《お伽被り》
王都は普段以上の賑わいを見せていた。
毎年行われている収穫祭。それを4年周期で規模と日程を増やす大収穫祭、1日目。大通りでその開催を告げるパレードの真っ最中である。
荘厳な大規模合奏、舞い乱れる紙吹雪。隊列を組んだ騎士の行進。
そしてテクテクと、大手を振って先陣をきるのはずんぐりむっくりとした布の塊。イヌのようなカバのような獣の大きなぬいぐるみが闊歩していた。
謎まみれの騎士、クリプ・クエスティング隊長である。
(えっ、なんだ? 仮装?)(ぬいぐるみ?)(着ぐるみだ……)(なんで着ぐるみ着てんの?)(前回も居たな……)(騎士じゃないよな?)
目撃した観衆の一部は困惑したりざわついたりするも、なにごともなかったように通過した。
「キャーーッ」
すると今度は黄色い歓声が沸き立った。それも女性陣ばかりが最前列に殺到する。
「紅蓮卿よぉおおお!」
「ジルコ様~~!」
「素敵~~!」
深紅の鎧に身を包んだ豹魔族の騎士、ジルコ・オセロトル隊長。
彼が横断したことが契機であったようで、その容姿端麗さに引かれたファンの声が一時的に占領する。
「アイツらうるっせぇなー、なにしに集まってきたんだ」
「ケェッ、キャーキャー言われて羨ましいこったな!」
「しょうがないだろエンキぃ、どこにでも一定の面食いはいるもんだ」
そんな観衆の中にサーフィアやボークとエンキ、メノウらなど学院生徒も混ざっていた。
「ルチルはレースの控えでパレード見物にはこなかったが、じゃじゃ猫姫の方はそうもいかねぇだろうし、どうするんだろうなマジで」
「サーフィア殿、その本命がきたようだ」
狸魔族、メノウからの呼び掛け。そして、ざわめきが本命の馬車が近づくことで歓声に塗り変わる。
新雪のように真っ白な馬車の荷台の上には、鮮烈な赤ドレス姿と王冠を被ったこの国を治める女王グラナタスの姿があった。
見くびられぬよう威信を知らしめるが如く、両手で王笏をつき厳格な面持ちで前だけを向いて佇立する。その堂々たる様は市民に畏敬の念を抱かせた。
「うぐ、昔のトラウマが……」
「オイラたち、バカガキどもってめっちゃ怒鳴られたんだよなぁ」
苦々しいものを含んだようなブタザルコンビに「いつまで引き摺ってんだよ」と銀狼の少年は口を挟む。
「さて、次は民へ姫方のご尊顔になるが、ルビィ姫はさすがに不在であるといささか体裁が……」
そして後続馬車には彼女の娘らが搭乗していた。
絢爛なドレスに着飾られ、屋台の中越しに観衆たちへ顔を見せ手を振り、満面の笑顔を称えている。
白髪琥珀眼のデイアは勿論のこと、そこには鮮烈な紅髪紅眼のルビィの姿があった。パレードにきちんと出席したようだ。
問題は王女姉妹が慈愛溢れる笑みを浮かべている点。そう、あの気丈で負けん気の強いルビィがあどけなくニッコニコに微笑んでいた。
いくら営業スマイルにしても、あれほどおっとりのほほんとした様子はこれまで誰も目にしたことはない。ものすごくあざとらし過ぎる。
学徒たちが顔を見合わせた。
「──誰!?」
「いやなんだよアレ!? 妹の方はさておきあんなに愛嬌たっぷりな姉の表情知らねぇ!」
「ふぅむ。ああも別人の如き振る舞いができるとは拙もさすがに感服したぞ」
「いやもう別人だろ。あの愛想の振り撒きっぷり」
彼女の人となりをよく知る一同は激変に心底驚かされている。そして観客の中にいるこちらを見つけたのか、パチッと片目ウインクまでしてのけた。
「……別人…………まさか、おいおい嘘だろ」
サーフィア・マナガルムだけが、唯一心当たりがあったようで、サプライズの意図を悟り頭を抱える。
「なんであそこにいるんだよ……おふくろっ」
†
パレードの顔見せ時間が過ぎ、王族を乗せた馬車は王宮に戻っていく。観衆の目は届かなくなったところで二人は向き合った。
「この度は急な姉の私用にご協力いただき誠にありがとうございました。パレードよりそちらを優先すると言ってきかないもので」
「いいのよ~これくらい。むしろこんな催しができて楽しかったわ。頭なんて下げないでデイアちゃん」
恭しく礼を述べるデイアにフリフリと手を振ってやんわりと宥める。
「それで、もう戻っても大丈夫?」
「かまいませんよ。公務はこれで済みましたから」
──《お伽被り》解除。
燃えるような赤髪が晴天の空を写したような水色になり、猫耳は犬科の耳に変わった。服装も落ち着きある平民服へと切り替わる。
正体を表したのは、穏やかでおっとりとした微笑をたたえる狼魔族の女性。彼女の魔法紋は見知った他人に姿を変えられる権能。
「いつもながら見事な変身でしたわコーラルおば様。誰も貴女が替え玉だとは見破っていないでしょう」
「どうかしら。サーちゃん、あんなにあんぐりしてて多分気付いちゃったわよ」
その呼び方はやめてくれ、間違いなくサーフィアがそう言いそうだとデイアは安易に想像できた。
ルチルとサーフィアの母コーラル・マナガルムはウフフと楽しそうに手を顔に当てる。ヤルンウィドの村で一年ほど世話になっていたデイアは彼女の茶目っ気さをよく知っていた。
「ルーくんとルビィちゃんは今頃レースに出られているのかしらね。せっかく王都にきたのなら間近で観戦してみたかったの」
「それでしたらこれから向かえば十分間に合うでしょう。わたしも着替えた後赴くつもりですが、ご一緒にいかがですか?」
「あらあら。じゃあこれからレース観戦ねぇ~」
「はい。こんなこともあろうかとお忍び用の馬車を手配しております。そちらに乗って現地へ参りましょう」
「まぁ準備万端……あ」
和気藹々としたやりとりの傍目。窓越しで城門を挟む対の銅像が横切るところでコーラルの視界に入った。
鎧を着た若き獅子と狼の獣人が向かい合って剣を掲げている。その視線に察したデイアも首肯する。
「……ああ。騎士王と友騎士の像ですね」
王の名はレオンハルト・テオ・ベスティアヘイム。グラナタス女王の亡き夫であり、ルビィとデイアの実父だった。もう一人の従者の名はシスト・ヴァナルガンド。コーラルの──
「そう。あの銅像の二人はね、前国王とその親友だった騎士。命をかけて国を守った英雄たちよ。こんな近くでじっくり見るのは初めてねぇ」
懐かしむように、感傷に浸るように眺めながらコーラルは続けた。
「……ちょっと格好よくし過ぎちゃっているかも」
†
二頭のフェザードラゴンの背に跨がり会場の控え路地をルチルとルビィは移動する。
「本当にパレードの方に出席しなくて大丈夫だったのー?」
「いーのよあんなの。所詮市井に王国が健在であると知らしめるためのパフォーマンスなんだから。アタシが実際にやってなくても世間は困らないわ」
「けどさぁルビィ」
「そんな選手はいないの。今日のアタシはカルブンクルスよ」
いつぞやの偽名を持ち出しながら王女は厚いゴーグルを装着した。フライトキャップも被って変装している。
「──お二方とも頼みましたぞ。是非に上位入着を目指してほしいですな!」
出口にいたのはピンと立った兎耳に渦巻く瓶底眼鏡で出っ歯という極めて特徴的な生徒。ジャック・アルネプ部長だった。
「このレースの活躍に騎竜部の来期予算がかかっております故……以前から飼葉がやれ高いだの、馬小屋にしては贅沢だの、無駄飯食らいを飼うくらいなら酪農でもやったらどう? とさんざ嫌味を言われ続けていましてな。目にものを見せて貰いたく!」
「だいぶ私怨が混じっているわね」
「キュアキュエ(まかせて)! キュワキュウオ(頑張るよ)!」
「うん。ボクもリードするから」
「その意気込みですぞモッフン氏!」
「……前から思っていたけれど、なんで二人だけモッフンの喋ってること普通にわかるのよ」
「そりゃあ付き合い長いしー」
「当然ですな! 親身になって接し寝食も共にしていれば言わんとしていることは伝わります故」
「あれ? アタシが標準以下みたいになってる?」
いつもであれば文字によるやりとりで意志疎通を図っているのだが今回はボードを置いてきているため、辛うじて挙動と仕草で理解できるのがルビィの限界である。
「まっ、竜と騎手が相互理解し連携がとれているなら俄然優位があるってことなんでしょ。だけど、それだけで勝てるほど甘くないの」
ゴーグルの奥で深紅の眼がルチルとモッフンを射止めた。対抗意識を燃やし、ライバルとして見なしている。
「アタシとフレアだって負けるわけにはいかないから。真剣勝負よルチル、モッフン」
「なんかベテランの選手っぽい振る舞いだけどルビィも初出場だよね?」
キメ顔で言った彼女であったが本当に他意のない疑問を口にしたルチルにより、少しの間ができた。
「…………野暮ね! こういうのは大見得きっておくもんなの! もう行くわ!」
プンスカした調子で彼女と赤竜は進んでいく。
振り返るモッフンにルチルは肩を竦めて「こっちも行こっか」と促した。
「いってらっしゃいですぞ~!」
部長の声援を背に進んだルチルたちは、まもなくたどり着く。熱狂渦巻く翼竜レースの出発点へ。




