君色のキャンバス
素直になれずに閉ざしていた心って誰でもあると思うんです。
僕にだってあります。褒めて貰えても素直に受け取れない。
人の心って難しいですね。
君色のキャンバス
「なんで学校なんて来てるんだろう。」
虚空に吸い込まれていく嘆きはいつものこと。いつも独りだ。ふと、デッサンしていた手を止め周りを見渡す。
イーゼルに丸椅子。棚の上に置かれた石膏像、その近くには立て掛けてある絵たち。彩り取りの造花、絵具と溶き油のその匂い。そのすべてが好きだった。時折、歴代の美術部の先輩たちの創作物を鑑賞したりもした。しかし、僕自身ここで何をしたいわけでもなかった、別に美術部の誇りがあるとかそんなんでもない。でも、何の変哲もないここは、家なんかより居心地がよかった。だからこそ、こうして今も誰も使っていない美術室でただ一人で絵を描いていた。一人の教室は、僕が鉛筆でデッサンするその音だけが響いていた。
上手だの綺麗だの薄っぺらい上辺だけの感想などもう聞き飽きた。
描きたいと思って描いている――誰かのためじゃない。
いつか見てたどこかの景色を思い出しながら、手を動かしている。
中学んときは、一人で過ごすなんて思ってもみなかった。青春って恋愛ってもっとキラキラしていて色鮮やかに映るものであってほしかった。
年を重ねれば重ねるほど、この世界への好奇心など無くなっていき、次第に色はなくなっていく。
なんで、あの頃は、なんでもかんでも楽しめたんだろう。無邪気にも笑えたんだろう。
何も知らない、わかるわけがなかった。もうすでに心は錆びつき動かなくなっていた。
「うわぁ~きれいな場所。よく鉛筆だけで、こんなきれいに陰影をつけられるね。私鉛筆デッサンとか苦手で……」
当然真後ろから声がして、鉛筆を落としてしまった。
あはは、と笑いながら しゃがむその子の茶色く長い髪がサラりと舞う。
「そんな驚かなくてもいいのに!私が悪いみたいじゃん?」
そんなことを抜かしながら、鉛筆を渡してくれた。
「もう、落とさないでね?」とコクンと首を傾げながら、彼女の手で僕の手を包み込み、ぎゅっと握ってくる。
こんなのを自然にやれるなんて女の子って怖い。
一連の流れの間、僕はコクコクと頷くことしか出来なかった。
しかし、腐っても男。触れたその手は温かくてとても繊細で細長い指であることを感じ取った。
気が動転していた僕はようやく口を開く。
「実際、急に後ろから話しかけてくるのが悪いんじゃ……」
ふと、顔を上げると目が合った。黒く輝いた大きな瞳、長いまつげ。瞳の色とは対照的な白い肌。そんな彼女は不思議そうに小首を傾けている。
おとなっぽいのに仕草はどこか子供のような、それが僕の第一印象だった。
「こんなかわいい女の子をほっといていいの?」
喋ったことも無い僕に何を言っているんだろう。この人は。
せっかくの一人の時間を邪魔された。
僕は立ち上がり、椅子に立てかけたリュックを肩にかける。
「蒼斗くんも男の子なんだから気にかけてくれてもいいんだけど?」
こういうのは無視をするのが1番だ。関わるとろくなことないに決まってる。
「ってなんで僕の名前を……」
驚きのあまり聞いてしまった。
「まぁまぁそれよりなんでひとりなの?」
「別にいいでしょ」
デリカシーのない人だ。これだから人と喋るのは苦手なんだ。何でもかんでも土足で踏み込んできて、もっと考えて発言をした方がいい。
こんな人ほっといてさっさと帰ろう。
「私ね好きなの。」
後ろから聞こえるそんな言葉にドキッとしてしまった。振り返ると彼女は
「絵を見るのも自分で描くのも。」
校庭を見ている彼女の横顔はとても綺麗で、日に照らされ目は輝いている。
「ねぇ蒼斗くんは絵を描くの好き?」
「す……」
言葉が喉に引っかかる。好きなはずだ。毎日ここに来て毎日絵と向き合ってる。
けれど、色のつかないキャンバスを見て自信を無くす。
昔と比べて熱意は、ない。
なんで絵を描いてるんだろう。
自信を持って好きだなんて言えない。
「私は蒼斗くんの今の絵も前の絵も好きだよ。なんだか落ち着くって言うかなんて言うかさ。ずっと見ていられる感じ」
褒められる度に、絵を描く理由が分からなくなる。
彼女はどこか寂しそうに、一瞬視線を落とした。
そして少しの沈黙の後彼女は断ち切るかのように言った。
「とにかく!君にしか描けない世界があるんだよ。」
「そんなの……」
「明日も来ていい?」
「……勝手にしなよ。僕はもう帰るよ。」
「あ!」
彼女はわざとらしく大きな声を出した。
「使ったもの片付けないんだ!」
いたずらな笑顔で僕を見る。
「忘れてただけだよ。」
えへへ、と笑い彼女は一緒に手伝ってくれた。
気付けば、帰る理由なんてどこかに消えていた。
いつの間にか隣の椅子に座っていた彼女が僕のほうに顔を寄せ口を開く。
「明日はもっと君のこと教えてね!」
彼女はそう言い放つと、ぴょんと椅子からおり、足を弾ませながら帰っていく。そして、とびっきりの笑顔で手を振ってくれた。
真っ白な僕のキャンバスに、気づけば見たことの無い色が混ざっていた。




