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「おい、見ろよ! この菓子パン、超うまそー!」
下を向いていた修一は声の方をふと見遣った。
すると、恭介が嬉しそうにパイ生地にフルーツの盛られたパンをトングで持ち上げてこっちを見ていた。
「のんきだな……そんなことで喜びを感じられるのかよ……」
修一は思わずそう口走った。
心の中だけに留めておこうとしたつもりが、いつの間にか声にでてしまっていた。
恭介は彼の方を見ると、一言だけ呟いた。
「そんなことで、いいんだよ」
恭介の瞳は真直ぐに修一を見ていた。
どこか呆れているような、そのあどけない瞳は何故か少し嬉しそうに光っていた。
そこで修一は目が覚めた。彼は身体を起して、見慣れた自分の部屋を見回す。いつもと変わらない日常生活が迎えてくれる。
時計に目を遣ると、五時前だった。起床時間までまだ少し時間はあったが、二度寝する気にならない彼はベッドから起き上がった。
朝食を済ませると、会社から支給された似合わないジャケットに袖を通す。
鏡の前に写っている男が、自分だと気付くまで数秒を要した。彼はもう一度顔を洗って笑顔を無理矢理に作ってみる。
「さあ、新しい一日の始まりだ!」
修一が覇気のない声で言った台詞は、何処か嘘くさく虚しかった。それでもそう言ってしまったのは、今朝恭介の夢をみたからかもしれない。
それは、映画が好きだった恭介が教えてくれた《《台詞》》だった。
駅へと向かう途中、救急車がサイレンを鳴らして修一の前を横切って行った。
-救急車の音は死を連想させねえか-
-でも、何故かワクワクするんだよね-
-一度は乗ってみたい気がしないわけでもない……おまえは?-
修一の頭の中に恭介の声が蘇ってくる。他愛のない台詞たち。思い出したいわけじゃないのに、彼には脳内で再生され続ける声を止めることが出来なかった。
彼は久しぶりに駅内にある「ハッピー・ハッピー・ベーカリー」へ寄ってみた。以前に数回、出勤前に昼飯を買って行ったことがあったのだ。
自動ドアが開くと、焼きたてのパンの香りが修一の身体を包み込んだ。彼は何となく嬉しくなって口角が上がった。
「いらっしゃいませー」
若い女性店員の声が店内に響く。
その明るい声に背中を押されるように、彼は夢の中で恭介がトングで持ち上げていたパンを探しはじめた。




