ホテルで合流
「おっかえりー! 待ってたよーん!」
パーンッ! と目の前でクラッカーが弾け、俺はその場に固まった。ほぼ同時に、バタンッと背後で部屋の扉が閉まる。
「か、金田さん……?」
「んもぅ! 美知佳って呼んでいいよぉーって、いつも言ってるでしょ!」
もこもことした長い毛足のトレーナーのような上着に、超ミニのショートパンツという軽装の女性が、俺の目の前でうふんと微笑んだ。黒縁のメガネをかけた彼女は、どこか色っぽい雰囲気を纏っている。「あやかし」のメンバーの一人、金田美知佳さんだ。
「おー。美知佳、もう来てたのか」
俺の後ろで扉が開き、どかどかと雄介先輩が入ってくる。通路の端に避けると、先輩はまっすぐ部屋の奥へと進んでいった。
「そーんなところで突っ立ってないでさ、こっちにおいでよ。部屋、広いよぉ」
くふふ、と笑みを深めながら、美知佳さんが雄介先輩の背中を視線で示す。
部屋は確かに広かった。
ビジネスホテルに泊まると聞いたときは、いくつかの部屋に分かれて宿泊するのかと思っていた。だが、そうではなかった。女性陣だけが一階下の二人部屋を使い、俺たち男性陣は打ち合わせや動画編集、そして宿泊までをすべてこの部屋で行うらしい。
ホテルで最も広い部屋──最上階のセミスイートを、俺たちは調査期間中まるまる使用することになったのだ。一体、この費用を誰が捻出しているのか不思議だったが、雄介先輩が「資金のアテはある」と言っていたので、取り敢えず気にせず使わせてもらうことにする。
二十畳ほどの広々とした部屋の壁際には、シングルベッドが四つ並び、大きめのベッドソファが一つ隣接していた。中央には少し大きめの円卓のようなテーブルがあり、その周囲には数脚の椅子が置かれている。壁際には鏡付きのドレッサー、テレビ、小型の冷蔵庫、金庫などが備え付けられていた。その横の黒いゴミ箱には、くしゃくしゃになった白い紙がいくつも丸められ、既に落ちている。
「あぁーあ。私もこっちの部屋がよかったなぁー」
ぐーんと両手を頭上に上げて伸びをした美知佳さんが、ソファにしなだれるように倒れ込み、息を吐いた。近くのテーブルの上には、使っていたのだろうパソコンが二台、画面を光らせて存在を主張している。
「野郎四人が二人部屋で寝れるわけねぇだろうが」
「はーい、乱暴な物言いにテンションがひたすら下がるー。到着してからずーっとモニターチェックしながら編集してた私の苦労を思い知って欲しいわぁー」
「え? 美知佳さん、ずっと仕事してたんですか?」
俺は荷物を手近な床に置きながら、美知佳さんのほうへと歩み寄った。
彼女はゆっくりと腕を上げ、机の上のパソコンを指差すと、パタリ、と力なく指を下ろす。
「全部じゃないけど、各部屋に小型のカメラ設置したでしょ? あれ、監視カメラだからネット環境さえあれば、常時いつでもどこでも部屋チェックできるんだよねー」
うふふふーんと笑う。
「本当はスマホ使って全部屋同時にライブ配信してもいいかなーって思ったんだけど、そうするとスマホの手数が必要だし。まず初日は、カメラで観察して、その後異変が起きそうな部屋があれば重点的に調査。その部屋のみをライブ配信でもいいかなって思ったんだよね」
動画一本作るにも、たくさんカメラがあると情報過多になってしまい、取捨選択と編集が大変になるからさー、と繋げる。
「そっか。撮影した映像の全部が使えるわけじゃないんですね」
「そそ。現に二か月前に行った、あの現場。えーっと?」
「うわー。相変わらずひどい有様っすね、美知佳さん」
缶コーヒーどうぞー、と現れたのは、いつの間にか部屋に入ってきていた日野さんだった。美知佳さんに缶コーヒーを差し出しながら、のんびりと笑っている。
「お、気が利くじゃないの、後輩君」
「ありがと」と受け取ってプルタブを開け、美知佳さんは一つ頷いてから話を進めた。
「二か月前、峠の空き家の検証したでしょ? あそこも結構日数かけて撮影したにもかかわらず、ほぼなーんも起きなかったでしょ? 音は入っていたけど、野鳥の声やら猪の足音だったり。人っぽい何かが映り込んだり、声が入っているっていうわけでもなかったし」
彼女の話によると、せっかく撮影しても「撮れ高」的なものが何一つない場合もあるらしい。たまたま撮影した写真に白っぽい線のようなものが走ったとしても、それは虫かもしれないし、動画撮影中に白いオーブ──人魂のような丸い物体──がいくつも映ったとしても、それは埃だったりするという。
心霊現象を目に見える形で撮影するのは、意外にも大変なのだと知らされ、俺はゾッとした。
「っていうことは、あれだけ設置した機材も……」
「そー! よくわかりました、大正解! まったく何も撮れない! っていうこともあるんだよねー」
「そ、そんなぁ……」
結構な大荷物を四苦八苦しながら運んだり、指示されながら設置したのに。がくりと肩を落とした、その時だった。
「嘘だろ」
部屋の奥で窓の外を見ながら誰かと電話をしていた雄介先輩が、低く呟いた。その声は、くっきりと耳に届く。
俺たちは、そろって先輩の方を見つめた。
先輩は通話を終えると、窓を背に俺たちを振り返り、こう言った。
「参加予定の土屋の乗った車、事故に遭って、今救急搬送されたそうだ」




