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招く家  作者: 雲井咲穂
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この「家」で起きる怪異についての話




 

≪洋子さんの話≫




 最初に異変に気づいたのは、洋子さんではなく、現在は海外在住の兄・Tさんだったという。



 洋子さんもTさんも、霊が見えるとか声が聞こえるといった能力はなく、当時はただ心霊番組を面白がって観る、普通の子供だった。



 そんなある日。Tさんが、今はキッチンになっている当時の洋室で遊んでいた時のことだった。



「おぅーい」



 何の脈絡もなく、突然誰かの声がした。



 Tさんは手を止めた。家には誰もいないはずだった。



 父は仕事で不在。母も、まだ幼かった洋子さんを連れて、近くのスーパーへ買い物に出ていた。つまり、この家にはTさん一人しかいない。



 線路を組み上げ、電車を走らせるおもちゃで遊んでいたTさんは、わずかに首をかしげた。気のせいかと思い、また遊び始める。



 しかし。



「T」



 今度は名前を呼ばれた。さっきよりも少し近い。しゃがれた、おじいさんのような声。



 Tさんは、一瞬、祖父が遊びに来たのかと思った。だが、声がすぐそばで聞こえたわりに、そこには誰の姿もなかった。襖の閉まった和室から人の気配はせず、リビングの方にも誰もいない。



 違和感を覚えたTさんは、玄関へ向かった。



 もしかしたら、誰かうちに来たのかもしれない。――そう思って、磨りガラスの向こう側をのぞき込んだ。



 しかし、誰もいない。



 日差しは明るく真昼だったという。



 その時だった。



「おぅーい」



 すぐ後ろから、左の耳元で、声がした。



 Tさんは悲鳴を上げて玄関を飛び出し、震えながら、外の犬小屋の近くで母の帰りを待っていたそうだ。





*****





 またある日、こんなことがあった。



 洋子さんが中学三年生の頃の話だ。



 二階の自室でラジオを聞きながら受験勉強をしていた時、ラジオが妙な音を立て始めた。



 それまでは滑らかに聞こえていた音声が、急に音質が変わり、砂嵐のような音が部屋中に響き渡ったのだという。



 もちろん、その部屋には洋子さん一人で、ラジオの周波数をいじったり触ったりもしていない。



 そもそも、そのFMラジオは家の中で唯一、はっきりと電波を拾えるもので、これまで一度も自動で設定されたラジオ番組に不具合が起きたことはなかったのだという。



 丁度その時期は夏で、時刻は一時を回ったあたりだった。



 夏らしい番組内容で、DJが実話怪談を読み聞かせている途中の出来事だった。



 結局、怪談が終わるまでラジオは不具合を続け、番組が終わるころになってようやく元の調子に戻ったという。



 洋子さんはきっと、ラジオの電波が一時的に寸断されたのだろうと思うようにしたが、それ以来、同じ現象は二度と起きていないのだという。



*****




 別の年のことだ。



 洋子さんは夜中、好きなアイドルの番組を見終わり、部屋でCDの整理をしていた。



 当時はストリーミングサービスでアーティストの曲をダウンロードして聴くような時代ではなく、レンタルショップで借りたCDをパソコンやラジカセを使ってMDミニディスクに焼き付ける作業が必要だった。



 洋子さんも例外ではなく、お気に入りの曲をディスクに焼き付けていた。



 時刻は深夜二時を回り、そろそろ寝ようと思い、寝支度を整えた。



 一階に降り、洗面室で歯を磨いているときのことだ。



 洗面所の開けっ放しの引戸の向こう側、真っ暗なホールを、細長く黒い影がスッと通り過ぎたという。



 洋子さんは鏡を見ていて、直視はしていないが、目端の隅で確かに、真っ黒で細長い誰かの影がふわっと通ったのを感じた。



 その影が通ったのが分かった理由は、十二月なのに妙に湿っぽく、生臭いような空気の匂いが鼻を掠めたからだという。



 洋子さんははっきりと姿を見たわけではないようだが、印象は鮮明だった。



 今でも時々、ホールに立つと同じ匂いが香る時があるという。



 一方で、兄のTさんは事情が違った。



 ある時、二階で眠っていると、壁の方から「ガリ、ガリリ」と奇妙な音が聞こえ始めた。



 隣の洋室は洋子さんの部屋で、和室の方をTさんが使っていた。



 夜半を過ぎ、ふと目が冴えたTさんは、自分が寝ていたベッドの位置を確認した。



 そのベッドは洋子さんの部屋と接する壁の真反対側にあり、左手には壁と窓、足元には大きな掃き出し窓があって、ベランダに繋がっていた。



 けれど音はどうやら右手側から聞こえてきている。



 やがてその音は、まるで時計の針のカチコチ音のようにくっきりと耳に響き、Tさんは苛立ちを覚えた。



 感情に任せて自室を飛び出し、洋子さんの部屋の扉を開けて「うるさいから静かにしてくれ」と怒鳴った。



 しかし、部屋は真っ暗だった。



 そこには誰もおらず、洋子さんの姿も見当たらない。



 音が聞こえた場所は、部屋に入ってすぐの正面、入り口付近だったのに、洋子さんのベッドは部屋の奥の左手に置かれていた。



 Tさんは真っ青になり、階段を駆け下りて玄関を通り過ぎ、廊下の突き当りにある磨りガラスの扉を開けてリビングに走った。



 リビングは真っ暗だったが、妹の洋子さんがゲーム機を片手にソファで爆睡していたという。



 Tさんがその日、耳にした「音」は、まるで女が長く伸ばした爪でガリリ、ガリ、と聚楽を削り取るような奇妙な音だったという。



 父はネズミの仕業ではないかと笑ったが、薄い壁を通して、そんな小さな音がくっきりと聞こえるものだろうか、とTさんは今でも疑問に思っているという。






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