ジンという男
はるか昔、テラの大地に神が降り立ち、人類を支配した。
神は己に似せて作った使いを監視役に置き、テラの大地を天蓋の中に閉じ込めた。
己の利のため、繁栄のために。
それから幾許もの時が過ぎ、人類がその支配の痛みさえも感じなくなってしまった頃、1人の男が反旗を翻す。
これは、真の自由と解放を求める、神殺しの物語。・・・に、不幸にも巻き込まれた魔族たちの物語。
乾いた空気の中を剣撃の音が響く。
だだっ広い道場の中で、
2人の親子が激しく打ち合っている。
父親のダンと僕の妹のリン。
2人の凄まじい気迫は、稽古の域を脱している。
鬼人族である僕たちは、
強さこそが存在の証明であり、生きた証である。
毎日欠かさず鍛錬を積み、
技を練り上げ、
己を極限まで鍛え上げる。
『戦いこそ、己の全てだ』と、背中が語っているようだ。
そんな猛烈な親子を尻目に、
僕はうんうんと頷きながら洗濯をしている。
「今日も頑張っているな〜。よしよし。いい天気だ」
流行りの歌を口ずさみながら、
道着をパンパンっと広げ丁寧に干す。
洗濯物の水滴が陽射しを浴びてキラキラと輝き、
次の出番を待ち侘びている。
長男である僕も、もちろん鬼人族だ。
立派な角が2本も生えていて、
それなりに図体もでかい。
本気で刀を振るえば、下手な戦士よりよっぽど強い。
でも、僕はそうしない。
先日、父に「もう稽古はしない」と告げた時、
「鬼人族の長男が刀を持たぬとは何事だ!」っと、
それは凄まじい剣幕で怒鳴られた。
それから一晩中殴り合いの喧嘩をして、
近所の野次馬も失せた頃、
父は根負けし「お前なんか知らん」と
拗ねたような捨て台詞を吐いた。
僕は思う。
刀で人生を語るような野蛮で過酷な生活など、
以ての外だ。
刀など、二度と触りたくない。
触るものか。
というか、大戦が終わった今、
刀など何の意味もないだろ?
戦いは結局のところ、何も生み出しはしなかった。
僕たち鬼人族は、新しい価値観を見つけるべきなのだ。
3年前、テラと呼ばれるこの大陸のおおよそ半分を戦火に覆った“人魔大戦”。
豊富なマナ鉱脈を有する魔族国・八咫に対し、
鉱物資源の不当な独占を名目として、
人族を中心とする北の軍事国家ガルバンド帝国が攻めてきた。
帝国は資源の採掘権を目当てに、
戦争をふっかけたのだ。
この戦争の最前線に出向いたのが、
我らが鬼人族であり、それを率いたのが族長である父のダンと、
かつて剣聖と呼ばれた母のヒナギクだった。
開戦時、優れた身体能力と魔法を有する魔族軍は優勢であり、決着は早期に結すると思われた。
しかし、帝国軍は人型決戦戦術兵器“転生者”を導入し、戦局は大きく傾いた。
転生者の人外とも思える常軌を逸した戦力を前に、
魔族軍はなす術がなく、魔族の国土は1週間で火に包まれた。
結局、魔族の国、八咫は帝国に敗れ植民地となった。
今では、死なない程度に食い繋ぎながら、
毎日のようにマナ鉱石を帝国へ届けている。
この戦争の最中、母は仲間を逃がすために前線に残り戦死。
父は瀕死の重傷を負った。
母は、僕たち家族を残してこの世を去ってしまった。
両親が戦争に行っても行かなくても、
転生者という圧倒的な戦力を前にすれば、
結果は変わらなかっただろう。
そうであれば、
彼らが戦地に赴いた理由は何だったのか。
母は何の為に、命を失ったというのか。
母は確かに多くの魔族を救った。
みんな彼女を勇者だというけれど、
そんな言葉には何の意味もない。
ただ強かったから、
目立ったがために、
結果として大切な家族を残してこの世を去ったのだ。
そう、勇者は幸せなんか作れっこない。
勝手に期待され、
身の丈に合わない責任を背負わされ、
いつしか逃げ場も無くして、
儚い命を散らしてしまう。
たった一つの命なのに。
そんなこんなで、僕は戦いだとか、そういうものには嫌気がさしてしまったのだ。
だから僕は目立つことなく、
自分の人生を歩むと決めた。
悪びれることなく人目にも触れず、
村人Aとして静かに過ごし、平和な幸せを掴みたい。
強くなって、変に目立ってしまえば、
また不幸が訪れるに違いない。
普通の生活、穏やかな日常の中にこそ、真の幸せがあるのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
皆様に楽しんでいただけるような作品に仕上げたいです!
ド素人のつたない文章ですが、ぜひ、皆様のご意見・ご感想をお聞かせください。
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