古いのに「新しい」(1)
それから、とさらに話を続けようとした洋子さんを、さすがの雄介先輩が遮った。
あまりにも話が多すぎる。作り話ではないかと思えるほどの数だったが、その一つ一つがまるで体験してきたように鮮明で、話を聞けば聞くほど脳裏にその映像が浮かんできた。
「うわぁ」と顔を顰めたのは雪乃さんだ。
小さめにコピーされた図面をノートの横に広げ、雄介先輩は洋子さんの話の内容を簡潔に場所ごとにメモしていた。
玄関先で立ち尽くす親子。
階段から逆さにのぞき込む少年の姿。
脱衣所前のホールにすっと消える黒い影、足首のようなもの。
先ほど洋子さんが茶を沸かしてくれたキッチンはかつて洋室だった場所で、そこには勝手に音が鳴るピアノ、呼びかけるおじさんの声、勝手に開く扉がメモされていた。
図面はリフォーム前のもののようで、洋室の隣に「和室」と書かれている。和室の下には「寝室」とメモ書きがあり、見ると、縁側が和室をぐるりと二方向に囲んでいるのが分かった。
俺が玄関に入ってすぐ真正面に見た和風の木の扉は、昔は縁側へ入るための扉だったようだ。縁側の内側には寝室の和室と床の間があり、床の間の横には小さな収納があった。おそらく仏間にする予定だったのだろうと思う。
「お仏壇はないのですか?」
俺が聞くと、洋子さんは静かに頷き、こう説明した。
「父は次男坊で、本家のお仏壇は伯父夫婦が管理しています。今は従兄が管理していて、私は一年に数回手を合わせに行くだけです。母方のお仏壇は母の姉夫婦が管理しているため、私の家に仏壇はありませんでした。父が先に亡くなったのですが、そのすぐ母もあとを追うように続けざまに亡くなってしまったので、この家に仏壇を置いたことはありませんでした」
「位牌はどなたが管理を?」
「本当は兄が管理するはずだったのですが、十年ほど前から海外に赴任しているので、私が自宅でお線香をあげています。両親も兄が海外で家を建てていることを踏まえ、自分たちの死後、仏壇は妹の私に管理して欲しいと言っていましたし、私にも異論はありませんでしたから。最近は床の間のないお宅も多く、洋風の部屋にマッチするようにお仏壇を置けるそうで、両親はそのつもりで和室を洋室に変えたそうでした」
「なるほど」
洋子さんはそう言いながら、図面の中の和室のあった場所をじっと眺めていた。確かに図面では床の間の横に収納棚がある設計になっている。
「それが十年ほど前になるんですか?」
「そうですね。もうちょっと前かもしれませんが、それくらいかと思います」
「どうかしたのか? 何か気になる点でも?」
雄介先輩が眉をひそめて俺を見た。
俺は洋子さんの背中越しに見えるキッチンや、ほとんど何もなくなった作り付けの棚、そして床を見渡しながら頷いた。
雄介先輩は今度、手帳をぺらぺらとめくり、大きくバッテンの書かれたページを開いた。名前の横にチェックがあり、小さなメモで「不通。所在なし」と書かれている。
「二件目の不動産屋さんは家を貸すより、家を中古物件として売るのはどうか、と提案してくださいました。こんな家でも売れるのかと不安だったのですが、場所もいいということで、それなりの値段になるのではないかと教えてくれました」
けれども結局売れずに一年が経過し、その不動産屋さんがこの地域を撤退するということで三件目の不動産屋さんに至った。最後の不動産屋さんは家の外観を見て、これはもう潰して土地だけ売った方がいいと言ったのだが、その話をした翌日、近くの海で遺体として見つかったのだという。
「え?」
突然血なまぐさい話になり面食らった俺は、雄介先輩、そして洋子さんを交互に見た。
「現在は管理される不動産屋さんがいないため、再び私が管理しているのですが、それまでこの家には一回も立ち入ったことがありませんでした。その間人も出入りしているからハウスクリーニングももちろんありましたが、それでもこんなにきれいな状態だとは思いませんでした」
そう、洋子さんは締めくくった。




