なかったことにする方法
「おや、良幸。可愛いマフラ-をしているじゃないか。彼女からのプレゼントかい?」
そう言ったものの、おばあちゃんは振り返った僕の顔を見ると、さらに一言、
「いや、その割りには情けない顔だねえ」
と付け加えて、ニヤリと笑った。
やっぱり6年生にもなって、くまのアップリケのついたマフラ-なんか最悪だよな。
「彼女じゃなくて、かあさんがくれたんだよ」
僕は不機嫌そうに、返事をする。
「へえっ、手作りかい? あの子にしちゃ、よく頑張ったと思うけど、良幸は気に入らないみたいだね」
「だって、こんな幼稚な柄じゃ友達に笑われちゃうよ」
「ふうん。じゃあ、なかったことにすればいい。簡単な事さ」
おばあちゃんは引き出しから水色の袋を取り出すと、僕のマフラ-を入れ、口を縛った。そして、マジックで(2002年 良幸)と袋に書くと、ついておいでというふうに、僕に目配せした。
かあさんの実家、つまりおばあちゃんの家の家業は小さな神社の神主だ。
おばあちゃんは境内を抜けて、お社の裏に歩いていく。そこには「底無しの井戸」と呼ばれる古い井戸があった。おばあちゃんはその井戸に近づくと、突然マフラ-の入った袋を頭の上に掲げ、慣れた手つきで、それを井戸の中に投げ入れた。
「おばあちゃん、何をするんだよ。捨てなくてもいいじゃないか。せっかくかあさんが編んでくれたのに」
慌てて抗議する僕を、おばあちゃんは何か面白いものでも見るように眺めて言った。
「なんだい、いらないんじゃなかったのかい。ばあちゃんの家では先祖代々、こうやっていらないものをなかったことにしてきたんだ。でも、たまには間違って必要なものを井戸に投げ入れることもある。そんな時のために、井戸の中にははしごも付いているはずさ。いるなら、おまえが取っておいで」
僕の趣味には合わないが、マフラ-がなくなればかあさんはがっかりするに違いない。
僕は懐中電灯を取ってくると、柵を乗り越え、井戸の中のはしごを下り始めた。
深い深い井戸だった。名前通り、この井戸には本当に底がないんじゃないかと思い始めた頃、やっと平らな所へたどり着いた。
懐中電灯で辺りを照らし、僕はあっと驚いた。そこは地面の下とは信じられないくらいの広さがあった。小学校の運動場より広いくらいだ。あたり一面、水色の袋がいくつもいくつも山のように積まれている。
(2002年 良幸)と書かれた袋はすぐに見つかった。ふと見ると、すぐ隣に(1997年 良幸)と書かれた袋が転がっている。不思議に思って中を見てみると、古い覚えのあるおもちゃがゴロゴロでてきた。
当時宝物だったベ-ゴマはアニメの影響で再ブ-ムになっている。今は発売されていない僕のコマはレア物といって、欲しがるやつはいくらでもいるだろう。ないと思っていたら、かあさん、こんな所に捨てていたんだな。
僕はジャンパ-の右ポケットに、べ-ゴマを押し込んだ。
すぐ近くには(1977年 千尋)と書かれた袋が落ちている。千尋というのはかあさんの名前だ。中を見てみると41点とか37点とかの算数のテストが入っていた。
僕でもこんなひどい点数を取ったことはないぞ。かあさんは最近勉強しろとうるさいから、これは何かに使えそうだ。
僕はジャンパ-の左ポケットにかあさんのテストを押し込んだ。
この井戸の底は、案外宝物でいっぱいなのかもしれない。僕はそんな事を思いながら、次にその隣の(1945年 綾乃)と書かれた袋を開けてみた。中には何も入っていなかった。なのに突然僕は胸が痛くなるくらい悲しくなり、ポロポロ涙がこぼれて止まらなくなった。
僕はその袋の口を閉じ、急いで地上に出ると、待っていたおばあちゃんに(綾乃)の袋の事を話した。おばあちゃんは一つ長いため息をつき、話し始めた。
「綾乃というのは、ばあちゃんのお母さんの名前だ。ばあちゃんのお父さんは戦争で死んだ。お母さんの涙は見たことがなかったけど、きっと悲しみや辛さをみな袋に詰めて、井戸に捨てていたんだね。良幸、この袋、私にくれないかい? この年になっておかしいけど、無性にお母さんが恋しくなってきたよ」
「おかしくなんかないよ」
僕は袋を、そっとおばあちゃんに渡した。
以前、ラジオ栃木放送で『本町8丁目交差点』という番組があって、その中の「童話の小部屋のコーナー」で朗読していただいた作品です。(もう『本町8丁目交差点』は番組終了しています)
童話の公募も減ってきてますし、目指す発表の場が少なくなってきているのは寂しいですね。