物置になっている部屋
雄介先輩は棚の下敷きになっていた。
その姿を見た瞬間、俺の喉は引きつるように固まった。
薄暗がりの中、先輩はまるで埋もれるように転がっている。
幸い、棚の中は空で、ガラス戸もついていなかったため、大怪我には至らなかったようだ。
だが、それよりも──この光景に、妙な違和感が拭えない。
おばあちゃんの家でよく見る、木目調のプリントが貼られた簡素な食器棚。
経年劣化で端は黄ばんでめくれ、背板は薄いシート張り。
そんな軽そうな棚が、どうして人を押し潰すほどの勢いで倒れたのだろうか。
「先輩、大丈夫ですか⁉」
俺は駆け寄り、思わず先輩の肩を掴んだ。
「……うん。ちょっとビビったけど、大丈夫」
呻くように答えながら、先輩がわずかに顔を持ち上げる。
日野さんと二人で棚を起こすと、先輩がゆっくりと這い出してきた。
その足元には、ホコリまみれのタオル。
剥がれかけた棚板の隙間から、何かの虫の死骸が覗いている。
部屋に漂う、澱んだ空気。
湿った埃っぽい匂いが鼻を突いた。
ここは、あの廊下の突き当たりにあった、磨りガラスの戸の部屋だ。
生前の家主の父親が使っていたというが、今では物置と化している。
「いやぁ、びっくりしたね」
日野さんが安堵混じりに笑う。
「まさか食器棚が先輩に倒れてくるなんて思いませんでした」
「悪い悪い。部屋の奥に進むときに服に引っかけたっぽいんだわ」
先輩が苦笑し、ガリガリと髪をかく。
話によると、定点カメラを設置するスペースを確保しようとした際、入り口で斜めに傾いていた食器棚の突起に服が引っかかったらしい。
さらに、足元に転がっていたタオルを踏み、バランスを崩した拍子に近くの棚に手をつこうとして失敗。
結果、棚が背中に倒れてきたという。
──それにしても。
「……偶然にしては、タイミングが良すぎます。コントじゃないんだから」
俺が呟くと、日野さんが小さく頷いた。
確かに、偶然と片付けるには出来すぎている。
誰もいないはずの部屋の奥で、何かが見ていたのではないか……そんな嫌な感覚が拭えない。
その時。
ヴヴヴ、ヴヴヴ──。
不意に振動音が響いた。
「っと、電話だ」
雄介先輩が俺たちに背を向け、スマホを取り出す。
俺はふと、部屋の奥へと目をやる。
静まり返った薄暗がり。埃がゆっくりと漂い、どこからか微かな湿った匂いがした。
「……ああ、わかった。じゃあ、鍵をかけたら全員連れて合流する」
電話を終えた先輩が振り返り、白い歯を見せて笑う。
「よかったな。増員だ」
けれど、その背後──。
棚の影が、ほんの僅かに揺らいだ。
俺は瞬きをする。
(……気のせいか?)
だが、まるで見られているような、そんな視線の感覚だけが背中に残り続けた。
俺と日野さんは、どこか釈然としない表情で、無言のまま先輩を見つめた。




