魔族失踪事件① 妹の失踪
はるか昔、テラの大地に神が降り立ち、人類を支配した。
神は己に似せて作った使いを監視役に置き、テラの大地を天蓋の中に閉じ込めた。
己の利のため、繁栄のために。
それから幾許もの時が過ぎ、人類がその支配の痛みさえも感じなくなってしまった頃、1人の男が反旗を翻す。
これは、真の自由と解放を求める、神殺しの物語。・・・に、不幸にも巻き込まれた魔族たちの物語。
「お兄さま、お買い物ですか?」
妹のリンが、大きな道着袋を抱えている。
鬼人族の割には小柄で、
肩まで伸びる黒髪は絹のように流れている。
先ほど道場での稽古が終わったばかりだというのに、
汗ひとつかいている様子はなく、
またどこかへ出かけるつもりらしい。
今日は週末で、
学校も休みだというのにご苦労なことだ。
リンは今年で17歳になる。
女子高生として一番多感な時期に、
ここまで剣術に打ち込んでいて大丈夫なのだろうか。
お兄ちゃんは心配だ。
「これから晩御飯の買い出しだよ。リンはまた稽古に行くの?」
「そうです!これから近くの中学校へ稽古を付けにいくところです。いつもはお父様がなさっているのですが、今日は生憎お仕事とのことで、代わりに私が。」
「そうか。帰りは遅くなる?」
「うーん。晩御飯の時間までには帰れるかと思います。美味しいごはん、楽しみにしてますね!」
妹は嬉しそうに出かけていった。
僕と違って、純粋に、剣術が好きなのだろう。
努力すること、
悩むこと、
疲れることを苦ともせず、
ひとつひとつ壁を乗り越えながら強くなる。
彼女にとってはそれが自然なことであって、
一番の才能ともいえる。
僕が鬼人族で、この家の長男で、
族長の息子でありながら、
剣術はもうしたくないと打ち明けた時も
「私たちは、もう好きなことをして生きてもいいのです。もちろん、働かなきゃいけないですけどね」と、
背中を押してくれた。
彼女は彼女なりに、自身に起きた過去と向き合い、
未来に進んでいる。
それでも、なんとなく、
死んでしまった母の背中を追いかけているような気がして、少し切ない。
ジンは晩ごはんの買い出しに出かけると、
エプロンを着けた獣人族のマダムたちが井戸端会議をしていた。
「隣街でまた失踪者が出たらしいわよ」
「怖いわ〜。今月に入って3人目ね」
「マナ中毒で気狂いした鉱夫が、夜な夜な人さらいをしてるらしいわよ〜。怖いわ〜」
「嫌ね~」
彼女たちは買い物袋を手に提げたまま、
結論の出ないトークを繰り広げている。
物騒な話をしながらも、何とも平和な一幕である。
大戦の後、この魔族の住まう八咫の国はガルバンド帝国の植民地となったわけだが、
マナ鉱石をちゃんと納めていればとりわけ文句を言われることもないし、
特別圧力がかかっているわけでもない。
帝国が欲しかったのは、
ただ純粋にマナ鉱石だけだったみたいだ。
そんな訳で、敗戦を期した我が国にも、
こんな平和が残っているのだ。
確かにここ最近、失踪者の話をよく聞く。
季節の変わり目には、不審者がよく現れるものだ。
僕の普通の生活を守るためにも、
関わりたくないものだ。
晩ごはんは豚肉多めの豚汁にすることに決め、
肉屋の前に来たところでフレンチとリストに会った。
彼らは幼馴染で、小さい頃からよく一緒に遊んでいる。
フレンチは獣人族で戦士の家系だ。
戦時中は鬼人族とともに戦い、運命をともにした。
昔から家族ぐるみの付き合いだ。
リストはゴブリン族で、小さい頃よく虐められていた。
それをフレンチと二人で助けて以来、
一緒に過ごすようになった。
小柄でひ弱だが、口が上手く地頭がいい。
「よう!ジンじゃねーか。買い物か?」
フレンチがでかい声で絡んできた。
「ふふーん、ちょっとこれから暇かな、ジン君?」
リストがニヤニヤしながら近づいてくる。
何だか嫌な予感がする。
絡み方からして裏がありそうな雰囲気だ。
「これから晩飯の準備だよ。どうかしたの?」
「俺ら、これから失踪事件の調査に行くんだよ!お前も知ってるだろ?ここ最近続発してる魔族の失踪事件!」
フレンチが鼻息をフンフンしながら興奮気味で話す。危険に足を突っ込みたがる年頃かね。
「とある情報によると、失踪したポイントには何か共通点がありそうなんだよ!これからちょっと現場検証に行ってみるんだ!」
リストがニヤニヤしながら話す時は碌なことがない。
予感は的中。
全力でお断りしよう。
俺の穏やかな生活が脅かされてしまう。
「いやいや、俺は家族を待たせてるしさ、また今度にするよ」
断るや否や背を向けてこの場を華麗に立ち去る。
引き止める隙を与えず、
かつ、家族というワードを使うことで帰宅の義務感を演出する完璧なやり口だ。
「んだよ、つまんねーな。行こうぜリスト」
「仕方ないね。あとで土産話でも聞かせてやろーぜ」
家に帰って夕食の準備に取り掛かる。
今日はちょっと手を抜いて、
大量の豚汁と米で済ませよう。
刀を振るうようなガサツな父と妹には
これくらいがちょうどいい。
父はマナ鉱石採掘の仕事から戻り、
早速夕食前の素振りを始めた。
この街の住人のほとんどは、マナ鉱山で働く鉱夫だ。
鬼人族の族長である父は、鉱山の管理を任されており、
仕事の合間をぬって剣術道場を開いている。
まことにご苦労なことだ。
リンは、近くの中学校へ出稽古に出かけたから、
帰りが遅くなる。
ん?
ということは父と二人きりじゃないか。
・・・これは気まずい。
めちゃくちゃ気まずいぞ。
父に「もう稽古しません」宣言をしてからというもの、ずっと喧嘩中で、
碌に会話をしていない。
父との会話無しに3人で暮らせているのは、
リンの何気ない気遣いのおかげだ。
円滑な晩御飯や風呂の順番、
細かな事務連絡まで、
彼女が間に入ってくれた。
なんとも情けない話だが、やっぱり心強いことである。
しかし、今日は父としばらく二人きりだ。
リンさん、早く帰ってきてくれ。
夕食が出来上がり、食卓の準備をしていると、
父が何気ない顔でテーブルに着いた。
えっなに?
一緒に食べるつもりだろうか。
二人で?
あんだけ殴り合って喧嘩したのに
このタイミングで絡んでくる?
「今日は豚汁か・・・」
父のダンは独り言か話しかけたか、
どっちかわからないような絶妙なニュアンスでポツリと呟いた。
何だか雰囲気的にアレなので、
ご飯をよそって豚汁も用意した。
「うーん、素振りもしたし腹減ったなぁ」
微妙なニュアンスである。かまってほしそうだ。
しかし、僕は無視を貫く。
ここで反応してしまったら、
何だか決意の弱さを示してしまうような気がした。
黙って豚汁をすすり、米を食う。
穏やかな夕陽の中、
お椀がテーブルに当たる音が静かに響いている。
お互いの咀嚼音も聞こえそうなほど、
空気が冷えてきた。
豚汁の味がしない。
リンさん・・・。
夕食が終わってもリンは帰ってこなかった。久々の出稽古だし、まぁこんなものか。
湯を沸かして風呂に入る。風呂から出ても、リンはまだ帰ってこない。
夜も更けてきたし、さすがに気になったので、
稽古先まで迎えに行くことにした。
腹もすかせているだろうし、おにぎりを2つ持っていく。
さすがに父にはそのことを伝え家を出る。
「おっおう。気を付けて」
いきなり話しかけられたものだから、父はテンパっていた。
今日のリンの稽古場である中学校の体育館は、
歩いて30分ほどだ。
すでに日も暮れており、ジンは暗がりの中を出発した。
しばらく歩くとT字路に差し掛かる。
そこを右に曲がると、中学校はもう少しだ。
T字路を曲がろうとしたとき、
反対側の路地の奥、
電灯のチラつきが気になって眼をやった。
少し薄暗い路地には
壊れかけの電灯がぶら下がっていて、
気味の悪いリズムで点滅を繰り返している。
灯りがともった瞬間、
視界の端に、
見覚えのある道着袋が落ちているのが眼に入る。
疑問に思い近づいてみると、やはりそうだ。
リンの道着袋。
袋の右下に、赤の刺繍で名前が書いてある。
袋を手に取り、顔を上げて周りを見渡すと、
腹の底が冷えるほど真っ暗な道が続いていた。
心もとなく点滅を繰り返す電灯を頼りに
周りを見回してみると、
不自然に崩れたブロック塀や
地面を割った斬撃の跡。
明らかな戦闘の痕跡が広がっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
皆様に楽しんでいただけるような作品に仕上げたいです!
ド素人のつたない文章ですが、ぜひ、皆様のご意見・ご感想をお聞かせください。
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