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スキルハーツ!  作者: mission No.149
第一章 金色の桜
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第一話 金色の桜 ☆

 朝の静寂たる部屋に、ノックの音が飛び込む。そして反応がないのを確認されると、その洋式の部屋のドアが開け放たれた。


「おい。起きろ。お前ら」


 ドアノブを握りながら中年の男はその部屋の住人に声をかけた。その声が耳に入ったからか、一人の青年がノッソリと、ベッドから起き上がった。


「ん〜……ふわぁ……。おはようございます。先生」


「おはよう。おい、そこのもう一人! 起きろ」


 現在、この空間には三人の人間がいる。起こしにきた先生と、起こされた生徒と、そして未だに眠る生徒。


破門やぶと。先生が起きろってよ」


「ん〜。あと五分」


 破門やぶとと呼ばれる生徒は枕をだき抱えながら、その枕に顔を埋めた。しかし先生は無理矢理枕と布団を、破門から引き剥がして叫ぶ。


「起きなさい!」



*** *** ***



「まったく」


 先生が腰に手を当ててしかめっ面に軽く嘆いた。破門を起こすのにかれこれ20分も掛かったからだ。


「え〜。じゃぁ部屋の新しい振り分けを報告する」


 先生は、ピシッと地面から直立で立っている生徒と、猫背気味に眠たそうな表情を浮かべて腹を掻いている生徒の前で、A4サイズの紙の束を取り出した。


「名前を」


辻崎つじさき 和真かずま。能力者です」


「志望は?」


「ガーディアンズです」


「え〜っと。辻崎で、ガーディアンズ。ああ。君は東棟第二宿舎の001号室だ」


「はい」


 辻崎と先生のやり取りが終わると、しばしの沈黙が流れた。次の問答は破門と先生なのにも関わらず、どちらも声を発さなかったからだ。


「おい。破門。立ったまま寝るなよ」


「うう〜。ああ〜」


「はぁ……。君。名前と位相を」


 破門は寝ぼけた面もちで目を半開きのまま答えた。


「破門……愛……。異能力者……」


「破門ね。異能力者だから0組か。じゃぁ東棟第一宿舎の149号室だ」


「りょ、りょーかい……でふ」


 破門は敬礼のように右手を頭の方を指すように掲げた。腰はフニャフニャだが。


「ふぅ。春休みなのに実家に帰らないなんて君達くらいだからな。部屋移動はあまり急がなくていいから。では、また」


 辻崎は頭をペコリと下げ、先生の背中を見送った。パタンというドアの閉まる音の後、辻崎はなにやらニヤケだした。それに気づいた破門は、疑問符を打つ。


「辻崎、どうかしたか?」


「いやぁ。俺らもとうとう高等部なんだなぁって」


「そんなワクワクするか? ふつー」


 破門はベッドの方に向かって歩きながら会話した。


「そりゃするよ! だって高校生だぜ? やっと実践的な能力を扱えるってんだから、興奮もするさ!」


「そーいうもんか?」


「異能力者のお前と違って、俺は能力を身近に感じてないの。中等部のときは理論しかやらないし」


「ふーん」


 破門は若干温もりの残る布団を、自分の身にかけた。そして再び眠りにつこうとするが。


「駄目だ。身支度して、移動先で寝ろ!」


「え〜。やだよぉ。布団返せ〜」


「ほら、早くするぞ」


 辻崎は洋風な押入からドラムバックを取り出し、自分の衣服や荷物を詰め始めた。破門はブーブー言いながらも、布団を押入の中へ畳んで入れた。

 二人がいるこの部屋は、国立カルマ魔術学園の宿舎だ。魔術と名がついても、実際には魔術という名称を口にする者は老年の教員くらいなもので、大半の人は単に能力と呼んでいる。


「掃除もしていこう。新三年生がここを使うかもだからな」


「うへぇ」


 能力を持つ者を能力者。持たない者を無能力者。異質な能力を持つ者を異能力者という。

 異能力者の判別は、能力の根元的エネルギーである『テキスト』が、一般的なテキストと血色が違うことでなされる。

 部屋の掃除を続ける辻崎は、規則的な周期の『テキスト周波』を持つ『能力者』であるのに対し、破門は、不規則的な周期の『テキスト周波』を持つ『異能力者』。


「おい破門。歯ブラシ持っていくの忘れてるぞ」


「いーよ、んなの。新三に譲るわ」


「中古の歯ブラシなんていらないだろ!」


 異能力者は、一般的能力である火・水・風・土・雷系統以外の、特異な能力を扱える。

 カルマ学園では、異能力者と能力者と無能力者のクラスを完全に区別している。

 1〜5組が能力者のみ。6〜9組が無能力者のみ。そして0組なるものが異能力者のみ。


「げっ!」


「? どうした破門?」


「い、いやなんでも」


 破門は、中等部の制服のブレザーに袖を通している辻崎から隠れつつ、「0点」と右端に書かれた解答用紙をクシャリと丸めた。


「なんで花瓶の中に……。あぁそっか。自分で隠したんだっけ。辻崎に説教されないように……」


「なんだボソボソ喋って。早く掃除を終わらせようぜ」


 辻崎の成績は至極優秀だ。常に高い学力を維持する無能力者の生徒にも引けをとらない、正真正銘の優等生。先生達からの評判も良い。

 しかしながら、なぜそんな辻崎がとんでもなく阿呆な破門と同じ学校にいるのか、というと、カルマ魔術学園には入学試験が存在しないのだ。従って、入学希望者は全員合格になるシステムになっている。


「おい破門、ネクタイ曲がってるぞ」


「そういうお前もブレザーのボタン取れてるぞ」


「これは卒業式の時に女子に取られたんだよ」


 ただ、合格率百パーセントのカルマ学園に、入学希望者が殺到しない理由がある。

 それは、カルマ学園が全ての学校よりも、『生徒の死亡率』が最も高いからである。


「あっ。ゴミだしに行くならついでにこれも頼む」


 破門は、ポリ袋の中に自分の教科書やノート諸々を投げ込んだ。辻崎はポリ袋の口を縛ろうとしているその手を止める。


「おいおい。いいのかよ。ただでさえ馬鹿なのに」


「いいんだ! 早く捨てちまってくれ」


「ったく、勉強嫌いにもほどってもんが……。ん?」


「あ」


「おい破門! これは何だ! テストは俺に全部報告しろと言ったろ!」


 辻崎はポリ袋に手を突っ込み、破門が捨てた教科書類に挟み撃ちにされた用紙を取り出した。そしてそれを破門に突きつけ、叫ぶ。


「また0点かよ! だいたいお前は日頃の……」


「うへぇ……」



*** *** ***



 破門は中途半端に伸びたツンツン頭をクシャクシャと掻き、一息をついた。


「はぁ……。疲れた」


「おい座ってないで、早く荷物運んじまうぞ」


 辻崎の両肩には二つドラムバック+縄でしばった布団。両手は教科書類で埋まっていた。

 

「いーじゃんかぁ。先生も急がなくていいって言ってた!」


「早いに越したことはない。ほら立て」


 破門は少しだけ考えて立ち上がる。ダルいなぁ、と愚痴をこぼしながら辻崎にまとめてもらった荷物を担いだ。

 破門と辻崎は中学生としての三年間を過ごした部屋を出た。そして、辻崎は両手の荷物を落とさないように、鍵を閉めながら言う。


「何か感慨深いものがあるな」


「そうかぁ? 俺は特に感じねぇが」


 鍵が閉まったことを確認すると、二人は宿舎棟の廊下を歩きだした。

 破門が大きな欠伸をする。


「ちゃんと前見て歩け」


「んなこたぁ分かって……おわっ!」


「きゃっ!」


 ドン、という音とともに破門は廊下の曲がり角で女子にぶつかった。その女子は尻餅をつき、突然の出来事に少し涙目になっている。


「す、すみません」


「君、大丈夫?」


 教科書を置き、破門そっちのけで辻崎は女子に手を差し出した。辻崎の手に、小さく白い、そして冷たい手が重なる。


「あ、ありがとう、ございます」


 その女子はあまりに美貌だった。綺麗にパッチリと開く二重の瞳、スラリと流れるような輪郭、白い肌に汚れなど皆無で、地面と垂直に下りる黒髪は老朽している電球の光でも映えていた。


「辻崎〜。俺も立てな〜い。手を貸しておくれ〜」


「お前は頑張れ」


「けっ! 何だよ親友が困ってるのに! 結局は女かチクショー!」


「一人で立てるじゃん」


「当たり前だバーロー!」


 破門の叫び声は廊下中に響いたが、文句を言う者はいない。というより、元々人がいない。


「……あれ。何かおかしくないか?」


「あ? 俺の頭がってことかコラ」


「違うよ。先生もさっき言ってたろ」


「俺の頭がおかしいって!?」


「だから違うっての! この子だよ。春休みに実家に帰らないの俺らくらいっだって」


「あ、確かに」


 二人はやり取りを終えると、ほぼ同時に女子の方を見た。すると、その女子は少し困り気な顔をして、手身近な説明をした。


「あ、私これから帰るので、多分居残り組にカウントされてないかも、なんです」


「へぇそうなんだ」


 女子は切りそろえられた前髪を整え、少し乱れたネクタイを締め直した。


「ってか、破門。早く謝れ」


「えーっ! これは事故だろ!」


「いいから。男が女をはね飛ばしただけ罪なんだよ。ほら!」


 辻崎は破門の後頭部をおさえ、無理矢理その頭の位置を低くさせた。破門は軽く抵抗をしてみるものの、辻崎の腕力の前でそれは無意味であった。


「痛ぇっ! 辻崎痛ぇっ!」


「破門ちゃんと謝れ」


「あ、いや平気ですよ。そんなことしなくても……」


 その女子の声を聞くと、辻崎はバックヘッド型アイアンクローを解いた。破門はまるでギリギリまで水中で息を止めていたかのように、ブハァッと息を吐く。


「優しいね。じゃ、こういう馬鹿には気をつけて」


「あ、はい。こちらこそすみませんでした」


 そして破門と辻崎はその場を後にした。破門はやや不満気味に。辻崎はその女子の体を心配しながら。


「なぁ破門。さっきの子、どっか痛めたりしてないかな? 超足細かったじゃん」


「ふん、あれくらいで怪我する方がどうかしてる」


「お前なぁ……。少しは礼儀ってもんを知れよ」


「それを言うなら辻崎! 俺のことを『こういう馬鹿』って紹介しやがって! お前だって礼儀を知れよ!」


「あれは譲歩。ちゃんとした礼儀だよ」


「どこがだ!」


 廊下を動く二つ音源が、女子との距離を広げていく。それを女子は十分確認した上で、一つ独り言を呟いた。


「あっぶねー。術が解けるとこだった」



*** *** ***



「お前はあっち。池の方」


 辻崎はカルマ学園の敷地に設置された池を指さす。

 二人は中等部の寮を出て、高等部の敷地内に入り、宿舎の東棟を目指していた。ここに至るまで、辻崎は破門の『あとどれくらい?』という質問を何度も聞かされた。

 確かにカルマ学園の敷地は広い。教室棟や職員棟、宿舎、実験室、図書館、闘技場、資料保管庫などなど、多くの施設が中等部と高等部にそれぞれ設けられている。旧校舎というのもあるが、今となっては資料保管庫の一部にされてしまっている。


「じゃぁ昼飯のときになったらメールしてくれ」


「分かった。破門は、えっと、149号室だっけ」


「さぁ……」


「忘れんなよ……」


 風が吹き、二人の下に生える芝生が行列を組んで揺れる。そして二人の元に桜の花びらが舞った。


「……春だなぁ」


「……」


「なぁ破門。桜が舞ってるの見ると、俺らが出会った頃のこと思い出さないか……っていねぇ!! 破門!?」


 破門はスタコラサッサと歩きだしてしまっていた。正直、辻崎の感傷などどうでもよかったのだ。向かう方向が違ったため、辻崎が破門を追いかけることはなかったが、もし同じ方向なら追いつかれてアイアンクローが発動したに違いなかった。


「これが新しい寮……。何かボロいな」


 破門は東棟第一宿舎に着き、寮という看板の立つ、荒廃に近い状態の建物を見上げた。よく見るとガラスの窓にガムテープが規則的に張り付けられてある。


「修正術使えよ。絶対100号室も部屋ないだろ」


 木製のドアを開くと、ギギィと鈍い音を発した。木の香りが辺りに充満し、目を閉じればまるで大自然に囲まれているようだが、何しろ見かけがすこぶる悪い。

 破門は狭い玄関で靴を脱ぎ、今にも崩壊しそうな靴入れに自分のそれを収めた。ギシッギシッと穴でも開きそうな廊下を進み、両側面の部屋プレートを交互に見る。


「001号室……002号室……。宿舎間違えたかな」


 破門は149号室なんてこの小さな建物にあるわけないと思った。というより、誰もがそう思うはずだった。


「辻崎のとこはけっこう高級っぽかったのに。何だこの扱い。異能力者だから慣れてるだろ、ってかー?」


 その時、破門はふと立ち止まった。


「ん? あれ?」


 破門の横には『149号室:破門 愛・千宮 桜』と書かれたプレートがあった。


「俺そんなに歩いたっけ?」


 手前のプレートを見ていくと、確かに148、147、146と順をおっている。


「……何か、不気味だな」


 静寂たるこの空間が、一瞬お化け屋敷のように感じられた。

 破門は若干の恐怖を覚えたが、まぁいいやと言いながら、新しい自分の部屋のドアノブを握った。そしてそれを右回りに回し、押し開いた。


「同室のやつは、どんなやつ、だ……ろ」


 破門は絶句した。


「……んだこれ」


 そこには、窓から桜が漏れ、しかしながらもその中で爆睡している、とある金髪の少女がいた。



挿絵(By みてみん)

破門。「はもん」と書いて「やぶと」と読みます。


辻崎はイケメンです。


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