116 一つ目
母さんの誕生日が近づいて来た時だった。
妹が窃盗した。
指輪だった。
もちろん前と同じ指輪ではない。
そんな高い指輪は、たいていショーケースに入っている。
妹が盗んだのは、せいぜい一万円くらいの指輪だった。
でも、似ていた。
母さんの婚約指輪に。
妹はその指輪をもって俺に言った。
「もらった。」
そんなわけないと、すぐに分かった。
妹の教育のために怒った。
怒るのは辛かった。
だって、俺も泣きたいのに、妹も泣いているのだから。
妹はすぐに認めた。
俺は迷った。
俺だって、妹の気持ちは痛いほどわかる。
指輪を渡させてあげたかった。
妹の笑顔と母さんの笑顔。
それが見たかった。
でも、母さんにどうせバレるし、バレた時に、母さんは悲しむ。
だから、俺は返しに行った。
恵まれたことに、そこのお店の人は許してくれた。
俺の家族事情も含めてだろうが。
妹は謝るときも泣いていた。
その時だった。
たまたま、妹の友達がいたようで、話しかけられた。
「え?窃盗したの?」
「あ、伊達さん。」
同じクラス伊達さんというらしい。
これはまずいと思った俺は、慌ててこう言った。
「違う。俺がやったんだ。」
妹のいじめが始まったりしたら大変だから、俺は庇った。
もっといい方法はあったと思う。
そもそも、窃盗も認めなければよかった。
でも、実際にその場に立てば分かる。
頭の中には何も浮かんでこない。
そうして、俺は妹の友達から、窃盗犯だと思われることになった。
よく考えたら、妹の学校で、俺が窃盗犯とバレるだけで、妹の居場所もないのだけど、バラされないことを俺は願った。
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「なんで、誰にも相談しなかったんだ。」
俺は感情が高ぶり言ってしまった。
猿田を救ってやりたかった。
「すまん。でも、これは猿田家のもんだいだから。」
「鴨志田は?別れる必要なかったんじゃねえのか?」
「でも、あいつに悪いから、葉月がいいと言っても、俺が嫌だ。窃盗犯の彼氏なんて、周りから見たら最悪だろ。」
猿田は笑っていた。
でも、作り笑いなのは見え見えで、その笑顔は今すぐにでも崩れ落ちそうで。
目の奥では、涙がたまっていて。
「すまん。一人にさせてもらえるか?」
「ああ。突然ごめんな。猿田。いつでも待ってるからな。」
すくなくとも、俺と柊は。
高校で最初にできた友達。
「すまん。最後に一つ聞かせてくれ。」
「ああ。」
「妹の友達の下の名前ってわかるか?」
「え?なんでだ?まあ、なんだっけな。伊達風香だった気がするな。」
「分かった。またな。猿田。」
「ああ。じゃあな。」
伊達風香か。
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次の日。放課後。
「なあ、ちょっといいか。」
俺は話しかける。
「なんだ?時間ねえんだけど」
「すぐ終わる。」
「別にここでもいいだろ?じゃあ早く終わらせてくれるか?」
口は悪いが、淡々とした口調で喋る相手。
伊達幸正
「妹の名前を教えてくれ。」
「は?ふざけてんのか?」
「ふざけてない。それが聞ければ、俺はもうお前に用はない。」
「風香だ。」
「すまん。人違いだったみたいだ。」
「それは良かった。」
そうか。
一つ、解決に向けてのピースが埋まった。