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スキルハーツ!  作者: mission No.149
第一章 金色の桜
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第三話 日常オカーレンス

今回のタイトル難易度

★★

 辻崎は、破門と千宮のいる149号室に赴いていた。というのも、明日が入学式であるのにも関わらず、破門に来るようにとメールされたからである。

 

「おーい。開けるぞ」


 慣れというのは怖いもので、辻崎はもう廊下に並ぶ部屋番号が飛んでも気にしなくなっていた。

 辻崎は目の前の扉を開ける。


「うおっ! 破門が机に向かってるー!」


 正確に言うとちゃぶ台だが、辻崎には破門が勉強をしている姿を見て心底驚いた。

 その隣には教科書を片手に無言のまま座っている千宮。


「遅ぇぞ! 辻崎!」


「お前が勉強とは、雪でも降るんじゃないか……?」


 辻崎は畳に足を踏み入れ、ちゃぶ台を囲む座布団の上に座った。そこから見える窓からの景色にも見慣れていた。


「これって、春休みの課題じゃん」


「そーだよ! 終わってないんだよ!」


「それで俺が呼び出されたってことか」


 破門は猫背になりながら、とめどなくシャープペンシルを動かしている。どうやら今やっているのは術式の作成課題であるようだ。


「辻崎先生! ここの術式分かりません!」


 術式とは、簡単に言えばテキストを練り込んだ、円陣をかたどる線である。通常、物体に術式を描き、テキストを送ることで、その術式は込められた能力を発揮する。 

 

「えーと、移動可能範囲50メートルの転移系術式を描き、履歴消去を付加させなさい、って基本中の基本じゃねーか」


「転移系は覚えにくいんだよ!」


 術式は基本的にただの円だが、その周りに文字や線などを描き足すと、その術式の能力に付加がなされる。

 例えば、物体などをテレポートさせる『転移系術式』は、三重円の周りにちょうど八個の『転移系記号』を書き込むと完成である。


「ほら三重円描いて。転移系記号描いて。えっと? 50メートル範囲に設定する。ほら早く」


「うっせ! まだ記号四つしか描いてねーよ!」


 術式を発動させるにはテキストを必要とするが、術式の能力や規模によって使うテキスト量も変わってくる。


「辻崎。履歴消去って何?」


「術式を使った後に、その術式を消去することだよ。後の人に使われないために」


「で、何描けばいーの?」


「一番外側に、七つの四角形。等間隔な」


 破門は描いた術式に『五十メートルの範囲内』を表す記号『σ50』を描き込むと、最外に七つの四角形を描き始めた。


「千宮は何やってんの?」


「……」


 辻崎の素朴な質問に対して、千宮はまったく言葉を発しなかった。目も合わせてくれない。

 その冷たい対応に対して辻崎は愛想笑いでその場をにごした。


「辻崎! できた!」


「バカ、四角形は塗りつぶすんだよ」


「うへぇ」


 破門は鉛をそのプリントに落とした。七つの四角形が黒く染まると、破門のテキストに反応した術式は黄色く輝き始めた。

 

「できた!」


「教科書見れば楽勝だろ、こんなもん」


「俺攻撃系の術式しか見ねーもん」


「だから駄目なんだよ……」


 破門はテキストを送るのを止めると、術式の輝きは消え、ただの円形の線となった。


「よし! 次!」


「あ、そうだ」


 辻崎はふと思い出したように呟いた。


「千宮、なんでお前は家に帰ってないんだ?」


「……」


 前々から聞こうとは思っていたものの、何かと忘れてしまっていた辻崎は、今聞くことにした。


「……」


「おい辻崎、千宮に質問するときはまず自分から、だぞ」


「何だよその決まり……まぁいいけど。……俺らは家に帰らないんじゃなくて、家がないんだ」


「……」


 畏まった表情で、辻崎は淡々と言葉を並べた。あまり口外すべきことでもないから、手短に話した。


「俺ら二人は昔、両親に先立たれてな。孤児院で育ったけど、その孤児院も潰れちゃって。行きどころがないところ、ここに入学したってわけだ」


「……」


「お前もそんな感じか?」


「……」


 千宮は静かに頷いた。自分達とまったく同じというわけではないのだろうが、少なからず不幸な目に遭っているのは確かだった。


「んな話よか、今はこのプリントだよ!」


「……はいはい」


 少々暗い雰囲気になっていたが、辻崎は破門のある意味必死な顔を見て少しだけ安心した。それに加え、千宮が微かに心を開いてくれたようで嬉しかった。

 破門が指さした先にあるプリントを、辻崎はのぞき込んだ。


「古文か」


「そぉ。カルマとかいう奴の日記。一番最初にピアノってあるけど、んな時代にピアノなんてあったのかよ」


「カルマは偉大な人物だ。奴とか言うな。それと、五百年前にもピアノはあったよ」


「ふーん。ピアノの音が聞こえた、とか意味分からんし。だから何、って感じだけど」


「色々解釈はあるが、一説には彼の異能力が発現したときに彼が聞いたのではないか、というのがあるな」


「発現って、途中から異能力ができたわけ? 生まれつきじゃねぇのか?」


 辻崎は軽くため息をつき、何も知らないんだな、と続けた。


「お前と違って、生まれつき異能力者じゃない奴もいるんだよ。カルマ然りで」


「へぇ」


 破門は納得すると、再び古文のプリントに取りかかった。するとそこへ千宮が近づき、破門の肩を軽く二回叩いた。


「ん? どした」


「……時間」


「時間? 何の……あぁーっ!! 忘れてたっ!!」


 破門の顔色は一気に青くなり、すぐに赤へと変貌した。そして即座に立ち上がり、キッチンへ駆け足で向かった。キッチンはちょうどここからでは見えない位置にある。


「危ねーっ!!」


「ど、どうした破門!?」


「辻崎が変な豆知識挟むからだぞ!!」


「だからどうしたって!?」


「俺のカップラーメンが堅麺じゃなくなっちまったじゃねぇか!!」


 しばしの沈黙が流れる。想像以上に小規模で、小事であったからだ。


「……そんなことかよっ!!」


「ちくしょう……堅麺が良かったっ……」


 破門は悔しがりながらもズズズッと、麺を口に運んだ。



*** *** ***



 第一寮の前で辻崎は腕時計を見た。足先を一定のリズムで上下運動させ、待ち時間の退屈を紛らわしている。するとそこへ破門が現れた。


「わりぃ。遅れた」


「もう慣れたよ」 


 わりぃ。遅れた。この言葉を辻崎は耳にタコができるほど聞かされている。これは破門の寝坊癖が疑いようのない原因だが、辻崎も辻崎で先読みをし、常に集合時間を一時間ほど早く設定しているのだった。


「入学式の日くらい早く起きてもいいと思うが……」


「あ? 何か言ったか」


「別に。千宮は?」


「ここ」


 破門は体を横にずらし、辻崎に背後の千宮の姿を見せた。千宮は破門のブレザーの端を軽く摘み、さながら母の後ろに隠れるシャイな女の子のようだ。


「なんつーか、破門。お前すごく懐かれてる?」


「かもしんない」


 破門達はそのままカルマ高等部の体育館へ向かった。

 本日は入学式。

 見慣れない者も、見慣れた者もいる。


「なぁ辻崎。俺、制服のサイズ合ってない気がすんだよね」


「ズボンの位置が低いからだ」


「そーか?」


 男子は新しい黒色のブレザーとパンツに身を包み、黒いネクタイをしている。女子も同様に黒のブレザーに黒のスカートとネクタイ。

 白のラインなど、ある程度の装飾はなされているものの、全体的に黒色が多いのは伝統が故、であった。


「ネクタイもちゃんと締めろ。腕もまくるな」


「細けぇーな」


「ほらお前の左腕みんな見てるぞ」


「見たけりゃ見りゃいーじゃん」


 三人は敷地内にあるコンクリートの道を歩き、高等部の体育館まで一直線。道の端には桜が咲き、行く手を彩っている。空は雲一つなく、そよそよと優しく吹く風は、カルマ学校に溢れる自然界の匂いを人々に届けていた。

 カルマ魔術学園は一般的な大学並の設備と広さを誇っている。あまりに広いため移動教室などで校内バスが出るほどだ。


「遠いわぁ。なぁ千宮、テレポートで体育館まで飛べねーの?」


「……」


 破門は真後ろで裾を引っ張る千宮に話しかけるも、返事は帰ってこなかった。


「おい。ところで……」


「何だよ」


 辻崎が破門に体を密着させ、何やら小さな声でヒソヒソと話し始めた。右手を口元に持ってきて、秘密の会話でもするのかのように。


「お前、この一週間どうだった?」


「は?」


「だから! 千宮との生活だよ! 色々弊害とかあったんじゃないか?」


 きっと破門と千宮の現状を知ったら誰もが気にかけるところである。何せ、男の子と女の子の共同生活なのだから。


「特にはねぇかな。あるとしたら会話がほとんどないくらいか」


「え? 風呂とか、着替えとか、寝るときとか、色々ありそうだが」


「言っておくけど、俺らの寮に個室の風呂なんてないから、ドッキリなことは何も無いぞ」


「えっ!? 無いの!? 俺の部屋はユニットバスだったけど」


「……何だよこの差は」


 確かに、見るからにボロい破門達の寮は、清楚かつ重厚なイメージのカルマ学園とは不釣り合いだ。ここまでくると一種のイジメにしか思えない。


「寝るときはいつも千宮が窓際。俺が扉側で寝てる」


「……個室とか無いのか? まさかあの居間だけ?」


「その通りだが!?」


 破門は顔をしかめて怒りを込めて叫んだ。周りにいた他の生徒はその声を聞いて破門達から少しだけ引き気味に距離をとった。

 辻崎も急な破門の声に少し驚きながらも質問を続けた。


「普段は何しているんだ?」


「寝てるか、ゲームしてるか、くらいだな。あいつ格ゲー超つえーの」


「会話は?」


「ほとんどない」


 これが男女の同居かと疑いたくなるほど、二人の生活には沈黙が溢れていた。しかしそんなことよりも破門は疑問に思うことがあった。


「つーかそもそもなんで俺が千宮と同じ部屋なんだよ。意味わかんねぇ」


「先生に聞いてみたら?」


「……あっ、その手があったか」


 辻崎は、はぁとため息を吐きながら、破門とその後ろにピッタリつく千宮に目をやった。千宮は中を舞う蝶を眺めていた。

 辻崎はこの先の二人に不安を隠せずにいた。


(大丈夫なのか。この二人……)




テキストはMPに近いです。

一応原理的なことは決めてますが、まぁその辺は後々。





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