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スキルハーツ!  作者: mission No.149
第一章 金色の桜
13/17

第十一話 天神メーデー

ここで更新を滞らせていただきます。

今まで読んでくれた方、本当にありがとうございます。

復活は2011年3月8日(合格発表の日)です。


今話のタイトル難易度

★★★


おそらく今まで一番かっこいいタイトルだ。

「おぉ辻崎やん」


「……何だ、討窪か」


 辻崎はベンチでブラックコーヒーを飲んでいた。

 コンクリートで舗装された道を歩き、軽く手を挙げた討窪。脱ぎ癖が発動しているらしく、ワイシャツのボタンを豪快に開けて鎖骨付近のペンダントが優しく光っていた。


「昨夜は大変やったなぁ!」


「やかましい」


 討窪はポケットに手を差し込み、百円玉を自販機に入れた。スカッシュレモンを迷わず選び、腰を屈めて吐き出された缶を拾い上げるように手にとった。


「能力測定は終わったんか?」


「あぁ、異能力者と違って時間はかからないからな」


「ふーん。破門はどないしたん? 今日は一緒ちゃうの?」


「あぁ、破門なら多目的ホールだと思う。珍しい力だからな。時間がかかるんだろう」


 討窪はスカッシュレモンの蓋を、伸びた爪を使って開封した。プシュッと缶内部の二酸化炭素が溢れた後、シュワシュワと躍起だつ炭酸飲料を喉に流し込む。能力測定で疲れたのだろうか、まるで残業帰りのサラリーマンがビールを飲んだみたく討窪は、ぷはーっと嬉しそうに息を吐いた。


「辻崎、よくブラック飲めるな。俺には絶対無理やで」


 辻崎はその言葉を左耳でとらえながらブラックコーヒーの缶の縁に口をつけた。

 曰く、慣れれば旨いもんさ、と。

 辻崎は立ち上がった。そして大きく背伸び。猫が背を引き延ばすように体を空に向けて立ち上げる。


「んんーっ……はぁ、いい天気だな」



*** *** ***



「はぁーっ……はぁーっ……くっ、はぁ……はぁーっ……」


 汗を左腕で拭った。吸水性抜群のその腕はとめどない発汗にも耐えていた。


「すごいですねー」


 巻き起こった竜巻。通過した台風。津波も巻き起こした神、いやいや紙の逆鱗。

 まるで爆破テロでもあったかのように、測定室Dは荒んでいた。

 「桜紙」を使うとこうなる。

 大量のラジコンコウモリは跡形もなく木っ端微塵になっていたのだ。桜の如く舞った幾万の紙は、あらゆる方向から飛翔し旋回し追撃し。

 気づいたらあっという間だ。

 それはハリケーンのように激しく、素早く、強烈に空間を飲み込み、敵とみなされた対象は粉々に一匹残らず斬り裂かれた。

 どうだ。驚いただろ? 疲れの表情を笑みに変え、片目だけ閉じてニヒルに笑った。


「はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……」


 しかしまぁ、やべぇなこりゃぁ。

 破門は全てのテキストを使いきった。疲労困憊しているのに、睡魔が瞼を襲う、そんな感じ。

 膝で両腕を支えるも、全身に力が入らず、肩は重く、足は痺れ、さっきから動悸が止まらない。これが限界状態、というものだった。


「はぁ……はぁ……なっ!?」


 突然横からラジコンコウモリが飛んでくる。

 ギリギリのところで致命傷は避けたが、肩を斬られてしまった。しかし、痛み等よりもまだ続けるのか? という疑問の方が先に破門の脳を支配した。いやはや殺す気か。死ぬまで続けるのか。

 頭に浮かぶ保健医の笑顔が、異常なまでに恐怖を覚えさせる。


「まだ……はぁ……くんの、か」


 保健医が言うには『新たな異能力』の測定はかなり『酷』らしい。何でも、正確な情報や数値が必要のため限界まで挑戦してもらうのだとか。

 それを先に言ってくれ。

 立っている気力すらなくなりかけている破門にはむごい攻撃の連発。

 三機のラジコンコウモリが破門めがけて飛んでくる。

 徐々に近くなる機体。敗北がもう目の前だった。

 破門はそれでも何とか左腕を翳し、荒ぶる喉を抑えて食いしばった。刹那、防きれず吹き出す血流。右肩と左頬の血が、床に滴る。

 血と汗が混ざり、体中の熱気がエマージェンシーコールを発している。


「はぁ……はぁ……まじ、かよ」



*** *** ***



「ところでさ、辻崎は彼女とかおるん?」


「はぁ? 何だよ急に」


 空になったスカッシュレモンを手に提げ、討窪がコミカルに質問をした。対し男同士の恋バナをさほど好んでいない辻崎は、警戒心を強めるように少し引き気味姿勢になった。


「だって辻崎イケメンやん? 女の一人や二人、おってもおかしくないやろ」


「いねーよ。残念ながら」


「へぇ。何か意外やなぁ」


 シュッと空き缶をバスケの要領でゴミ箱に投げ入れる。

 おや失敗。

 取りに行くのも面倒だが、そのままというのちょっとアレだ。だから討窪はマグネイドでもう一度空き缶を自身のもとに引き寄せ、再チャレンジ。

 あれ。またも失敗。


「お前は? そういうのないの」


「なんやぁ? 気になるかぁ? どうしても知りたいっていうんやったら教えてやらんこともないでぇ?」


「……何か無性に腹立つな」


 その時、辻崎は討窪の背後に千宮の姿を見た。遠巻きからでも分かる大きな瞳の青色と金色の髪色は、緑の多い中庭ではよく目立っていた。

 辻崎が千宮に軽く声をかけようとすると、あちらが先に手を軽く振ってきた。


「破門は……?」


「あっ、千宮も破門の居場所知らないのか?」


「うん」


 千宮はいつもの目つきで討窪をチラリと見た後、キョロキョロと辺りに視線を配った。

 しかし結局見つからず。

 最終的には三人の間で、破門はどこかで寝ているのだろうという結論に達した。

 そして『わりぃ、遅れた』と言ってそのうちやってくるだろうと。


*** *** ***



「ぐあぁっ!!」


 強く背中を地面に打つ。

 ただただ防戦一方で、反撃の余地もないように思われる。目の前で浮遊するラジコンコウモリの刃から、破門の血がいくつも滴った。

 破門は右腕の肘辺りを押さえながら這い蹲る。転倒の際に唇を切ったのか、唇の脇から細い血の道ができていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「もう終わりですかー?」


 いくらなんでも入学早々これはきつすぎる。卸したての制服がもうすでにボロボロだ。刃物のせいで破かれるわ、血が染み込むわ、汚れはひどいわ。

 しかし破門の毛頭にあるのは、決して敗北感だとか諦念のそれではない。

 むしろ。そう、むしろだ。

 別段、勝利の確信も予感もありはしなかった。それでも、負けないと思う強がりに似た根性は、疲れ果てた破門の体を突き動かすのだ。


「はぁ……はぁ……諦めるかよ……」


「おやー?」


 保健医が異変に気付いた。

 監視室の窓が揺れているのだ。

 風でもない。どこぞやのいたづらっ子が騒いでるわけでもない。


「諦めねぇよ……ぜってぇ」


「これはー……」


 ピリピリと空気が保健医の肌にしみた。痛いほどに細かい粒子が全身を縛っている。

 視界が、急に目映い光を当てられたかのように見え辛くなった。

 破門が立ち上がる。

 ドロドロに汚れた身を屈ませながらも猫背のまま、頼りない二本の足で体を支える。


「……俺はぁ!! こんなんでっ!!」


 破門の叫び声が空間を飲み込む。猛獣にも劣らないその喧噪をひっさげ、稲妻よりも荒々しい気配を纏い、ナイフのように鋭い目つきで睨む。

 その視線はどこにも焦点を合わせていなかったが、確かに破門は空間をとらえていた。


「諦めねぇぇええぇっ!!!」


 テキストが発生。微々たるものでも、体中から温泉のように沸き上がる。

 活力と迫力とともに。


「俺を舐めんなあぁっ!! 誰がラジコンごときに負けるかぁっ!! どっからでも来やがれっ!! くるやつ全部ぶっ飛ばしてやるぜっ!!」


 急に元気になった破門。

 そんなばかな。保健医はそう思った。

 だってテキストはもう底をついたはず。テキストは身体エネルギーと精神エネルギーの合成で生まれる。あれだけの大技をしておいて、身体エネルギーも精神エネルギーもあるわけない。にも関わらず、あいつは立ち上がった。

 雄叫びをもって死の恐怖を払いのけた。

 間違いない天然だ。天才ではない。うん。天然だ。


「さぁっ!! ばっちこおぉぉいっ!!」

 

 破門は両腕を広げた。

 空っぽの器をスコップで掘り進め、掘り進め、掘り進め。やっと見つけた石油の在処。一気に吹き出す。地下に潜った体ごと地上へ運び、太陽が見える。

 覚醒だ。 

 圧巻されつつも保健医は期待の意を込め、笑いながら勢いよく青いボタンを押した。

 寸後、破門の目の前の壁から巨大なラジコンコウモリが迫り出してきた。ちょうど中等部の体育祭であった大玉転がし。その大玉と同じくらいのサイズだ。ブラックな球体に、羽という名の大鎌が取り付けられただけのロボット。あんなもので斬られたら間違いなく大怪我もしくは死亡だ。

 なんだこりゃ、と破門は呟いた。

 けれど、問題ない

 なんでもきやがれ。


「よっしゃぁ……」


 破門は左腕の裾を捲り、肘まで余すところなく貼り付けられた大量の紙を露わにした。

 そしてサウスポーのように大きく振りかぶり。


「行くぜっ!! 鷲津紙わしづかみっ!!」


 破門が左拳を突き出すのと同時に、目の前のコウモリと同じくらいに巨大な紙の腕が出現。それは加速度的に伸び、一瞬でコウモリの球体を包み込む。文字通り鷲掴み。

 ズガンと鈍い音を残して、羽のついたブラック大玉を壁に衝突させる。そして紙を分離してその壁に固定した。


「へっ!!」


 今のは結構テキストを消費する。結局のところ、テキスト量があっても使うそれも多ければ平均的能力者とさほど変わらない。少し派手に能力を使えばあっという間にテキストが底をつく。

 破門は鼻の下についた少々の汗を拭った。

 ちょっとの余裕。それは油断を生む。その発生量の分、裏切られたときの反動は大きい。


「なっ!?」


「甘いですねー」


 羽と思われる大鎌が球体上を駆け回り、破門の紙を一蹴するかのように斬り刻み、ふりほどく。

 そして、ロックオン。

 気持ちもそぞろにその黒が破門の視界を支配した。

 目と鼻の先。そこにもう、黒の世界があった。


「ぐっ!!」


 吹き飛ばされた。さきほどまでいた位置が一気に遠ざかる。ゴロゴロと体が何度も前転と後転を繰り返す。

 幸い鎌の羽に斬り裂かれることはなかったが、ガードの際に衝突した両腕は今のところ痺れて動かない。

 顔を上げると、そこにコウモリの姿はなかった。

 どこにいった、と考える間もなく辺りの影に気付く。

 これは、奴が上にいるということだ。


「危ねぇっ!!」


 破門は飛び込み前転で緊急回避。一秒前まで自分がいた場所の床は砕け、軽く円形のクレーターを形成している。

 間一髪。しかしながら、破門はただ避けたわけではなかった。

 パンと音をたてて印を結ぶ。テキスト発動。


貼紙はりがみっ!!」


 破門の声とともに球体が動かなくなる。まるで縛られているかのように、身動きがとれていない。

 破門はバカにした様に微笑んだ。


「ほほー。避けたときに床に……。なるほどー」


 紙が接着剤の代わりを果たしていた。避ける時に真下に絨毯の如く紙を下に敷き詰め、テキストによって紙の性質を粘着性のある両面テープ、もしくはボンドのようなものに変えていた。

 ただ『鷲津紙』同様、これも多大なテキストを使う。


「さぁて、どーすっかな」


 動けなくしたのはいいが、どう始末しよう。

 一応破壊するほどの威力を持つ技はないこともなかったが、どうもテキストが足りないかもしれない。中途半端に発動したら失敗の上に疲労で動けなくなる。そうしたら根性うんぬんに関係なく、ゲームオーバーだ。

 思慮の上に思慮を重ねる。

 しかし、怪訝にもなっていた顔が一気に血眼気味に崩れた。


「なっ!? 飛ばせるのかよっ!?」


 巨大球体コウモリは、自身の羽を破門めがけてぶっ放した。

 風を斬るスラッシュ。凶器と化した上弦の月。ライトの反射で輝く二翼はもう目の前。


「くそっ!! 盾紙たてがみっ!!」


 破門は若干麻痺しかけている左手を前に突きだし、その平を羽と対峙させる。そして台風のように勢いよく紙達が巨大な盾を形成する。

 ガキン、ガキンと二つの衝撃。一線の火花が幾つも散る。方向を違えた二つの羽は破門を過ぎ、後方の壁のやや上の方に刺さった。

 しかしそれを確認できるほど、破門に余裕はない。


「まじかよっ!!」


 盾と破門の胴体、その中間辺りの床が開き、高速のラジコンコウモリがアッパーのように破門を襲う。

 反射神経フル動員でギリギリ回避。頭を後方へ反らす。

 それでも羽の射程圏内に変わりはなく、破門の右頬はペンで描いたかのように、一本の赤い傷跡ができてしまった。


「ちっ!! 下からとかっ!!」


 仕返しに、紙をナイフにしてコウモリをしとめた。

 噴き出した血を拭う。今ので復活したテキストを使い果たしてしまった。

 腕が痛い。袖が血で滲む。心臓が連打している。

 疲労困憊。まさにそれだった。

 はぁ、はぁ、はぁと息を荒げて。


「うおっ!!」


 背後のツインナイフに気付く。

 盾紙で弾き、壁に刺さったそれが一度旋回し、再び破門に襲ってきたのだ。

 テキストが蘇らない。

 紙でもう対処できない。

 ならば。それなら。すっとこどっこい。


「うほぉぁっ!!」


 アホみたいな声をあげて破門は地面と水平になるように飛び込んだ。目指すは切っ先の狭間。生きる可能性。扇風機のウイングに当たることなくビー玉をすり抜けるさせるかのよう。

 破門は二つの乱雑に変化する隙間にタイミングよく飛び込み、何とかそれを回避したのだ。

 もうこれは奇跡体験。


「はぁ、はぁ、はぁ、あ、危ねぇ」


 『貼紙』の効力が消えた。

 やつが動き出す。帰ってきた羽を備え付け、再び破門を襲いにやってくる。

 多分避けられない。止めることも出来ない。

 こんなところでようやっとカル校の怖さを滲むように理解した。

 そりゃ昔死ぬ生徒もいたわけだ。

 破門は目を瞑った。

 そして蘇る『あの日の記憶』。度の高い眼鏡をつけたようにボヤケる、その視界。ボケボケの世界で、その目が捕らえたのは一人の男。


————愛。分かるか。


 遠い記憶。家族を知らないけど、いや、家族を知らないから、目の前の男は家族だと思いこんだ。

 顔が見えない。そこが頭部なのかも分からない。そもそもこれは俺の視界なのか。それすらピンとこない。


—————腕力。財力。権力。それよりもっともっと大切なこと。


 頭の中で言葉が紡がれる。俺の言葉じゃないが、俺の言葉のように近く感じる。


————それはな。


 破門は括目した。そして巨大ラジコンコウモリを睨む。

 テキストが無いって? そうかい。だからどうした。

 やってやる。こんなとこで死んでたまるか。

 瞬時に巨体が動き出す。一コンマで縮まる距離。ゼロ距離でもなお、破門はバカにしたようににやけた。

 そして。


「うぉぉぉおおらぁぁっ!!」


 史上最強の頭突き。

 かつてないほどの衝撃。

 靡く黒の髪と制服を押し退け、ゴゥンという低音が唸る。

 噛みしめた奥歯。瞑らぬ瞳。踏ん張る両足。全身のあらゆるパーツがその石頭に精力を注ぐ。

 刹那、割れたのだ。

 大丈夫。

 コウモリの方が。

 鈍く剥がれたその球体は、ボキンボキンと汚く二つに分かれる。


「はぁ、はぁ、はぁ、へっ!! どんなもんだ……」


 ボヤケた男の言葉が、痛くも心地よく胸に響く。


————諦めない気持ちだかんな。


 破門は歯を豪快に見せて笑い、胸に拳をドンとあてがった。

 そして霞んだ記憶にガッツポーズを決めた後。

 フラッ。

 そしてバタッ。








では。

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