第二話 金城ウォール
一応タイトルは暗号っぽくしてます。
というわけで、勝手に難易度とかつけていこうと思う。
自己満足なんで、無視した方がいいかもしれません。
今回のタイトル難易度
★
八畳の部屋のど真ん中に、小さな金色が一つ。
「……誰だこいつ」
破門は扉の前で立ち尽くし、呆然と寝ている少女を見下ろした。見覚えのない顔だったが、その少女は自分と同じくカルマ学園中等部の制服を着ているため、生徒であることは分かった。
ただ、まったく見覚えがない。
「金髪は結構いたしなぁ……」
破門は背中に背負った大荷物を一旦その場に置き、金髪の少女のところへ近づいた。
「女……だよな」
その顔をのぞき込むと、何ともかわいらしい寝顔だった。真っ白な肌は太陽の光によって、その金髪とともに輝いている。
毛布一枚を巻き寿司の海苔のように体に巻き付け眠っているその姿は、顔からでも判断できるような。
「チビ、だな」
破門には別にマニアックな趣味があるわけではないし、勿論ロリコンでもない。しかしながら、彼女には吸い込まれるような何かを感じ、その寝顔を破門はずっと覗いてしまっていた。
「何て気持ちよさそうに寝るんだこいつは」
その時、桜の花びらが金髪の少女の鼻に乗った。そよそよと風が吹き、その花びらはまるで彼女の鼻をくすぐるよう。
「ハクチッ!」
「おおっ!? ビックリしたぁ!」
突然の嚔に破門は肩をすくめて驚いた。その破門の声に反応したのか、直接嚔によってなのか、少女はまるで今朝の破門のようにノッソリと、その小さな体を起こした。
「……」
「何なんだよこいつ……」
破門が持った、この少女に対する第一印象は、目つきが悪い。それだけだった。
若干沈黙が続いたので、破門は啖呵を切ったように叫んだ。
「お前は誰だ!?」
少女の目は鮮やかな青色で、欠伸による涙もあってかその瞳は宝石のように輝いていた。
「おい。お前はいったい」
「だれ」
半開きの目つき、素っ気ない言葉、だらしなく散らかった髪の毛。金髪の少女は、立っている破門を見上げ、無機質な声色で質問をした。
「え……。俺は、破門、だけど」
「や、ぶと?」
「そう。破門。同室の」
「……ふぅん」
「……で、お前は誰だよ!?」
「……」
少女は玄関の方を指さした。破門は指をさされた玄関の扉を見ると、そこには149号室のルームメイト名簿が貼ってあった。そして、その紙には破門という文字と。
「せん、の、みや……さくら? お前の名前か」
「そう」
「千宮か。千宮ね。ってかルームメイト!?」
破門は今更ながら、ふと気づいたことがあった。それは、なぜ男の自分が女の千宮と同じ部屋なのか、ということ。
だからこそ、一層今までの千宮の淡泊な反応に驚いた。
「ちょっ、おい。寝直すな寝直すな」
「なに」
「少しは変に思わないのか。 俺は男で、同室だぞ?」
「……別に」
「別にって、お前なぁ」
「……」
「何だよ」
「……」
「何見てんだよ」
千宮は嫌な目つきのまま、破門の黒い瞳をのぞき込んでいた。まるで珍しいものでも見たかのように。
破門は千宮の眼力に気倒され、視線をそらした。
「つーか、学校に残ってるの俺と辻崎くらいのはずじゃねーのか」
「……」
「おい、千宮?」
「……」
「……まさかと思うが」
案の定、だった。
「……ね、寝てる?」
目を開けたまま。体を起こした状態で。まるで石像のように。
千宮の小さな寝息を聞いて、破門は驚き半分。不信感半分。千宮は破門が目と鼻の先で手を振ってもまったく反応しなかった。
「ちょっとやだ何こいつ!! 本当に寝てるっ!! 逆にすごいっ!!」
「……ぐぅ」
*** *** ***
「ったく、寝てるなこりゃ……」
辻崎は呆れたような顔で携帯の発信履歴を見ていた。
「メールしても応答なし。何回電話しても出ないし。絶対あいつ部屋で寝てるだろ」
時刻は一時を少し過ぎた辺り。辻崎は昼食をとるため、破門に連絡を何度も入れたが、破門からの返事は一向に来なかった。
春休みの間、学校の食堂は開いていないため、二人の食事は自動的に外食になる。行く店は日によって様々だが、主にファミレスが多かった。
「ここが第一棟……」
辻崎は破門のいる第一東棟宿舎の前に立ち、その外見のひどさを垣間見た。よく見ると屋根の方にカラスが集っている。
「ひどいな……」
辻崎はゆっくり入り口の扉を開いた。
「本当に149号室まであるのか……?」
靴を脱ぎ、慎重な面もちで廊下に足を踏み入れ、奥の方へ向かって歩き出す。
視線の先にはどこまで続くのか分からない闇があった。昼間なのに、夜の宿舎を歩いている気がしていた。
「こんなに、長いはずがないんだが。宿舎の大きさからして……。ん? あれ?」
部屋番号の書かれたプレートから一瞬目を離したその時だった。5秒もしないうちにその桁が飛んだのだ。
「150号室……? さっきまで15号室だったのに……」
辻崎は反転し、150号室の向かいの部屋、つまりは破門のいる149号室に目をやった。
不可思議な状況に頭が混乱していたものの、このことは後々先生に聞こうと、辻崎は割り切って考えた。
「何はともあれ、着いたからいいが……」
中指の第二関節辺りでコンコン、と音を立てて中の様子を確認する。
「破門ー? 起きてるかー?」
いくらノックをしても声をかけても、破門が返事をする気配はなかった。
「破門ー?」
辻崎は149号室のドアノブに手をかけ、右回りに回した。すると、案の定ドアが開き、ギギィという音がした。
辻崎が訝しげに中を覗くと。
「……やっぱ寝てんじゃねぇか。ってか、この子は誰だ?」
大の字になって寝ている破門の隣で、これまた気持ち良さそうに眠っている金髪の少女が、辻崎の目に飛び込んだ。
その少女は紛れもなく千宮で、破門とは相反して小さく丸まっている。
なぜこんな状況なのかというと。
破門は千宮が寝ているのを見ているうちに、自分も眠たくなってしまったのだった。
「どんな状況だよ。これ」
二人そろって昼寝に興じているその様は、端から見れば兄妹のようだった。
辻崎は寝ている幼児を起こす保母さんのような気持ちで、二人に起きるよう声をかけた。
「起きろー」
「ん……? んぁ、つじ、さき?」
「そうだよ。もう二時だぞ」
辻崎は破門の足を乗り越え、カーテンの揺れる方へ向かった。
「ったく、窓も開けっぱにして……。桜がこんなに入っちまってんじゃねぇか……って、え?」
辻崎の目に飛び込む、窓の外から見える光景は、あまりにも不思議な、かつ奇妙なそれだった。
「っ!?」
辻崎は体を窓から乗りだし、今見える世界を凝視した。眼下に広がる、少し距離の置かれた地面。頭上の少し上を飛ぶカラス。下から吹き上げる風。
そうして辻崎は確信した。
「破門」
「ん?」
「お前はここに来るとき、階段上ったか?」
「いや、上ってねぇけど」
「だよな。俺もだ」
「何。どうした」
辻崎は体をどかし、窓の外を披露するかのようにして破門に見せた。
「ここ、一階じゃないみたいだ」
「……はっ!?」
半覚醒状態にあった破門は、窓から見える景色によって完全に起こされた。
破門は駆け足で近づき、窓から体を乗りだした。疑いの目で辺りを見渡すが、それは確かに現実のものだ。
「……意味わかんねぇ」
不可解極まりないこの状況に、149号室の空間には静寂な空気が漂った。
*** *** ***
「む〜…」
「辻崎〜。飯冷めるぞ」
破門と辻崎と千宮の三人は、カルマ学校の近くにあるファミレスで昼食を囲んでいた。
辻崎は先の寮での摩訶不思議を調べるため、カルマ学園高等部の図書館から本を借り、テーブルの上に分厚いそれらを広げていた。
「歪曲結界にしては甘いし、現に俺らは閉じこめられていない……。術式も見当たらないし、そもそもテキストが感じられない……。仮に結界だとしても目的が……」
「辻崎? 早く食べないと俺が食べちまうぞ」
「食べんな。何かの異能力かもな……。そうしたら幻術系か……。しかしあそこまで規模が大きい上に複数名を術中に入れるなんて相当……」
「おーい! 戻ってこーい!」
「うるせぇ。もう少し詳しい本を借りてくるべきだったな……。古文書辺りも視野に入れるかな……」
「返事しながら独り言呟かないでくれ!」
破門はマグロが豪勢に乗ったどんぶりを置き、はぁと溜息をついた。
辻崎は勉強が大好きなのだ。というより、知の探求心が他の人よりずば抜けている。
「魔術まで遡った方がいいか……。もしかしたらラジオンスペルの類やも……」
その知の欲望は、睡眠欲や食欲、酷い時には女欲よりも優先されることがある。
そのような性格上、優秀な成績をとるのは必然だと破門は思うが、ブツブツ独り言を呟くのは止めてほしいとも思っていた。
「完全に勉強モードだよ……」
「……」
破門はマグロ丼を軽く平らげ、ガラスコップに注がれていたソーダを一気に飲み干した。
「あ、そだ。千宮」
「……」
破門は向かいの勉強バカを一旦放置し、左隣の千宮に一瞥を加えた。
「第一寮ってことは、お前も0組なんだろ? お前はどんな異能力なんだ?」
「……」
「せんの、みや……?」
「……」
千宮は破門の方をチラリとも見ず、ミートソーススパゲッティの麺を一本一本チュルチュルと、吸うように食べていた。
「お、俺の異能力は、これだ!」
「……」
破門は、人のことを聞くには自分から、とでも思ったのか、千宮の目の前に、自分の左手を力強く差し出した。
その左手には、多数の『紙』が貼り付けられている。肌色の部分など皆無。白一色だった。
「こいつが俺の異能力、リズボルト!」
一見、ボクサーなどがしているテーピングのように見える。しかし実際には五センチ四方の、大量の紙である。
「俺はこの紙を、操ることができる」
破門は左腕の袖を捲ると、紙は肘辺りまでを全て取り巻いていた。破門は千宮の前でブランデーのグラスを持っているかのように手をかざす。
「こんな風に」
破門の左腕から紙が一枚剥がれ、宙を浮き、手のひらの上で直立のまま静止した。
そしてその紙は、誰も触れていないにも関わらず、折り目がつき、曲がる。
「あっという間に、鶴の出来上がり!」
手のひらで踊った紙は、三秒と経たず鶴になった。破門がテキストを込めると、鶴は独りでに羽ばたき始める。
「紙を操る力、それがリズボルト!」
「ただの折り紙じゃね〜か」
「辻崎、お前は黙ってろ!」
破門は立ち上がって辻崎を指さしながら叫んだ。そして、千宮の方を見るが。
「見てない! 見ろよ! スパゲッティ食ってないで!」
「……」
「くそぉぅ…。あ、俺手品得意だぜ!?」
「……」
「むぅ……。格ゲー強いぜ!?」
「……」
「これ以上自慢できる情報は……」
千宮の異能力、という情報を得るのに足るだけの情報を、破門は考える。するとそこへ、小さな助け舟が出された。
「あんじゃん。ほら。病院送りにしたやつ」
辻崎は本のページをおくりながら、ステーキをつつきつつ、破門に話しかけた。どうも辻崎は勉強モードに入ると行儀が悪くなるらしかった。
「そうだよ! 俺中等部の時に同級生を四人病院送りにしてやったんだ! 謹慎処分十日!」
破門は両手をパーにして突き出し、十を表現する。それに対して千宮は少しだけ目を動かすという反応をした。
「俺を下の名前で呼ぶ奴はこういうことになるんだ……」
「愛ちゃん」
「辻崎コラァ!!」
「お、お客様。他のお客の方もいらっしゃるので」
「っ……」
店員の弱々しい注意に、破門はスゴスゴと退く。テーブルの上に乗せた足を下ろし、飛び回る紙の鶴を着陸させた。
「で! 千宮! お前の異能力は!?」
「……」
「俺石頭だぜ!?」
「中身もな」
「辻崎、さっきからてめぇ!」
「お、お客様……」
「……テレポート」
千宮が発した言葉に、一旦その場空気が硬直した。無論店員はこのシラケが何なのかはまったく理解できていない。
「て、てれ……?」
「テレポート!?」
辻崎は、辞書並に分厚くアルバム並に大きい本から目を離し、叫びながら千宮の方をガン見した。
「おい辻崎。テレ何かってなんだ?」
「テレポート! 知らないのかよ」
「テレポート? 初耳だけど」
「なぁ千宮、本当にそうなのか!? お前の異能力は!」
「……ん」
千宮は麺を啜りながら小さく頷いた。
「辻崎。テレポートって?」
「テレポートっつうのは、瞬間移動だよ。自分を含め物体を、自由なところに空間移動させられる能力だ」
「え。すげぇじゃん」
「そーだよ! すごいんだよ千宮は! そうそう出会えないぞ、テレポーターなんて!」
「こんなチッコいのに……?」
破門は千宮を確かに見直し、敬服した。
しかし、最後の発言を千宮は聞き逃さなかった。千宮は辻崎の横に積まれた本に手をかける。
「あれ。急に陰りが、ってのはぁっ!!」
辻崎が借りてきたぶ厚い本達は、破門の頭上にテレポートされ、重力に従い自由落下した。
辻崎はそれを見て一言。
「これがテレポート……。すごい」
破門は本が直撃した頭部を両手で覆った。
「いってぇっ……。何すんだよ千宮!!」
「……石頭」
破門の異能力「リズボルト」は、イタリア語の「risvolto」からとってます。「折り返し」という意味です。「折り紙」と掛けてたりします。