魔族失踪事件③ おとり作戦
はるか昔、テラの大地に神が降り立ち、人類を支配した。
神は己に似せて作った使いを監視役に置き、テラの大地を天蓋の中に閉じ込めた。
己の利のため、繁栄のために。
それから幾許もの時が過ぎ、人類がその支配の痛みさえも感じなくなってしまった頃、1人の男が反旗を翻す。
これは、真の自由と解放を求める、神殺しの物語。・・・に、不幸にも巻き込まれた魔族たちの物語。
ここら一帯はかつて鬼人族の集落だった。
鬼人族はその強さ故、
古来から要人の警護や戦を生業にしてきた。
その力にあやかるため、獣人族や鳥人族など、
他の部族も次第に集ってきて大きな街になった。
寄せ集めの街をひとまとめにしたのが、
先々代の鬼人族族長である曾祖父の八咫一だった。
彼は成り行き任せに固まっていた魔族の暮らしを
ひとつひとつ整えていき、
都市と言えるものにまで発展させた。
彼の功績を称え、
この魔族の街は八咫の国と名乗った。
八咫がここまで順調に栄えたのは、
豊富な水源と優れた治水技術によるものだ。
大陸の中央を走るハーネス山脈から流れる豊富な雪解け水が国の中央を流れており、
それを中心に暮らしが成り立っている。
さらに地下には下水道を整備しており、
街は衛生的な管理が行き届いている。
このおかげで、長い歴史の中で疫病のまん延は起こっておらず、
小さな街は大きくなっていったのだ。
この下水道は人口の増加に伴い一度更新されており、
旧下水道は取り壊しされることなく地下に取り残されたままだった。
不幸にも、魔族の国の繁栄を支えた治水技術の結晶が、
今回の魔族失踪事件の舞台となってしまったようだ。
まあ、ところで・・・
「どうしてこうなった!」
フレンチの提案でおとり作戦を決行することになったのだが、なんでだろう。
なんで僕は、
ロン毛のカツラにベージュのスカート、
そして白のブラウスを着ているんだ。
フレンチなんか、
ピッチピチのスキニーにチューブトップだ。
ギャルか?
ピッチピチ加減は俺も同じだが、何はともあれ、
僕は女装する羽目になった。
「これ絶対いけるって!」
フレンチは自身満々だ。
彼はどこからともなく女ものの服を持ってきて、
当たり前のように僕に手渡した。
姉ちゃんの服だ、とは言っていたが、
身内に服で女装するのは、なんだか感じるものがある。
「今回の失踪者のほとんどは女性だ。女装して、旧下水道ルートをぶらついてれば、犯人に出くわすはずだ」
「良い考えだねフレンチ!ホレホレ、ジンも早速着てみなよっ」
リストはニヤニヤが止まらない。
こんな状況にも関わらず2人はノリノリだ。
まぁ、鬼人族の男がほっつき歩いていたところで
さらわれる可能性は低いに違いない。
リンのため、リンを救うためだ。
この代償はいつか払ってもらうぞフレンチ。
「じゃあ、ジンは俺と一緒に行動な。フレンチは一人で行ってくれ」
「どうして俺は一人なんだよ。寂しいじゃねーか」
「ジンがさらわれた場合、俺がすぐにフレンチに知らせるよ。フレンチは鼻が利くからジンの後を追うことができる。フレンチがさらわれた場合は、なるべく抵抗をしてくれ。魔法を使わせてマナの痕跡が残れば、俺がそれを辿って行けるよ」
リストはゴブリン族にしては珍しく魔法適性があり、
マナを見ることができる。
「倒しちまってもいいんだろ?返り討ちにしてやるぜ」
フレンチはやる気満々だ。
ピッチピチの女もののチューブトップが
今にも張り裂けそうだ。
見た目のインパクトがヤバい。
こんなムキムキの獣人ギャルがいたら怖すぎる。
フレンチとリストは意気揚々と現場へ向かい、
それぞれ旧下水道ルートをぶらぶら歩くことにした。
僕はと言えば、リンを助けたいはやる気持ちと女装の恥ずかしさで、
今まで味わったことのない
複雑な気持ちに襲われている。
リンを助けた時に、
彼女はどんな顔で僕を見るのだろうか。
僕は思わず天を仰いだ。
リストに陰で見守られながら、
僕は指定されたルートをとぼとぼ歩く。
本当にこんなんで犯人は現れるのだろうか。
暗がりの中を、女装した鬼人族が歩いている。
日中であれば、一発アウトの不審者である。
どっちが犯人か分からないくらいだ。
しかし、その時は突然訪れる。
数メートル先から、ぶつぶつと何かを呟きながら、
フラフラと人影が近づいてくる。
性別は男で獣人。
おそらく妖狐族だ。
いかにも怪しい。
そういえば昼間、
井戸端会議のマダムたちは”マナ中毒の鉱夫”と言っていた。
マナ中毒に陥ると、意識は朦朧とし、
獣人族は本能的になってしまうのだという。
もしかして、もしかしたら、こいつが犯人なのでは?
っと考えていた次の瞬間にリストが叫んだ。
「とりあえず、確保ー!」
一瞬脳裏に疑問が浮かんだものの、
体は既に動いていた。
リンを襲ったやつが目の前にいると考えただけで、
静止が効かなくなったのだ。
闇に紛れ、素早く妖狐族の男の後ろに回り込み腕を捻り上げる。
右足の関節を押し蹴り、地面に押し倒す。
「いいいぃぃい痛ってーな!なんだよいきなり!この女!おん?女じゃない!なんだよお前!」
妖狐族の男は叫ぶが、俺は容赦しない。
関節を外すつもりで腕をさらに捻り上げる。
「お前が連続失踪事件の犯人だろ!観念するんだ!」
「はぁ!?何言ってんだよ!知らねぇよそんなこと。こちとら、ただの飲み会の帰りだっつの!」
「・・・・・マジで?」
確かに酒臭い。
腕を緩めると妖狐族の男は慌てて距離を取る。
「確かに失踪事件の話は聞くけど、俺は何の関係もねぇよ。くそっ酔いがさめちまったじゃねーかよ!なんでいきなり女装した変態の鬼に襲われなきゃいけないんだよ!なんなんだよ、この変態!」
男は怒りながら帰っていった・・・。
本当にごめん。
夜道でいきなり女装した鬼人族に襲われたら超怖いよね。
これで俺も変態の仲間入りか・・・。
夜空を見上げて星を数えていると、
ポンっと肩をたたきながらリストが俺の顔を見ながら静かに頷いた。
お前は後で殺す。
心が折れたので、
一旦2人はフレンチの元へ向かうことにした。
収穫が無ければ、帰って仕切り直そう。
傷も深いし。
フレンチは数十メートル離れた地点にいるはずだが、
なかなか見つからない。
こっちで騒いでいる間に、
だいぶ遠くへ行ってしまったらしい。
もしかしたら先に帰ったかな。
しばらく歩いたところでリストが足を止めた。
「ちょっとまって、ジン。何かおかしい」
「もうその手には乗らないよリスト。早くフレンチと合流しよーぜ」
「いや、ここら一帯のマナが濃い。あまりに不自然だ」
あたりを探ってみると、
すこしだけ隙間の空いたマンホールが見つかった。
マナの痕跡は、ここの中へ続いているようだった。
マンホールから通ずる地下、旧下水道だ。
フレンチは見事あたりを引き当てたらしい。
今頃、犯人は可笑しな女装をした獣人を引きずりながら、
根城へ向かっている頃だろう。
マナの痕跡を頼りにマンホールから地下に降りると、驚いた。
灯りが続いているではないか。
しかも、トロッコらしき線路まで引いてある。
この旧下水道は、何者かに利用されているようだ。
「ジン、こっちだ」
リストがフレンチを追う。
旧下水道という割には水は枯れており、
ところどころ水溜まりが残っている程度であった。
レンガ造りの壁は触るとボロボロと崩れ、
天井にはこうもりが飛び交っている。
曇ったような泥臭さと水の腐った臭いが混ざり合って、
時折むせ返るような空気に包まれる。
なんだか歩きずらいと思ったら、
そうだ、まだ女装のままだ。
スカートは足がスース―する割に動きにくく、
ブラウスはピチピチで肩が凝りそうだ。
「お前いつまで女装してるんだよ。そろそろ本拠地だぞ」
リストが心無い言葉をぶつけてくる。
お前は後で絶対シバく。
しばらく歩いたところで
リストが止まるように指示を出した。
「止まれ、誰かいる」
リストの視線の先には、扉を守る兵士が一人、機動小銃を持っている。
右上腕部の腕章を見るに、帝国兵のようだ。
帝国兵がこんなところで何をしている?
この先にフレンチは、リンはいるというのか?
扉は幅3m、縦2mほどで、
中央に帝国のエンブレムが刻まれている。
扉というよりは、何かしらの搬入口のように見える。
「ここ周辺、マナの濃度が特に濃い。この扉の向こうにリンちゃんとフレンチがいるはずだ」
ジンとリストは、曲がり角の影に隠れながら様子を伺う。
「おいジン。俺が奴をおびき寄せるから、隙をみて奴を襲え。そうしたら帝国兵の装備を奪って中へ潜入しよう。俺がお前に捕まったふりをすれば、中でも上手くやれるだろう」
ついに犯人の本拠地にたどり着いたようだ。
まさか帝国兵が絡んでくるとは思っても見なかった。
もしかしたら、
想像よりも大きな事件に巻き込まれているのかもしれない。
しかもここは、僕らが住んでいた街からそう遠くないはずだ。
こんな地下で帝国は何をやっているんだ。
いずれにせよ、疑問の答えは、この扉の向こうにあるはずだ。
「よし、行くぞ」
リストが先陣を切った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
皆様に楽しんでいただけるような作品に仕上げたいです!
ド素人のつたない文章ですが、ぜひ、皆様のご意見・ご感想をお聞かせください。
よろしくお願いします!