表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

なかったことにする方法

「おや、良幸。可愛いマフラ-をしているじゃないか。彼女からのプレゼントかい?」


 そう言ったものの、おばあちゃんは振り返った僕の顔を見ると、さらに一言、


「いや、その割りには情けない顔だねえ」


と付け加えて、ニヤリと笑った。


 やっぱり6年生にもなって、くまのアップリケのついたマフラ-なんか最悪だよな。


「彼女じゃなくて、かあさんがくれたんだよ」


 僕は不機嫌そうに、返事をする。


「へえっ、手作りかい? あの子にしちゃ、よく頑張ったと思うけど、良幸は気に入らないみたいだね」


「だって、こんな幼稚な柄じゃ友達に笑われちゃうよ」


「ふうん。じゃあ、なかったことにすればいい。簡単な事さ」


 おばあちゃんは引き出しから水色の袋を取り出すと、僕のマフラ-を入れ、口を縛った。そして、マジックで(2002年 良幸)と袋に書くと、ついておいでというふうに、僕に目配せした。


 かあさんの実家、つまりおばあちゃんの家の家業は小さな神社の神主だ。


 おばあちゃんは境内を抜けて、お社の裏に歩いていく。そこには「底無しの井戸」と呼ばれる古い井戸があった。おばあちゃんはその井戸に近づくと、突然マフラ-の入った袋を頭の上に掲げ、慣れた手つきで、それを井戸の中に投げ入れた。


「おばあちゃん、何をするんだよ。捨てなくてもいいじゃないか。せっかくかあさんが編んでくれたのに」


 慌てて抗議する僕を、おばあちゃんは何か面白いものでも見るように眺めて言った。


「なんだい、いらないんじゃなかったのかい。ばあちゃんの家では先祖代々、こうやっていらないものをなかったことにしてきたんだ。でも、たまには間違って必要なものを井戸に投げ入れることもある。そんな時のために、井戸の中にははしごも付いているはずさ。いるなら、おまえが取っておいで」


 僕の趣味には合わないが、マフラ-がなくなればかあさんはがっかりするに違いない。


 僕は懐中電灯を取ってくると、柵を乗り越え、井戸の中のはしごを下り始めた。


 深い深い井戸だった。名前通り、この井戸には本当に底がないんじゃないかと思い始めた頃、やっと平らな所へたどり着いた。


 懐中電灯で辺りを照らし、僕はあっと驚いた。そこは地面の下とは信じられないくらいの広さがあった。小学校の運動場より広いくらいだ。あたり一面、水色の袋がいくつもいくつも山のように積まれている。


(2002年 良幸)と書かれた袋はすぐに見つかった。ふと見ると、すぐ隣に(1997年 良幸)と書かれた袋が転がっている。不思議に思って中を見てみると、古い覚えのあるおもちゃがゴロゴロでてきた。


 当時宝物だったベ-ゴマはアニメの影響で再ブ-ムになっている。今は発売されていない僕のコマはレア物といって、欲しがるやつはいくらでもいるだろう。ないと思っていたら、かあさん、こんな所に捨てていたんだな。


 僕はジャンパ-の右ポケットに、べ-ゴマを押し込んだ。


 すぐ近くには(1977年 千尋)と書かれた袋が落ちている。千尋というのはかあさんの名前だ。中を見てみると41点とか37点とかの算数のテストが入っていた。


 僕でもこんなひどい点数を取ったことはないぞ。かあさんは最近勉強しろとうるさいから、これは何かに使えそうだ。


 僕はジャンパ-の左ポケットにかあさんのテストを押し込んだ。


 この井戸の底は、案外宝物でいっぱいなのかもしれない。僕はそんな事を思いながら、次にその隣の(1945年 綾乃)と書かれた袋を開けてみた。中には何も入っていなかった。なのに突然僕は胸が痛くなるくらい悲しくなり、ポロポロ涙がこぼれて止まらなくなった。


 僕はその袋の口を閉じ、急いで地上に出ると、待っていたおばあちゃんに(綾乃)の袋の事を話した。おばあちゃんは一つ長いため息をつき、話し始めた。


「綾乃というのは、ばあちゃんのお母さんの名前だ。ばあちゃんのお父さんは戦争で死んだ。お母さんの涙は見たことがなかったけど、きっと悲しみや辛さをみな袋に詰めて、井戸に捨てていたんだね。良幸、この袋、私にくれないかい? この年になっておかしいけど、無性にお母さんが恋しくなってきたよ」


「おかしくなんかないよ」 


 僕は袋を、そっとおばあちゃんに渡した。




以前、ラジオ栃木放送で『本町8丁目交差点』という番組があって、その中の「童話の小部屋のコーナー」で朗読していただいた作品です。(もう『本町8丁目交差点』は番組終了しています)

童話の公募も減ってきてますし、目指す発表の場が少なくなってきているのは寂しいですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ