのだろう、と。