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また明日

「蟹座は……今週の運気最高だって。 自分のイニシャルを記した物を相手に持ってもらうと仲良くなれるってさ」


 友人のさっちゃんは毎朝テレビの占いコーナーをチェックしている。

 今日も、いつものようにさっちゃんが、私の星座占いの話をしてくれている時だった。 


「お、これマルムのキーホルダーじゃん。良いなぁ。水谷、これと換えてくれよ」


 頭上から落ちてきた声に顔を上げると、遠藤君が私のランドセルに付けていたキーホルダーを指さしていた。

 遠藤君は同じクラスのボス的存在。体も一番大きくて、みんな一目置いている。

 ちなみに『マルム』は人気のアニメキャラクター。今、清涼飲料水のおまけにキーホルダーが付いているんだけど、脇キャラが多くてマルムは貴重なんだ。これが欲しくて、ママにねだって、一体何本のジュースを飲んだことか。……なんて考えているうちに遠藤君は私の了解も得ずに勝手に自分のキーホルダーと取り替えている。


「遠藤、なに勝手に取り替えているのよ。しかも悪キャラ・ワルムとなんて酷いよ」


 さっちゃんが代わりに遠藤君に抗議してくれる。だけど、彼はすました顔で答えた。


「いいんだよ。いつもいじめられっ子タイプの水谷を庇ってやってる用心棒代。な、水谷」


「…うん」


 いじめられっ子と言われても否定できない所が悲しい。

 私は引っ込み思案で要領が悪いタイプ。遠藤ママと私のママは親しくて、ママに頼まれている遠藤君はちょくちょく私を助けてくれる。

 さっちゃんと遠藤君のお陰で学校生活が楽しいといっても過言じゃない。


「じゃあ、水谷さん。そのワルム、いらないなら、私にちょうだいよ」


 横から花沢さんが話に加わる。花沢さんが遠藤君に好意を持ってるのはちょっと有名。


「ダメ」


 いいよと言いかけたのに遠藤君が代わって答えた。花沢さんがムッとした顔をする。


「水谷、せっかく俺があげたのに、そのキーホルダー、人にやったり無くしたりしたら、承知しないからな」


 ジロリと睨まれて思わずコクンと頷く。小さな声で花沢さんに「ごめんね」と謝った。


 マルムのキーホルダーが遠藤君の黒いランドセルに揺れているのを見る。私のランドセルにはワルムのキーホルダー。あまり人気のないキャラクターだけど、じっくり見ると、どこか愛嬌があって可愛いいかもしれない。なぜか優しい気持ちになる。さっちゃんはお人好しだなぁと呆れているけど。


 だけど一週間ほど立った放課後。帰ろうと手に取ったランドセルからワルムのキーホルダーが消えていた。給食の時、ナプキンを取り出した時は確かにあったはず。


「どうしよう。あれを無くしたら、私学校に来られない」


 机の中もロッカーにもない。

 日直が捨てに行こうとしていたゴミ袋を預かって、中をチェックする。一緒に探してくれていたさっちゃんが「どうせワルムだし、また当たるよ」と慰めてくれるけど、泣きそうになる。


「だって。無くしたら、承知しないって」


 遠藤君がそう言ったもの。そんなの冗談だとさっちゃんは言うけど、彼の反応を考えたら、どんどん気持ちは暗くなった。


「さっちゃん、ありがとう。今日塾でしょ?先に帰って。私、もう少し探してみるから」


 さっちゃんがごめんねと帰った後、もう一度ゴミ袋をひっくり返してキーホルダーを探していた時。カラリと扉が開いて、花沢さんが教室に入ってきた。

 ゴミと格闘している私をチラリと見ると、何も言わず荷物を取るためかロッカーに向かおうとした。制服のポケットから金属の鎖がのぞいている。


「花沢さん、そのポケットの……」


と言いかけると、間髪を置かず、


「こっ、これは私の、ワルムだから」


と思いがけない言葉が返ってきた。びっくりして見つめると、すっと顔を逸らした。


「これは私のよ。違うって証拠でもある?」 


 落とさないようにって言うつもりだけだったのに。花沢さんの反応に茫然とする。

 花沢さんと入れ違いに、慌てた様子で教室に入ってきたのは遠藤君だった。


ワルムが無くなってごめんと私の小さな謝罪の声に、遠藤君は真面目な顔で「ちょっと待ってろ」と言って足早に教室を出ていった。


しばらくして戻ってきた遠藤君が差し出した掌。

 探していたキーホルダーがあった。 


「俺のイニシャル入りだったから返してもらった。承知しないなんて冗談だから。これくらいで学校に来ないとか言うな。……明日もちゃんと学校に来いよ」


 さっちゃんが遠藤君に話したらしい。そう言えば遠藤君は私と同じ蟹座だったなぁ。

 確か自分のイニシャルを記した物を相手に持ってもらうと仲良くなれるんだっけ。


私はワルムを元通りランドセルに付けると、「うん。じゃあ、また明日…」と微笑んだ。


「うん、また明日な。……その前に一緒にゴミ片づけるか」


遠藤君が照れくさそうに笑った。


( 完 )

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