第9話 実戦の時
5月17日13:24 1-D教室。
「〜だからこの公式を使えばこの方程式は解けます。ここ、テストで重要だし簡単だから絶対に覚えるように」
数学教師の説明、黒板に書くチョークの音、そして一生懸命内容をノートに書き写すペンの音が私語一つ無い教室に響く。その状況にみんな集中しているんだなと、俺は考えながら自身のノートに図や式を書き記していく。
授業が進むにつれ時計の針は一歩ずつ歩を進める。やがて長針が真下を指し示した時、鳴り響いたのは。
ブーーブーーブーーブーー!!
授業終了を伝えるチャイムではなくけたたましいサイレンの様な音だった。
「!!」
俺が音に驚くのと同時にクラス内も驚きや混乱でざわつき始める。そんな中真っ先に冷静に事態を理解したのは俺と同じ戦徒会員でありこのクラスの学級委員でもある亮だった。
「みんな落ち着け! これは魔物発生のサイレンだ。すぐに放送で指示がd」
指示が出ると言いたかったのだろうが、その声を発する前に教室に備え付けられた放送設備から声が流れてくる。
『全戦徒会員及び救急治療委員に告ぐ、直ちに下駄箱に向かい裕生の指示に従って戦闘及び救護活動を開始せよ。そして全校生徒はこの後の放送に従い避難するように。では行動開始!』
行動開始その言葉が放たれた瞬間、慌てていた心が一気に落ち着いた。そんな気がする。
「利音! 哉太! すぐに向かうぞ!」
俺達は教室を飛び出し廊下を駆け抜け下駄箱へと向かう。廊下には数人の教師が焦りながら走っていたりするだけで生徒の姿はなかった。教室の中を走りながら軽く見ると焦りはあるがしっかりと席に座って待機している生徒たちの姿が見えた。俺はそれを横目に見て避難訓練がしっかりと活きていると感じながら全力で下駄箱に向かった。
「D組3名到着しました!」
下駄箱について早々、亮はその場でノートパソコンを操作しながら待機していた裕生先輩にそう声を掛ける。
「来たか。じゃあD組の3人には早速現場に向かってもらう。君たちの現場は東海百合駅周辺だ。1年にとっては実質初めての実戦だから気を引き締めろ。必ず生きて戻れ。では、健闘を祈る」
「「「了解!」」」
3人は転送用の装置の上に乗る。裕生先輩がパソコンを操作すると装置が起動し電気の駆け巡る音と共に光が溢れ出る。装置からの光で視界が真っ白になり、それが収まると俺達の視界には先ほどの校庭とは違う住宅街の景色が広がっていた。それは平和な住宅街からはかけ離れた凄惨な景色だった。そこら中で煙が上がり、壁や地面には血が付いている。俺達がその景色に驚いていると。
「3人共やっと来たか」
「はい! 1年D組3名ただいま現着しました」
亮が元気よくそう言うと、晴馬先輩は今来たばかりの俺達に戦況を教えてくれた。
「まず、ほとんどの避難誘導は完了。魔物自体もある程度は2年が殲滅している。だが数が多いから漏れもかなり多い。お前たちにはその殲滅から逃れた個体を見つけ出して各個撃破してほしい。以上! んじゃよろしく!」
そう言って晴馬先輩はすぐに俺達の前から去ってしまった。簡潔で無駄を省いた説明、非常にわかりやすくはあるのだが説明だけして、あとを後輩だけに任せるのはどうなのだろうか。そんなことを考えていると亮が俺と哉太の前に立つ。
「ここからは3人手分けして行こう。俺は右、利音は中央、哉太は左の道を進んで行こう」
「「わかった」」
俺はすぐにその指示に返事をする。流石は学級委員、こういう時に指示を出すのが速い。リーダーシップがあると言うのだろうか。そういうところは俺も見習いたいな。
さて、そんなことを考えながらもさっきの亮の指示通り手分けして魔物の殲滅に向かうことにする。
道中はあまり魔物が居なかった。まあ魔物の死体は大量に転がっているのだが。耳に付けた通信機には他の戦徒会員の戦闘報告や避難状況などが絶え間なく届いてくる。流石にそれをすべて聞き取ることはできないが、断片を聞いて理解した情報によると俺以外にも逃れた魔物を殲滅している生徒がすでにいるらしくその生徒達が逃れた魔物をほとんど倒してしまったらしい。もしかして俺の出番無いかな。と言うかまだ事件発生から数分しか経ってないのにここまで殲滅が進んでいるのは早すぎるだろ。先輩たちが本当に強すぎる。色々と見習わなければな。
「っと……ついに現れたか」
道路を走っているといきなり脇道から魔物が飛び出してきた。種族は……ゴブリン。前に学校で戦ったのと同じ種族だ。前と違うのは地形と数くらいか。地形は学校程把握していないが、ある程度地面は安定しているし瓦礫なんかも少ない。数は前よりもずっと少ない1体。正直、苦戦はしないだろう。しかし戦闘において大事なのは状況分析だと何度も先輩に言われている。
油断するな……俺。腰の鞘からすぐに刀を抜いて構える。先手必勝、多くの勝負事の際に言われることだが、こと戦闘においてその言葉はほとんどの場合意味を成さない。受けの戦術と言うのもあるわけだし。しかしこの場合はその言葉が意味を成す。ゴブリンはすばしっこい、だから余計な動きをされる前にとっとと殺すべきだ。そう考えながら俺はすぐにゴブリンに近づきその首に刃を振り下ろそうとする。しかし……。
「ちっ!」
どうやら俺の先制攻撃は遅かったらしい。俺の攻撃はゴブリンに軽々と避けられてしまった。さらにゴブリンは俺に対して手に持った包丁のような刃物を突き刺そうと飛び掛かってきた。俺は咄嗟にからぶった刀を力ずくで上に向けて振る。すると運よく俺の刀はゴブリンの包丁に当たったようで包丁は弾け飛び、宙を舞う。飛び掛かってきたゴブリンは体勢を変えて俺を蹴ろうと足を向けてくる。流石にそれを避けるのは体勢的にきつい。ゴブリンの足を腕で受ける。ゴブリンの全体重が乗っているため予想以上に攻撃が重かった。でも、耐えられないほどじゃない。俺は力いっぱい腕を押し出す。互いに1メートルほどの距離を取って、俺はゴブリンの動向を警戒する。
30秒も経っていないだろうが数秒が過ぎた。
このまま硬直が続くと面倒だな。正直こちらから攻めるにしてもゴブリンはすばしっこいから避けられる気がする。さて、どうするか。
「──来た」
この状況がじれったくなったのかゴブリンはこちらに突撃してきた。
その突撃は確かに素早いが動きは単調、見切れない程じゃない。
こちらも勢いをつけながらそのがら空きな胴に刀を振るう。斬った箇所から赤い鮮血が飛び散り刀にもこびり付く。刀にこびり付いた血を振り払い、背後を見れば胴が真っ二つになったゴブリンの体から血が流れ小さな血だまりを形成していた。
ゴブリンの胴は思ったよりも柔らかく軽く力を籠めるだけでも簡単に斬ることができた。前に戦った時よりも斬るのがとても簡単だった気がする。俺自身の力が上がったのかただ単純にこのゴブリンの体が柔らかかったのかはわからないけど、今はそんなことを考えている暇はない。
「さて──行くか」
俺はまた道を真っすぐ走り始めた。
奥に進めば進むほど魔物の死体は増えていく。死体から漏れる血や肉の臭いは思ったよりも不快には思わなかった。もともとゾンビ系のグロ目なホラーゲームもよくやっていたから血や死体を見るのは別に何とも思わなかったけど、嗅覚などの視覚以外の五感で感じても不快に思わなかったのは正直驚いた。
っと、そんなことを考えている内に激しい銃声がどんどん近くなってきた。どうやら前線に近づいてきたようだ。周りを確認するためそこら辺の塀から家の屋根に登る。制服の身体強化のおかげでジャンプするだけで楽に登れた。
「前線はどうなってるかな? って、うわ~」
見ればかなりの数のゴブリンがそこら中で戦闘を起こしていた。そしてそれを次々と対処していく先輩達。さっき俺が数分かけて倒したゴブリンを先輩達は一瞬で倒している上、皆十数体と一気に戦っている。
視界に入る人は約5人、その中で最も俺の目に留まったのは。
「あれってもしかして、知弥先輩かな」
視界の奥の方。見た感じからして100メートル以上離れたところにその人はいた。他の生徒よりも数多くの魔物を一気に対処している姿が目に留まった。目を凝らして遠くを見ることに集中する。
推定知弥先輩が持っていた武器は――刀と拳銃。それに加えて背中にも何か背負っているようにも見える。流石にこの距離からその物体を詳しく知ることはできなかったが、手に持っている武器くらいなら見える。
どうやら刀と拳銃を組み合わせた近接戦闘スタイルのようだ。この距離でも発砲の際に光と音がこの場所まで届いた。刀一本の俺とはまた違う戦い方……ちょっと見てみたいな。
そう考え、俺はすぐに走り出した。屋根の上を走り抜け、家と家の間をジャンプで飛び越えていく。
こういうのって男子なら一度はやってみたいって憧れるよね。でも実際にやってみると屋根は思った以上に高いし、家と家の間は結構離れてるから飛んだりするの結構怖いんだよな。今回の場合は制服の安全装置や身体強化があるから軽々と出来てるけど、それが無かったら正直やりたくはないかな。
そうこう考えているうちに銃声がかなり近くになってきた。それに比例してゴブリンの足音も多くなってくる。
因みにこの魔物達は魔界と呼ばれる異世界から界門と呼ばれる(国によって異なる呼び方がある)自然現象のせいで時空を超えてこの世界にやって来ているらしい。そしてそれを食い止めるには界門の核破壊し界門を閉じなければならない。
戦徒会員として活動しているうちに何回か界門も見たし核を破壊したこともあるけど、どれも小さいもので魔物の数もかなり少なかった。だから今回みたいな大規模な襲撃は初めてだ。
「あっ、いたいた」
走っているうちにようやく目的地に着いた。予想通りさっきの場所から見えたのは知弥先輩だった。先程の場所からでは見えなかった背中の物もここからならはっきりと見える。ライフルだ。確か戦徒会に入る時の試験で俺が撃ったアサルトライフルに似ている。今はライフルを使ってないようだがそれでも先輩からは余裕を感じる。
先輩は刀と拳銃を使ったヒットアンドアウェイのスタイルで戦っているようだ。刀で先頭で追うゴブリンの首を斬りながら退がり際に拳銃で的確にゴブリンの足を撃ち抜き歩みを止めさせる。撃たれたゴブリンは姿勢を崩しその場に倒れこみ、後ろから波のように迫る仲間に踏みつぶされている。ゴブリンに仲間意識はないのか、なんて考えていると。
「あっ」
波にのまれたゴブリンがまだかすかに生きていることに気づいた。流石にあの数だとしても踏まれた程度じゃゴブリンの強靭な肉体は絶命まで至らなかったようだ。すぐに刀を抜き屋根を飛び降りる。落下に体を任せながらゴブリンの頭に刀を突き刺す。生々しい肉を断つ感触が腕に伝わってくる。何度やっても慣れない感覚だ。
「流石に死んだかな。でも、こいつが生きてたってことは」
俺はすぐに走り出す。死体や血痕を辿りながら知弥先輩が戦ってきたであろう道を戻る。走り出してすぐ疑念は確信に変わった。
「……やっぱりか」
同じように踏みつぶされたのを生き延びたゴブリンが……2体。どちらも足に銃撃を受けて血が流れている。間違いない知弥先輩が戦ったゴブリンだ。足を負傷しているせいか驚異の素早さはほとんど発揮されていない。
──今なら殺れる。
「はぁっ!」
目の前のゴブリンに対して2連撃。今度は先程と違って避けられなかった。刀がゴブリンの首を切り裂き血が噴き出る。訓練の成果なのか太刀筋はかなり綺麗だったと思う。ってそんなこと考えてる暇はない。すぐに残りを……。
「あれ? 利音君じゃないか。もしかして残ってたやつ倒してくれたの?」
いつの間にか知弥先輩は俺の背後に立っていた。先程まで戦っていたゴブリンはいなくなっていた。
「知弥先輩……ええ、まだ息が残っていたので。それよりさっきまで戦ってたゴブリンは?」
「全部倒して来たよ。最後に残ったやつを片付けようと思ってたんだけど。君のおかげでその手間が省けた。ありがとう」
こう言う感じに自分の行動を褒められるのってすごく嬉しいよね。漏れなく自分も今とても嬉しさに浸っている。
そんな気分が上がったその瞬間だった。
『知弥! 利音! そこ危ない!』
通信機越しに聞こえた裕生先輩の声。それは今まで聞いたことないほど焦りに満ちた激しい声だった。
「えっ?」
どうも如月ケイです。
今回の話は楽しめたでしょうか。もし楽しめていたら幸いです。
活動報告にも書いた通り今回から視点を三人称から主人公の一人称にしました。理由は活動報告にも書いた通りそっちの方が書きやすいと思ったからです。これからの話はこのような感じで書いていくつもりです。今までに書いた話も時間をかけて改稿するつもりです。
これからも執筆を頑張っていくつもりなので応援よろしくお願いします。




