第七話 異なる味なるスイートストロベリー
久々の更新…
書く時間が無いだけ…
だって一日十三時間勉強してんだから…
知ったこっちゃないですよねっ!!
ともかくこのページを開いてくれる方に大感謝。
今回のタイトル難易度
★★★★
正直解読できる人いないと思う。自分でも意味わからんし…
「噴水の水って、水道水かな」
「知らんがな」
破門はインスタントの麺をすすりながら、少し前方の芝生で伏している討窪と会話をした。
討窪は体をゆっくり起こし、おもむろに黒のブレザーを脱いだ。そしてネクタイを外し、ワイシャツのボタンに手をかける。
「討窪ぉ。まだ脱ぎ癖直ってねーのかよ」
「脱ぎ癖ちゃうわアホ。単に暑いんじゃボケ。暑いから脱ぐ。当たり前のことやろ?」
「そーいうのを脱ぎ癖っつーんだよ。服着ろ!」
討窪の脱衣癖。それはもう中等部の頃からだった。
暑い、と言ってはTシャツを脱ぐ。今日は蒸すなー、と言い訳する度にボタンを外す。そして結局寒くても、修行だとか言って衣服を自分から引き剥がす。
破門にはまったくもって理解をし倦ねていた。最近では筋肉を見せたがっているナルシストのようにも思えてきた。
「走ったせいで汗ダクやで。破門、体拭きたいから紙くれや」
「きしょいんだよ!」
討窪は若干寝始めている金髪を立て直しながら、噴水の周りに座る破門の元へと歩いた。
肌色の筋肉が近づく。そして修飾されている汗の塊。
「おいおいおい!! 近づくなっ!!」
「紙もらうだけやん。マグネイド!」
「危ねっ!!」
破門は上方にジャンプ。黒球を、今までに無いほど俊敏な動きで避けた。
討窪にとっては遊び半分。破門が困窮するのならそれもまた楽しい。しかし破門は真剣だ。できることなら討窪に関わりたくない。
「待って〜。やっぶとく〜ん」
「やっぶとく〜ん、じゃねぇよ!! こっち来んな!!」
白昼堂々何をしているんだか。
破門は円形の噴水を挟んで、討窪のいる位置と逆のところに回り込んだ。噴水であの半裸の姿は捉え辛いものの、ある程度の気配で分かる。お互い様子を見て構える。
「てめぇ討窪! また頭突き喰らいたいのか!」
「んなわけあれへんよ。紙をもらえればええねん」
「誰が、んな汚らわしいモンに俺の紙を触れさせるかっ!!」
紙は無限にあるとはいえ、正直そのような用途は願い下げなのだ。
破門は左手に持つカップ麺をその場に置いた。一応、少しでも動きやすくするためだ。
互いに動く軌道は円形。だから駆け引きが必要になる。破門にとっては、討窪が右回りに動いたら同様に右回りに動かねばならない。左回りも然りだ。
しょうもない緊張感が、水の波紋を作る。さて、相手はどう動くのか。
(……あれ? っていうかこれ、後ろに逃げればいんじゃね!?)
後方はひらけてるし、人通りの多い道もある。何より教員棟がある。
破門は気づくのが遅かった。しかし間に合った。まだ半裸の金髪は、気色の悪い作り笑顔でこちらを見ているのだ。
破門はきびすを返し、大股で地面のコンクリートを踏んだ。
そして逃走。
「あっ! ちょー待ちぃや!」
「くそっ、何で俺がこんな……。って、ん?」
両腕を素早く振るって逃げている途中、前方に見覚えのある顔を確認。
おそらく女。小柄でロングの金髪だ。そして一際目立つ、大きな瞳。
ただ、頗る目つきが悪い。
「あ、千宮っ!!」
「……」
破門は両足にブレーキをかけ、少し屈んで千宮の肩に手を置く。普通知り合いが走ってきて、いきなり肩をつかまれたら誰でも驚くものだろう。しかし急なコンタクトにも、千宮は動じていない様子だった。
「テレポートしてくれ! 今すぐ! 辻崎ん家でいい!」
破門は振り向く。その目移るは、一見変態の討窪大和15歳。徐々に近づく距離と比例して不安が増す。見れば見るほど醜い。ばい菌のようだ。
「おい千宮はやく! って……あれ?」
破門と千宮は目を合わす。相変わらずの三拍眼、のはず。太陽で映える青の眼光、のはず。無愛想な表情だけれど肌はピッチピッチの千宮、のはず。
しかし何か違うような。
決定的な違いを見つけた訳じゃないし、そう思う理由もあまり分からない。だけど。だけど、なんだ。
「お前、千宮、だよな」
「……」
疑いを言葉にしてみる。しかしいつもの無言返答。雲を掴むような気分の破門は、千宮の肩から手を離さなかった。
「やぶーと! つっかまーえあぎゃぁっ!!」
最初からこうすれば良かった。破門は左手の紙で巨大な『はりせん』を作るやいなや、討窪の股間に相対速度をもってして、下からむすび上げるように喰らわせた。
悶絶する討窪。しかし今そんなことはどうでもいい。問題は目の前の千宮だ。
「おい、千宮……?」
ハッとした。
だって、肩にヒビが入ってたから。
そこから青白い光が漏れる。しかしながらその青さには見覚えがあった。
「これは……もしかしなくても!」
光るヒビが顔に到達した。なおもその速度は緩めず、首の辺りを一周した。
青い光に討窪も気づき、ボケッとした顔でそれを見上げた。
破門は凝視。そして、その先に見えたのは。
「ぎ、吟斗ぉーーっ!!」
「……ふぅ」
お得意のメタモルフォーゼで化けていた、一応校長。その人だった。破門はその姿を見てひとしきりに絶叫。
「てっめ、何してんだ!? っつか、何で千宮に!!」
「はっはっはっ。いやなに、暇だったんでの。千宮というのか、あの子は」
吟斗は両手を眉毛辺りにもってきて、日陰を目元に作った。破門より若干小さめのその体には寝間着のような作務衣。そしてサンダル代わりに草履を履いている。
「あ? どーいうことだ?」
「何やら綺麗な金髪がいるなーと思ったら、その子めっちゃ目つきが悪くての。あまりに印象的だったからちょっとコピったんだ」
「千宮を……? というか、お前なんでそんなことしてんだ? 暇なのか?」
「……暇っちゃぁ、暇かのぉ」
吟斗は少しだけ考えてそう答えた。どうも冗談抜きですることが無いらしい。
本当に校長か? そういった疑問を抑え、破門は討窪の方を見た。
討窪は破門の、校長に対する軽さに少し驚いていた。驚きを越え、ちょっとした敬服の念も感じていた。
「っと、今の内だっ!!」
破門は駆け、吟斗の横を過ぎた。
討窪から逃げるため、というのもあるが、吟斗が先刻見たという千宮に会いに行くためでもある。
今日は入学式だった。だから辻崎と千宮で入学祝いをする予定なのだ。破門は先に千宮と合流して、一緒に辻崎の部屋に行こうと考えていた。
「あっ! ちょぉ待ちぃ!! ほな校長さん、失礼しますー」
「ん。またの」
討窪は立ち上がり、吟斗に一礼。そしてすぐに破門が走っていった方向へと足を早める。
追い風が吹いたから、二人はもっと早く走るだろう。
「何だったんだ。あの二人は……」
吟斗は下に落ちていた『はりせん』に気づいた。破門がテキストを練り込んだ紙を集積させ、硬質化させたもの。
手に取り、眺めてみる。小さな紙が一枚一枚重なって形成されるそれに、紙は数え切れない程使われている。これほどまでに多くの紙それぞれに、テキストを込めるのは至難の技だろう。
しかし破門はそれを平気でやってのける。吟斗はここに、異能力者としての破門を見た。
「やはり遺伝かの……愛子よ」
吟斗は『はりせん』を肩に乗せ、腰を叩きながら歩きだした。
待たんかい破門ぉー!! こっち来るなバカ野郎っ!! そんな怒号と、ズドドドドという足音が微かに、吟斗の耳には届いていた。
*** *** ***
決して人と人とが肩をぶつけないないような、横幅を大きくとった廊下。歩いても音が立たない、赤いカーペット。横を通り過ぎる、半透明な立方体の明かり。
確かロビーには人間二人分くらいのシャンデリアとフカフカのソファがあった。
すれ違う度に挨拶してくるのはここの寮生か、それともホテルマンの類か。
「第一寮とはえらい格差だなコレ」
破門はブレザーとネクタイを右手に携え、紙がテーピングの如く貼り付いている左手で、その黒髪をクシャクシャと撫でた。
場違いにも程がある。
破門のようにジャンキーな生徒はこの寮には皆無であった。
ホテルを匂わせる雰囲気。エレベーターガールはいるし、購買部と思しき生徒が荷台を押してチョコやらを売ってる。
第一寮と違って、部屋番号が吹っ飛ぶことはないし、いつの間にか上の階にいた、なんてこともあるはずがない。
「んなことより! なんでお前付いてきてんの!?」
「えーやん。なぁ? 千宮さん?」
「……」
ホテルのような第二寮の廊下を歩く三人。金髪二人に黒髪一人。もちろん討窪は衣服を纏っている。若干肌けてはいるが。
「これから辻崎の部屋で飯なんだ! お前マジ帰れよ!」
「冷たいなぁ。俺ら友達やろ?」
「友達じゃねぇよ! 早く帰れ!」
「ツンデレやねぇ。こないだアド変のメール、ちゃんと俺に送ってくれたやん。そないなことして、友達じゃねぇはあらへんやろ」
「面倒くせーから一斉送信だよ帰れ!」
「えーやんかぁ。俺も入れてくれや」
「嫌だ帰れ!」
「ちょ自分、語尾のように帰れ言うの止めてくれ! 少し傷つく!」
大声で喋ってるからここではよく響く。紳士な男子生徒と、淑女な女子生徒達はそれを聞いてちょいちょい振り向いていた。
「っと、ここだ」
破門は辻崎の部屋の扉の前で立ち止まった。
第一寮の部屋の扉は、板に取っ手をつけて、目の高さくらいにガラスの通しがあるだけだ。
対して、辻崎のいる第二寮の部屋の扉はどうだ。
金色の取っ手は縦長で、ちゃんと鍵穴は二つあるし指紋認証もある。薄い黒色が塗られた扉には金のコーディネートラインが施され、すぐ隣にはインターホンがある。
破門は、自分の境遇に軽く絶望しながらも、取っ手を掴んだ。
「辻崎ーっ! わりぃ、遅れた!」
「インターホン鳴らさんのかいっ!!」
まるで開いていることを知っていたかのように、破門は豪快に扉を開いた。そしていつもの台詞。今回は三十分遅れだ。
「おー破門か! 上がってくれ!」
部屋の奥から辻崎の声。破門は学校指定の革靴を、踵を使って脱ぎ捨て部屋に乗り込む。そしてそれに付いていく千宮。便乗して討窪も部屋に上がろうとした、が。
「ふがっ!」
大きな紙の手が、討窪を廊下に突きだし、向かいの扉まで一直線に吹っ飛ばした。バラバラと紙が破門の左腕に収まっていく中、破門が吐き捨てるように、一言。
「てめぇは道草でも食ってろ。二つの意味で」
破門が紙で部屋の扉を閉めようとした。
しかし、妙な引力が扉を開けようとするベクトルになっている。これは紛れもなく、マグネイドによるものだ。
「ちょ、待てや! えーやんか飯くらい!」
「お前、マジ、もう、いい加減に!」
「やらせるかっ!」
「おいっ! 止めろっ!」
「殺生やで!!」
「離れ、ろっ!!」
「危なっ!! 尖ってるのは無しやろっ!!」
「扉にしがむなっ!! ってか、なんでそこで服を脱ぐんだっ!!」
「筋肉ぅっ!!」
「意味が分かんねぇっ!!」
*** *** ***
居間は広かった。
木に見立てた床には暖房が通り、最新型イオンエコクーラーが天井の端に設置してある。
テーブルの上には鮮やかな自然を生ける花瓶。小洒落た小物置きの上には小さな熊のぬいぐるみがあり、大画面のプラズマテレビの前には白いソファ。近くには金魚を中に飼う、直方体の水槽。
ドアが他にもいくつもあるから、きっと個室へ続いたり、風呂場やトイレに繋がっているのだろう。
「じゃぁ入学を祝して、いただきます!」
まず辻崎の声。
「……いただきます」
次に千宮の声。
「……」
そして破門の沈黙。
「いっただきまーすっ!!」
最後に討窪の快声。
ぶっすーとした破門の表情が物語る、彼のふてくされ。なぜここに討窪がいるのか。なぜ同じ釜の飯を食わねばならないのか。
露骨に不機嫌そうな破門に辻崎は気付き、自身の小皿にあった『鶏肉の甘煮マスタード和え』をそっと、破門の小皿に分けてやった。
「ちげーよっ!! そういうことじゃねーよ!!」
「は? じゃぁ何がそんな不満なんだ? 俺の手料理とか言ったらぶっ飛ばすぞ」
「どう考えても討窪だろっ!!」
破門は立ち上がって討窪に指を指した。眉をつり上げ、黒目を白い眼孔に浮かせながら。
破門の言動に、辻崎はやれやれと続けた。
「そこまで邪険にするな。一応クラスメイトなんだし。どうしても食べたいってんだから、しょうがないだろ?」
「ざっけんなっ!! 俺はこいつにどんだけ痛手を負ってきたことか!!」
「あんまり嫌がるようなら、給付金渡さねーぞ」
「はぁ!? あれは俺のもんだろ!?」
「そうだが、一括に渡されたのはこの俺だ。渡す渡さないは俺が決める」
「なっ! んんんぅ……」
破門は頭を抱えて沈思黙考した。給付金とは、破門や辻崎のような親のいない孤児らに、学校及び世界政府財務系から支給される支援資金である。ほぼそれが元手になって破門達は生きているようなものだった。だからそれが無いと非常に困る。
「……はぁーっ。討窪てめぇ、それ食ったらさっさと帰れよ」
破門は辻崎の簡単な説得に応じ、その感情を鞘に収めた。
あくまで破門が討窪を邪険にするのに、これといった理由は存在しない。少しだが、いちいち討窪に関して一喜一憂していられないと判断した破門は、妥協の手段を講じることにした。
「ったくよぉ……」
各々辻崎がつくった食事に手をつけ始めた。
千宮はサラダボールをドレッシング無しでバリバリかじっている。破門は肉じゃがを口に流し込んだ。
辻崎が律儀に焼き魚の骨を取り分けながら、破門に話しかけた。
「そーいや午前中、校長に会ってさ、なんで破門と千宮が同室なのか聞いてきたよ」
「マジでかっ!!」
「えっ! 二人って同室なのかいな!」
あぁややこしくなってきた、破門は討窪の声を聞いてそう思った。討窪はいつもは薄く伸びている一重の瞼を、大きく見開く。
「あーそーだよ。一緒に住んでるよ! で、理由は何なんだよ?」
前方斜め左からくる、ヒューヒューという古い煽りを避け、破門は辻崎に訪ねた。辻崎は茶碗を置き、少しニヤケてこう言った。
「どうやら、校長の手違いらしい。下の名前が女っぽくてのぉ、だってさ」
ゴーン、と擬音が破門の上に落っこちてくる。そして頭に思い浮かぶ吟斗の、てへ、やっちゃった、な顔。
案の定討窪は手をたたいて大爆笑していた。
「ぷはっ!! だっははははっ!! し、下の名前がて!! あははっ!!」
そんな笑い声すら、今の破門の耳には届かなかった。
破門は、次会ったらブチ殺す、と呪文のように唱え、箸をへし折る勢いだった。
「でも、頼めば変えてくれるらしいぞ。部屋割り」
目の前の般若に、辻崎はそう言った。
破門は言葉に詰まった。じゃぁ早速、そう言おうとしたが、なぜだろう言葉達が喉の下辺りでせき止められたのだ。
「ん? どうした、破門」
破門は今の今まで、部屋が一緒になった理由を知りたがっていたが、その理由の起因は千宮と部屋が一緒であることを嫌がっていたからじゃないはずだった。ただ、知るという欲求に従っていただけなんだ。
決して、千宮がどうとか、そういう問題じゃなくて。
「俺は……」
そう言いかけて、左横の千宮を見る。相も変わらず鋭い眼光。サラサラのゴールドヘアー。小柄だけど、妙な存在感を放っている。
破門が知っている千宮なんて、それくらいしかない。出身地だって、生年月日だって、好きな食べ物だって、知らないのだ。これといった思い出だって、ありはしない。
————でも、俺の中では、高校生になって初めてできた繋がりで。
千宮と目が合ったとき、素直に、手放したくないと思った。そしてそれが当然のようにも思えた。
わざわざ自分から縁を切るなんてことはしたくない。
「……」
変えてもらう権利は千宮にだってある。だから、千宮が嫌だって言うなら甘んじて受け入れよう。破門の、千宮に対する気持ちはその程度だったが、それほどの程度でもあった。
無愛想な千宮も、自分と同じことを思ってくれてるのかな、そう破門が思っていると。
「見た? ちょ見た? アイコンタクトしよったで辻崎!!」
「愛コンタクト、だな」
「ほぉ、上手いこと言うねー」
「黙れお前らぁっ!!」
ちょっとだけ顔の赤い破門を辻崎は見つめ、つんけんとした彼の態度を撫でるように言った。
「……で、どうすんの?」
正直なところ、辻崎は破門の回答は分かっていた。何年親友をやっていると思うんだ。
破門は最後に自問自答してみる。
千宮と別の部屋がいいのか。
なんて、答えは分かりきっているけど。
暫しの沈黙の先は、非常に掴みやすいから。
「……変えなくていーよっ!!」
「はっ、やっぱな。千宮は? 変えたい?」
千宮は無言のまま頭をフルフルと横に振った。
「じゃぁそういうわけで、変更なしでいいな」
破門からちょっとだけ笑みがこぼれる。何も感じてなさそうな千宮も、一応は今の生活を悪くないと思っている。それがなんだか嬉しかった。
破門は手を挙げながら千宮に言った。
「じゃぁ、その、えーっと、これからも、よろしく」
「……ん」
「カポーみたいやーん!!」
討窪の言葉に、ちょっとだけ照れてしまった破門は、照れ隠しも含め討窪の全身を紙で縛り上げた。