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スキルハーツ!  作者: mission No.149
第二章 孤独の枷
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第十五話 断腸のグリーフ

大学生一年目、色々忙しく執筆にあてる時間がありませんでした。

理系はやっぱり忙しい!


言い訳かもしれませんが、執筆時間が少ないことは確かです。

でも頑張るので、どうか見てやって下さい。

お願いします。



「えー、と。初めまして」


 0組の教壇にとある男性が立っていた。

 肉付きが悪く、百八十はあろうかと思われる身長。高い、というよりは、長い、と言った方がしっくりくる。

 薄緑色をした髪に、長い長方形の眼鏡。白衣の下もまた、白いワイシャツで、若干猫背気味なのが気になる。


「魔伝歴史学を担当する、花札はなふだウノうのすけです。これから一年、よろしくお願いします」


 ウノ助は丁重に挨拶をした。

 そう言い終え、お辞儀した後、顔を上げても彼と目が合ったのはごく少数であった。

 0組に真面目な者は少ない。まともな者も少ない。 

 まともでないから、真面目でない、ともいえる。


「ぷっ……花札とウノて」


 討窪は端の方で密かに笑いをこらえていた。

 ちなみに破門は早くも爆睡。健やかに寝息をたてて顔面を伏している。


「えっと実は僕、研修生でして、少々ふがいない面もありますが、皆さん同様、新しい環境で頑張りたいと思ってます」


 蒼白の顔面に笑みを浮かべ、ウノ助は眼鏡をかけ直す。

 では早速、と続け、ウノ助は細長い五指で魔伝歴史学の教科書を手に取った。

 ページを一枚めくる。

 0組初めての授業が幕を開けた。

 しかし破門は眠っている。

 ウノ助が喋り始める。

 しかし破門は眠っている。


「えーまず、魔獣の区分からですが……」


 破門は眠っている。



*** *** ***



「ああぁー……疲れた、なぁー……」


「寝てただけやないかっ!!」


 破門は両腕を天高く、ピンと伸ばして体を反らせた。確かに五十分前かがみで寝ていたら。という話である。

 ウノ助の授業が終わり、何人かがダルそうに立ち上がる。ウノ助も緊張が解れたのか、ふー……と息を吐いて監督教員がいる方へ歩み寄ろうとしていた。

 と、その途中に。


「……」


「あ、君」


「……えっ? あ、わ、私ですか……?」


 道すがら、ウノ助はとある女子生徒に話しかけた。

 その女子生徒とは。


「えっと、ルイカ、さん、だね」


「え、あ、あの」


「名簿順だから、合ってると思うんだけど……」


 ルイカは一呼吸置いて、ウノ助と目を合わせず静かに頷いた。一抹の疑問と不安を抱えながら。

 ウノ助はルイカの大きな瞳を見ながら優しく笑った。


「何か、ずっと下向いてて、元気なさそうに見えたから……」


「……そ、そう……ですか」


「体調が優れませんか? 保健室行きますか?」


「い、いえ。そういうの、じゃ……ない、です」


 どうにもこうにも言えない、言葉に詰まっているような表情をルイカは浮かべた。

 それを察したのか、ウノ助は次に用意していた言葉を喉の関所で押しとどめ、口角だけを上げた。


「……無理はしないで下さいね」


「……」


 ルイカは口のチャックをしっかり隅まで止め、少しだけ、本当に少しだけ首を縦に振った。むしろ揺れた、の方が正しいかもしれない。

 すっと、ウノ助は立ち去る。ルイカは両肩に首を埋めるようにして固まっていた。

 そんな二人のやりとりに教室の連中が気づくはずもなく、二人の交わした言葉達は溶けるように薄れていった。次の授業なんだったっけー、学食って何時からー、などなど、一人では作れない言葉の中に。



*** *** ***



 ルイカは放課後の廊下をトボトボと、独りで歩いていた。まるで浮いているかのように、一歩一歩が弱く静かに、空虚に、その足跡は廊下の上に敷かれ、直ぐさま消えていく。

 頭を垂れ、前髪のせいで前方がよく見えていない。それでも不思議と、部活だ委員会だなんだで犇めく廊下では、人とぶつかりはしなかった。

 ただ。

 不思議「外」な奴もいるわけで。


「だから、俺おわっ!!」


「きゃっ」


 ルイカが廊下のコーナーに差し掛かった辺りで、まるで漫画のように、二人は腕同士を衝突させた。


「いってぇ〜……誰だよ……ってお前!! あの時の!!」


「……え、あ、あの」 


 ルイカを「あの時の」と称し、人差し指を突きつけてきたそいつ。正しく、そう、左腕紙製テーピング野郎。もとい破門愛。


「ん? 知り合いか?」


「知り合いも何も辻崎! こいつ入学式のときの!」


 破門はルイカを今度は「入学式のときの」と称し、辻崎に伝達をはかった。

 ところで人気に溢れる廊下で声を荒げれば、注目も集まってくる。通る者は皆とりあえず破門、辻崎、ルイカの三人を見てから通り過ぎる。立ち止まっている者すらいた。


「……とりあえず破門、この子に謝れよ」


「はっ!? また俺かよ!?」


 破門はメタモルフォーゼで美少女と化した吟斗にぶつかった、あの一件のことを思い出しながら言った。

 早く、と急かす辻崎に少々渋りながらも、破門はルイカに謝ろうとして、ルイカの目を見た。

 黒の眼光と青の眼光が交差し、パチンと静電気でも起きたかのように感じた。


「はぁ……えっと、っておい!?」


 ルイカは多少の無駄もなく立ち上がり、そそくさと破門の横を走り去ってしまった。恥ずかしさからなのか、真意はつかめないが、逃げたことは確かである。

 撫でるような風が破門を横切った後、無音が異様に痛々しかった。


「に、逃げられた!?」


「お、おう……逃げられた……な」


 一応破門とルイカの関係は知り合いの部類に入るはずで。

 よもや目も合ったのに無言で走り去られるようとは。

 破門は半信半疑の面もちで辻崎を見る。辻崎は何も言わず、鼻から息を吐き出した。


「辻崎、これも俺が悪い……のか?」


「さぁ、どうだろうな」


 一方でルイカの背中は小さくなっていき、突き当たりの角を曲がった時点で破門と辻崎の視界からは消失した。

 ルイカは走りながら、涙を拭き取っていた。

 なぜ涙がこぼれるのか、ルイカ自身まったく分かっていない。怯えているともとれる。悲しんでいるともとれる。恥ずかしがっているともとれる。


「……ひっ……うぅ、ひっ……」


 別段憂いてるわけではなかった。単に眼球から流れる液体を袖に染み込ませているだけで、そこに感情が含まれていることはない。

 少しだけ走り疲れて、速歩きのようになってきたところ。

 ルイカが顔を上げようとすると。


「きゃっ!」


「おっと」


 ルイカはまたしても誰かにぶつかった。

 しかし今度はまるで「壁」のようだったのだ。


「だ、大丈夫ですか?」


「え、あ、あの」


「……あれ、君は……確か、ルイカ、さん?」


 その「壁」は、ウノ助であった。

 ゴボウのような見た目とは裏腹に、がっしりとした筋肉がルイカとの衝突に耐えていた。


「……」


「平気ですか? 立てますか?」


 ウノ助は蜘蛛の巣のように広がる五指をルイカに差し伸べた。向けられた手のひらに、ルイカはそっと手を重ねる。

 その時、少しだけ腕輪が見えたが、ウノ助はまったく気にしていない素振りで。


「前方には十分注意しましょうね」


「……あ、はい」


 くいっと、いとも簡単にルイカは立ち上がれた。

 今度は逃げなかった。怯えることもなかった。

 ウノ助は破門とは違ってもの静かで、上品だ。「いってぇ」などとは言わない。


「す、すみません、でした」


 ルイカは、慣れない発声をしたあと、首だけを縦に軽く一振り。お辞儀のつもりだった。

 ポンチョのような制服を揺らし、ルイカはウノ助の横を通り過ぎる。穏便に済まそうと。何事もなかったように振る舞おうと。

 ルイカの背中がウノ助の背中と向き合う。

 寸後、ウノ助は振り向いて。


「えっと! 僕は教員棟の第七研究室にいるから!」


 少しだけ大きい声で、ルイカを引き止めるように言った。


「何かあったら、是非来てくださいね! 力になりますよ!」


 「何かあったら」。

 その言葉がルイカの胸に突き刺さる。

 ウノ助はルイカが何か悩み事を抱えていると思ったのだ。そして本気でルイカのことを心配しているようだった。でなければ、今のようなことは言わない。

 一抹の不安と期待が、ふてぶてしくもルイカの心を曇らせた。

 信じていいのか。

 疑っていいのか。

 答えに困惑したルイカは何かを言うでもなく、ただ、振り向いた。


「……っ」


 眼鏡のレンズがあっても、ウノ助の瞳はエメラルドグリーンで、太陽にによく映えていた。ルイカが目を合わす。

 しかし、すぐ目を反らし、体を向き直して、小走り気味にその場を後にした。


「……ふぅ」


 ウノ助は上げた腕を静かに下ろした。



*** *** ***



「たぁーくよ!」


 野太い男子の声がする。その男子生徒の隣には他の男子生徒数名いて、ちょうどコンビニから出てきたところであった。


「おにぎり無いとかどーいうことだよっ!? なぁ!?」


「マジでもうさぁ・……誰だよー」


「今ってこんなに不況だったかー?」


 外はほの暗く、外灯がチラホラ点き始める頃。口々に吐かれる愚痴が、夕焼けの曇り空へ昇っていく。

 芝生の中に通る一本道。カルマ学園の生徒は大抵そこを順路として歩いていく。

 その道からはずれたところに、木々が生い茂る森林区域がある。生徒の戦闘演習用に使われることもあれば、魔獣の飼育場所としても用いられる。


「……はぁっ……はぁっ……はぁっ」


 その森林区域の中、男子生徒達の言葉も聞こえないような場所に、ルイカはいた。

 大量のおにぎりを胸いっぱいに抱えながら。


「……はぁっ」


 ルイカが食べるわけじゃない。これは忌村による命令である。でなければ、こんな他人に迷惑かけるような、店員に変な目で見られるような行動に出たりはしない。

 ルイカは忌村が集合をかけた場所へ向かおうとする。


「……なん、で」


 おにぎりが全く重くない。

 それは彼女の異能力「枷負い」のせいだ。

 カルマがまだ生きていた魔術創世期。その時代に存在した魔獣の血が、ルイカには流れている。身体能力が抜群に優れ、過度ともいえるほどのテキストを有する。

 

「……わたし、が」


 普段は枷を両手首、両足首の計四カ所に装着している。その忌々しい枷を隠すため、カルマ学園に申請して、制服の形態を変えてもらっていた。

 ボサボサの髪のまま、ルイカは俯き加減に歩を進める。


「……うっ……ひっ……あっ!」


 ルイカは何かに躓いた。どうせ蔦のようなものだろうが、ルイカにとってそんなことはどうでもよかった。

 おにぎりがぶちまかれる。ヌカるんだ地面のせいで、三角の包装が泥を帯びる。


「……」


 ルイカは倒れたまま、まるで死体のように動かなかった。

 絶望と悲哀が背中にのしかかり、ルイカを立ち上げようとしない。

 

(もう、どうにでもなれ……)


 神様まで自分を見放したと思った。

 骨抜きにされたかの如く、力が入らない。

 動いているのは心臓だけだ。

 心臓はあっても、心はない。


(このまま寝ようかな……それで、もう起きなければ……)


 その時だった。


「おーいルイカァ」


 忌村の声がした。

 ルイカはとっさに顔を上げた。


「なぁに寝てんだよおい。あーあーあー、おにぎり汚れてんじゃねぇか」


 忌村はドスの聞いた目でルイカを見下ろす。忌村の後ろにつける女子二人も、あざ笑うかのように、いや、あざ笑いながらルイカを見る。

 ルイカには、彼女らが死神に見えてしまっていた。


「んー……今日な、火系統の能力演習だったんだよ」


 忌村が手を前に出す。ブランデーのグラスを持つような形にして。

 テキストが忌村の周りに発生する。

 そして一瞬黄色く光った後、忌村の掌に火の玉が浮かぶ。


「こいつでその濡れた服、乾かしてやるよ」


「い、いや……」


 不気味な微笑み。甲高い笑い声。細く尖った指先。

 忌村の全てが、ルイカの全てを壊していく。

 たまらなく、ルイカの瞳から涙がこぼれる。震えた腕は、どうしても動かなかった。

 

「やめ……」


「ほうらっ!! 行くぞっ!!」


 口角を上げたまま、忌村は腕を一気にふり下ろそうとする。

 炎がゴォッと音を立て揺れる。

 くらったらひとたまりもない。

 しかし、ルイカの元に届く寸分前のことだった。

 

「ん!?」


 忌村の手とルイカの顔面の間に、大きな隔たりができたのだ。

 その場に居合わせた四人は何事かと思ったが。

 彼女らの前にあったのは。

 倒れた樹木だった。


「な、何だ? 急に……うおっ!!」


「きゃっ!!」


 さらに木が倒れ始める。

 一つ二つなんてもんじゃない。十本は軽く倒れるようである。

 バキバキと轟音をまきながら、根本から折れていく太い幹。

 ルイカは目を疑ったが、確かに木は倒れていく。忌村達はそれを四苦八苦で避ける。おにぎりはとうにぺちゃんこだった。


「くそがっ!!」


「ちょっと何なのよこれ!?」


 倒れたルイカの元にも木は降ってくるが、いかんせん当たることはなかった。当たってたかもしれないが、ルイカは今の状況が上手く飲み込めず、それに気づいていないだけかもしれない。

 あたり一面の木々が一通り倒れたところで、木のラッシュは止まった。


「はぁ……はぁ……なんだぁこりゃぁ。ルイカ!! てめぇの仕業か!?」


 忌村がルイカに牙を向く。鬼のような形相で、乾いた声を張り上げていた。

 「違う」とルイカが言おうとしたその時、忌村達の後ろの方で声が聞こえる。

 それは、どこか聞き覚えのある声で。


「うーむ……やはりこの技は軌道修正が難しいな」


 姫鉈。そう彼女の声だった。

 忌村達もそれに気づいたらしく、ちっ、と舌打ちをした。

 泥だらけで倒れたルイカを取り囲む今の構図。他人に知られたら多少厄介だ。

 忌村達はそう理解し、そそくさと姿を消した。


「むっ? そこに誰かいるのか?」


 稟と張った姫鉈の声に、ルイカが我に返る。

 倒れて積まれた木のおかげで、まだ姿は見えていない。

 姫鉈は目の前の木を蹴り飛ばした。


「……誰も、いないか」


 カラン、と姫鉈の蹴りで割れた樹木が転がる。

 殺風景だった。

 つぶれたおにぎりは残っていたが。

 

(あの声は、ルイカだな)


 姫鉈の「誰もいない」という発言は、この場には、という意味であった。

 彼女の地獄耳が足音を捕らえる。息づかいからルイカ、とも断定できた。

 それに続いて忌村達の足音。「次は覚えてろ」だの「ルイカめ」だの、愚痴もしっかり聞き取っている。

 そうして理解する。

 非常に好ましくない、ルイカの状況。


「これはー……ふむ」


 姫鉈は、目を閉じた。


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