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招く家  作者: 雲井咲穂
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家の中



「お邪魔しまぁす」



 玄関に足を踏み入れると、すっきりと片付いた空間が広がっていた。白い壁に明るい照明が映えて、清潔な印象を受ける。どこか懐かしい木の香りに混じって、わずかに埃っぽさと土の匂いが鼻をかすめたが、不快というほどではない。



 目の前には、テトリスのブロックを思わせる彫刻が施された個性的な扉がひとつ。その左手には二階へ続く階段が伸びている。階段の向かいには廊下を挟んでステンドグラスがはめ込まれたおしゃれな扉があり、小部屋になっているのがわかった。廊下の突き当たりには磨りガラスの扉が一枚。そこにも部屋があるようだった。



「おい、谷山。トイレならこっちだ」



 きょろきょろしている俺をからかうように、雄介先輩の声が届いた。顔を向ければ、玄関入ってすぐ右手の白い扉がトイレだと聞かされた。



 雪乃さんが一番最初に靴を脱ぎ、続いて雄介先輩、最後に俺が入る。後ろ手に玄関の引戸を静かに閉めると、先輩に問いかけた。



「残りのメンバーを待たずに中に入って大丈夫なんですか?」



 玄関の(かまち)は意外と高く、足を大きく上げなければ上がれないほどだった。横には小さな足台があり、壁にはL字型の手すりが取り付けられている。足の不自由な高齢者が使いやすいよう配慮されているのがわかる。



 先輩は玄関の左手、靴箱の上にある薄緑色の置物を勝手に手に取ると、不思議そうに眺めた。



「先輩」

「あ?」

「日野さんとか、他の人も来るんですよね? 俺たちが先に入ったら、中に入りにくくないですか?」



 先輩は置物を元の位置に戻し、軽く肩をすくめた。



「大丈夫だ。日野以外のやつらには、こっちに着いたら近くのビジネスホテルに直行して準備するように言ってある。日野はどうせ、どこかで昼寝してるだろうし、放っておいていい」



 そう言って玄関に腰を下ろし、脱いだ靴を整える。ちらりと背後を見ると、先に家へ入った雪乃さんが、トイレを背にして廊下の奥に視線を送っていた。



「どうした、雪?」



 先輩の声が微かに緊張を含む。俺もつられて、先輩の肩越しに廊下を覗いた。



 突き当たりには、レトロな木枠の磨りガラスの扉。戸の上には真四角の額縁がかかっており、何か文字が書かれている。廊下の長さは大人の足で五歩ほど。奥の扉から滲むように淡い明かりが広がっていたが、特に異変は感じられない。



「んー……。別に、なんでもない」



 雪乃さんはパッとこちらを振り返り、いつも通りの笑顔を見せた。



「今日は寒いね」



 指先をこすり合わせながら、何事もなかったようにリビングへと続くテトリスっぽい扉を開ける。黒いパーカーの背中が左へ消えていくのを見送りながら、俺は先輩に尋ねた。



「雪乃さんって、幽霊見えるんでしたっけ?」

「くっきり見えるわけじゃないが、影みたいな靄が見えることがあるとは言ってる。大体そういう時は、機械も反応するからな。たぶん、本当なんだろう」



 機械。



 自分の手元にある黒いバッグの中身を思い出す。背負っているバックパックには私物が入っているが、車から運び込んだ機材の中には、三脚や計測機器が詰まっているらしい。実際にどうやって調査するのか、ぼんやりと興味が湧いた。



 そんな俺の気持ちを察したのか、あるいは気づいていないのか、先輩はさっと立ち上がり、黒いボストンバッグを手に取る。そして、雪乃さんの後を追うようにリビングへ向かっていった。



「おぅーい」



 リビングの方から先輩の声が響く。



 慌てて俺もその後を追った。


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