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招く家  作者: 雲井咲穂
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心霊調査団「あやかし」



 アプローチには雑草が生い茂り、ぺんぺん草のようにあっちへ揺れたり、こっちへ揺れたりしている。長らく草刈りがされていないことが、一目でわかった。



「この場所、わかりやすいって聞いてた割に、結構迷ってしまって」



 帽子の角度を直しながら、俺は赤い煉瓦が敷き詰められた階段を上る。



 白いフェンスの先に進むには、地面より子供一人分くらいの高さの段差を越えなければならない。土地が海抜より低い地域で見られる工夫だが、必然的に老人には住みにくい段差まみれの玄関口になってしまう。



 玄関へと続く階段は三段ほど。



 そこを昇り、開け放たれたフェンスを押しやりながら左右を見渡すと、左手にプロパンガスの細長い缶と、円筒形のドラムのようなものが見えた。



 その奥には、コンクリートが打たれた小さな空きスペースがある。だが、そのコンクリートはヒビだらけで、苔や雑草が縦横無尽に広がっていた。打ち捨てられた水色のホースが、草むらの中でとぐろを巻いている。



「おいおい、慶太。インターチェンジからまっすぐだろう? どこをどうやったら迷うんだ?」



 雄介先輩は呆れたように俺を見つめ、「方向音痴め」と笑った。



「お兄ちゃん、機材ってこれで全部だっけ?」

「うわっ!」



 ひょこっと小柄な女性が右手側から顔をのぞかせた。この家の駐車場に大きな黒いバンが止まっているとは思っていたが、まさか人が出てくるとは。



「あ、谷山君。ども」



 おっす、と敬礼のような形で白い手を閃かせたのは、雄介先輩の二つ下の妹、雪乃さんだ。肩口で前下がりに切りそろえた黒髪が艶やかな、ほっそりとした美人で、左目の下にほくろがある。雪乃さんは俺より一つ年上で、同じ大学に通っていた憧れの先輩でもあった。



 雄介先輩の動画配信の仕事を手伝っているとは聞いていたが、看護師の仕事はどうしたのだろう?と小首を傾げる。



「てかお兄ちゃん。什器は重いから日野ちゃん達と運んでよねー。定点とかカメラとかならいいけど、さすがにベースに張る机とかはやだよ」

「あ。今回は机とかいらないから。泊まらないし」

「えー! 早く言ってよ! 持ってきちゃったよ!!」




 信じられない、と大声で文句を言いながら、雪乃さんは後部座席のドアの向こうに体を潜り込ませた。青いジーンズがしなやかな脚部にフィットしていて、眩いばかりの弾力を想像させる。慌てて目を逸らし、俺は無表情を何とか装って視線を先輩の方に戻す。



「雄介先輩。日野さん? とは?」

「あ、そうか。お前初めてだもんな、うちのバイト。えーっと、日野っていうのは」

「僕のことでぇーす」



 ヤッホー、と軽妙な口調で現れたのは、黄色のジャンパーを肩に引っかけた若い男だった。年のころは先輩と同じか、少し下くらい。落ち着いているとはとても思えない軽い口ぶりで「はじめましてぇ」と片手を差し出してきた。



「僕が日野です。日野聡。現在彼女募集中の二十八歳で、心霊調査団『あやかし』の撮影担当兼、取材交渉係でぇす。よろしく!」



 ぶんぶん、と握り返した俺の手を容赦なく上下させながら、日野さんは人懐っこい笑顔を見せた。


 悪い人ではなさそうだが、行動も口も軽そうだな、と心の中で感想を漏らす。ブリーチがかかった明るい金髪のような頭髪を少しだけ長めに伸ばしていて、露出している左耳にはパッと見ただけで五個以上もピアスがつけられていた。目の色は青いので、おそらくコンタクトだろう。



 彼が今口にした心霊調査団「あやかし」というのは、木村さんが作ったオカルト系の動画配信チャンネルの名称である。



 調査という名目で仕事の合間、全国各地の心霊スポットを巡って「ゾッとする」動画を撮影することに苦心している。拠点は東京で、今回は依頼によりかなり足を延ばしてH県まで訪れたのだった。



 心霊調査団「あやかし」は定点カメラやサーモグラフィー、トリフィールドなどの機器を使いながら、幽霊の存在を視覚的、あるいは音声という形で捉えるため活動を続けている。文明の利器を使いながら「不可解な現象を」検証、調査することを目的にしているのである。最近ではコアなファンがついていて、ライブ配信をすればすかさず来てくれたり、SNSで呟けば反応をしてくれる人も現れ始めた。



 先月ようやく登録者数が一万人を達成したということだが、再生数に伸び悩んでおり、収益はかなりいまいち。そもそも本業の合間にしかできないので、ガッツリ遠征するのは今回が初である。いつかは100万人登録以上の超有名心霊動画配信者として有名になりたい、と先月言っていた。」



「よろしくお願いします。谷山と言います」

「いやぁ。フレッシュな新人っていうのは、いつの時代も本当に必要だよね!」



 日野さんもかなり若い部類に入るんじゃぁ、と俺は雄介先輩を見たが、彼は素知らぬ顔のままあらぬ方向を向いていた。


「そういえば、谷山君はうちのチームの事務をやってくれてたんだっけ?」

「あ、はい。ちょっとした領収書の整理とか、帳簿付けくらいなんですけど」

「いやぁ。本当に助かるよ。数字に強い人間がいるって、本当に心強いよね。ところで、現場で撮影隊として参加するのは初めてなんだよね」

「……はい」



 俺は一ヵ月前、八ヶ月しか務められなかった建築会社を辞めたばかりだった。一応自己都合の退職、ということになっているのだが、上司からのパワハラや客からのカスハラによって精神と体調を崩し、自暴自棄になっていたところを、雄介先輩とたまたまばったり街で出会った。先輩は「久々に飲みに行こうぜ」と誘ってくれ、バイト代程度だけど、とバイトを斡旋してくれた。



 先日までは経理の計算など事務的な部分で簡単な仕事を請け負っていたのだが、今回は人手が必要ということで撮影サポート兼記録係として招集された、というわけだった。



 というのも、この家――。



 先輩によると、かなりヤバイという話だった。






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