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招く家  作者: 雲井咲穂
9/19

日が暮れる前に



 あれこれと話を聞いているうちに、気づけば夕方になっていた。

空はすでに薄暗く、沈みかけた夕日が西の空を赤黒く染めている。



 洋子さんを見送り、家の鍵を預かった雄介先輩は、眉間に深い皺を寄せたまま玄関先に立ち尽くしていた。

普段の飄々とした態度とは打って変わって、深刻な顔をしている。



 無理もない。



 この家に足を踏み入れた瞬間から、偶然とは思えない不穏な出来事が重なり続けている。

 それは、俺も同じだった。



「日が沈む前に、さっさと機材配置しちゃわない?」



 重い空気を振り払うように、日野さんが軽い口調で提案する。

 俺たちがホームセンターから戻ってきたタイミングだった。

 車の後部座席には、持ち込んだ機材の黒いバッグがずらりと並んでいる。



 リビングの座卓の横にも、すでにいくつか積まれていたはずだ。

 ざっと見ただけでも、かなりの量だ。



「ちょっと、雄介ちゃん。これ、さすがに持ってき過ぎなんじゃない?」



 日野さんがタイルの上に屈み込み、黒いバッグのジッパーを一つずり下げる。

 バッグの中には、小型カメラ、モーションセンサー、赤外線カメラ、調査用の道具がぎっしり詰め込まれていた。



「これ全部開いて設置するの? 冗談でしょ」



 呆れたような声を上げる日野さんをよそに、雄介先輩は仁王立ちのまま、堂々と宣言した。



「日野。俺たちのモットーを忘れたのか?」

「……はい?」

「やらせを感じさせない、細やかな検証! それが心霊調査団『あやかし』のモットーだろうが!」



 力強く言い放つと、雄介先輩は迷いなくバッグを二つ抱え、家の中へと消えていった。

 日野さんは大きくため息をつき、うんざりしたように肩をすくめる。



「はー……もう嫌だー。うちの大将ってば、やる気ばっかで嫌になっちゃう」



 そう言いながらも、結局四つほどのバッグをまとめて持ち上げた。意外と力持ちらしい。

 一歩、二歩、と歩き出したところでふと思いついたように振り返る。



「……あとはこっちでやっとくからさ。君、えっと」

「谷山です」

「ああ、谷山君。ホテルに戻って、何か食べておいでよ。まだ会ってないメンバーもいるだろうし、長旅だったんだから、少し休んだら?」



 そして、少し冗談めかした口調で続ける。



「ついでに、僕たちが帰るまで――雪ちゃんの機嫌を直しておいてくれたら嬉しいな」



 日野さんは、人差し指を頭の後ろからひょこひょこと飛び出させながら、鬼の角を表現してみせる。



「雪乃さん、今こんな感じだからさ」



 冗談めかして笑うが、その目はどこか怯えていた。



 俺が「いや、手伝いま――」と言いかけると、日野さんはすかさず手をひらひらと振って制した。



「大丈夫、大丈夫。慣れてるし、すぐ終わる。それに、さっさと設置して早くホテルに帰りたいから、足手まといは御免なんだ」



 にこやかに笑いながら、自分の肩に手をかけ腕をぐるぐると回して俺を促す。

 なんとなく釈然としない気持ちで踵を返そうとした。


 その時だった。


 ガシャンッ。

 鋭く響く破壊音。



「は?」

「え?」



 俺と日野さんは、ほぼ同時に声を上げ、ゆっくりと振り返る。

 玄関のたたきに、砕けた翡翠色の破片が散らばっていた。



 その中央には、割れた香炉の本体が無惨な姿を晒している。

 淡い薄緑色の陶器、表面には中華風の文様。



 確かこれは洋子さんが「前の前の住人が置きっぱなしにしていたもの」だと言っていた。



 けれど、誰も触れていない。

 後ろに誰か――雄介さんがいて、ぶつかったわけでもない。

 なのに、どうして──?



「バランスの悪いところに置いてたのか?」



 日野さんが首をかしげる。

 が、そう言った矢先、



「うわぁああああああああああああああ!!!」




 家の奥から、耳をつんざく絶叫が響いた。





 ──雄介先輩だ。





 普段の軽い調子の彼からは考えられないほど、恐怖と慌てた響きが混じった悲鳴。



 俺と日野さんは、お互いに顔を見合わせる暇もなく、反射的に声のする方向へ駆け出した。


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