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お葬式

 廊下をしずしずと歩いている人たちがみな、黒ずくめの服を着ていることを除けば、それはホテルと見まがうくらい、綺麗で豪華な建物だった。ピカピカの床にも天井にも、おじいちゃんに最後のお別れをしようと集まった人たちが映っている。

 その中の一つの小さな人影が、私は気になっていた。

 だから、その人影がこっそりと人の流れに逆らって、その場を離れようとした時、私はすぐに気がついたのだ。


「ちょっとトイレに行ってくる」


 おかあさんにそう言うと、私はその人影を追いかけた。

 いとこのタクトだった。

 タクトは建物の外に出ると、迷うことなくスロープを上り始めた。左に墓地を眺めながら、道は斎場を回り込むようにきつい上り坂になっていた。

 坂が緩やかになり、小さな駐車場に出ると、タクトはその脇のガードレールを乗り越え、さらに細い山道を下ろうとした。


「タク兄ちゃん、どこに行くの?」


 私が声を掛けると、タクトは一瞬ギョッとした。私が一人なのに気づくと、


「ついてきたんか? しゃあないなぁ」


と言って、手招きしてくれた。


 細い山道はやがて開け、斎場の建物が見下ろせる場所に出た。


「お前が生まれた年に、ばあちゃんが死んだのは知っとるやろ? おれは4歳やった。あの時も抜け出して、じいちゃんと二人でここに並んで座ってた」


 タクトは地面の上に腰を下ろすと、私にも側の小さな岩の上に座るよう促した。


「あの頃の古い斎場には煙突があった。その煙突からばあちゃんが煙になって空に昇っていくのを、二人でずっと見てた。

 その時、じいちゃんはこう言ったんや。『煙突というのはな、新しい何かのために古いものが消えていく。そん時に、古いものが流す涙を空に逃がしてやる道なんや』って。

 そやけど、斎場、きれいになって煙突もなくなってしもたやろ? じいちゃん、今お棺の中で涙流してるかもしれん。でも、それを逃がす煙突がないもん。このまま、じいちゃんが天国に行かれへんかったら大変や」


 大好きだったおじいちゃんが天国に行けないかもしれない。私はそんなこと考えたこともなかった。

 タクトは見覚えのある古い本を地面にそっと置き、ジャンパーのポケットから使い捨てのライターを取り出した。


「だから、おれ、いろいろ考えて、じいちゃんの分身を燃やして、その煙を空に放してやるのがええんちゃうかなって。じいちゃんの分身ってゆうたら、これやろ?」


 家に遊びに行くと、おじいちゃんはほとんどいつも、座敷の縁側で本を読んでいた。本当に本が好きな人だった。


「おじいちゃん、何読んでいるの?」と聞くと、おじいちゃんは私を膝に乗せ、ニコニコ笑いながら説明してくれた。たいがい昔のお侍さんのお話で、小さな女の子にはあまり面白いとは思えないお話だった。ただ、おじいちゃんがいつも日向とこな薬の優しい匂いがしていたのは、今も覚えている。

 タクトが持ってきた本は、そのお侍さんの本らしかった。


「でも、小学生が火遊びなんかしたら、おかあさんに叱られるよ」


 私の言葉に、タクトは怒ったように言った。


「じゃあ、お前はじいちゃんが天国に行けなくてもええんか? おれは親父にどつかれても平気やで。後でクヨクヨ心配するよりずっとましや」


 タクトに意気地なしと思われるくらいなら、私はこのまま墓地に残って、一人で一晩過ごす方がましなような気がした。


「わかった。そうしたら、おじいちゃん、きっと天国に行けるよね」


 タクトはコクリとうなずくと、ライターで本に火をつけた。

 小さな炎はゆっくり表紙を焦がしていたが、やがてパチパチと勢いを増した。オレンジ色の炎が次々ページをめくり、浮き上がった文字を黒く染め上げていく。

 空へと白く立ち上る煙は、やがて色を黒く変えていった。本が完全に黒い燃えかすに変わり、炎が見えなくなっても、しばらくは細い名残を空に向けていた。


 おじいちゃんが空に昇っていく。

 おじいちゃんを思いながら、私は煙の行く先にじっと目を凝らしていた。煙が目にしみて、涙が溢れた。


 やがて煙もでなくなると、タクトは手で土をすくい、本の燃えかすの上にかぶせていった。完全に本が土に隠れて見えなくなると、タクトは手をはたいて立ち上がった。


「行こう」


 タクトと私とおじいちゃん、三人だけの秘密の時間が通り過ぎた。早足で斎場に戻るタクトの後ろを、私は小走りで追いかけた。

『HEATHLAND Vol.16』に別ペンネームで収録された作品です。

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