王配候補
「キュイキューキュ(大丈夫)?」
「だいじょ──ぉエろっぷ」
「ほらごらんなさい。フェザードラゴンの全速力を甘く見た結果ね。風魔法で防護しておかないと風圧でああなって気流が酷い時は最悪気絶するわよ」
「どおじて、先に……」
「口酸っぱく警告したってどうせ自分だったらへっちゃらだよーとか言って真に受けなかったでしょ」
「うぅ~~」
飛行酔いで苦しむ狼魔族の少年を見下ろし、やれやれと鮮烈な紅のツインテールを振って猫魔族の少女は嘆息する。
今まで数えきれないほどにモッフンに乗って空を回遊してきたが、かなり気遣われていたと思い知ったルチルはぐったりと草地に突っ伏していた。
「それはそれとして、思っていた通りモッフンは身体能力がずば抜けているわ。厩舎で早さが自慢だったオスのフレアがついていくのもやっとだなんて」
心配そうにルチルを覗き込んでいるモッフンの傍らで赤いフェザードラゴンは今も息を整えている。スタミナの差が如実に表れていた。
「実績ゼロで牝竜なのにこれなら次のレースも入着目指せるどころか、警戒されずに大番狂わせも狙えるわね。そうなると作戦は……」
ルビィは客観的に分析し、レースに向けてなにやら考え込む。その間にルチルも思わしくなかった体調を整える。
休憩の区切りがつきそうになった頃、快晴の空に不穏な轟音が広がる。雷鳴だった。
青い稲光と共にルチルたちの付近で人影が落ちてきた。派手な登場にフェザードラゴン二頭はビクッと身動ぎする。
「ここにいたのか捜したぞッ!」
「あっノマド」
粗暴な強面と筋骨粒々。粗暴にして豪快。獅子魔族の上級生、ノマド・レグルクス。
以前は学院内で騎士候補生の三傑の一人と呼ばれていたが、ルチルたち新期生の中でも三人が加わったため、上級生三傑と下級生三傑で呼びわけされることとなった。
「またどこからともなく沸いたわねゴリライオン。相変わらず暑苦しいったらありゃしない」
「ご挨拶だなッ第一王女殿下ッ!」
「いやアンタが先に挨拶しなさいよ。見てのとおりこちとら騎竜部の活動中で訓練の邪魔なんだけど」
巨漢を前に両腕を組みルビィが立ちはだかった。
「なぁにすぐ用件は済ませるさッ! それに用があるのは貴女ではないッ! 看過してくれッ! 漢同士の話だッ!」
邪険にする王女にかまけず、ノマドは狼魔族の少年に詰めよった。
「ルチル・マナガルムよッ! 端的に言うッ! 剣闘大会に出ろッ! そこで今一度対決しようではないかッ!」
「……それって大収穫祭の2日目で行うやつだよね?」
「おうともッ! 毎年行われている収穫祭でも4年に一度だけ数日規模になる大収穫祭ッ! その目玉のひとつが剣闘大会だッ! 腕自慢の冒険者や名うての傭兵たちがこぞって参加する一大イベントッ! 幾多の強者と合間見えることのできる千載一遇のチャンスなのだッ!」
「そっそうなんだ」
ひとり盛り上がる先輩に、グイグイと押されルチルは眉を八の字にした。悪い人ではないのだがどうもこのテンションにはついていけない。
「この前は引き分けだったからなッ! この舞台に登って決着を付けようッ! 貴公もまんざらではないはずッ!」
「いやぁー無理でしょ」
「即答ッ! とりつくしまもないなッ! なんでだッ!?」
「だってボクら1日目でレースに出るんだし、前日の予選とダダ被りになるんだもん」
「なら棄権してこっちに参加しようッ! こんな機会もう数年はないんだぞッ!」
「そんな強引なぁ~」
どこまでも我を通そうとするノマドにしびれを切らしたルビィが横槍を入れた。
「いい加減にしなさいよ往生際の悪い。大収穫祭の予定はもうずっと前から決めてあるの。その日程を勝手に動かそうだなんて片腹痛いわ」
「王配候補のよしみでどうか頼むッ! 譲ってくれッ!」
「冗談じゃないわそんな理由で譲るわけないでしょ」
ぞんざいな扱いをする第一王女にさして気後れした様子を見せないノマド先輩。そのやり取りは慣れた関係性が窺えた。
少し気になったルチルはふと口を挟む。
「もしかしてルビィって、前からノマドと知り合いだったの? それに王配候補って、なに?」
「大した話じゃないわよ。王配っていうのは女王の配偶者のこと」
「へぇー…………ん? あれ?」
なんてことはない様子でルビィは言った。少し考え込んだ狼魔族の少年は自身の思考にがたつきを覚える。
すごく、聞き捨てならない事実に気付いた。
「配偶者、って旦那さんとか奥さんという意味だよね?」
「そうね」
「……待って。待って待って。つまり、どういうこと?」
「だから今後の女王と結婚するヤツのことに決まってるじゃない」
「具体的に誰と誰が!?」
不吉な予感を覚えたルチル・マナガルムは訊ねられずにはいられなかった。彼女はなにを今更と言わんばかりに言ってのける。
「要するにこのゴリライオンは王女の──アタシの婚約者。デイアは王女になるつもり更々ないって言ってるから」
ガッツーン! と言い換えられそうな衝撃が脳内を襲った。それはもう、後頭部から思い切り鈍器で殴られるようなとてつもない威力であった。
せっかく復帰したばかりでその場から崩れ落ちるようにうずくまるルチル。
「う、ウワァーーーーーー! 二人はつがいなんだぁああああ!」
「つがい言うなせめて上品に夫婦と言いなさい。婚約ぐらいで大袈裟ね。他にもあと二人いるんだけど」
「グワワァーーーーーー!」追撃に断末魔をあげるルチル。
考えもしなかった。ルビィに将来を誓った相手がいるだなんて。
そういえば聞くところによるとノマドは素行や言動とは裏腹に、獣魔騎士隊長の息子で武功に名高いレグルクス家という貴族の肩書きを持っている。
いわばお似合いの相手ではあるのだ。
「殿下よッ! その説明だと誤解を招くと思うぞッ! 正確には女王になってから決める故にまだ未確定の縁談なのだッ!」
ハートブレイクに悶えるルチルと怪訝な様子のルビィを見かねて、遂に問題児側のノマドが仲裁に動いた。
「だから案ずるなルチル・マナガルムッ! これは仮初めの婚約だからあくまで候補に過ぎずッ! もとより己も殿下も婚姻する気はないッ!」
というかタイプじゃないッ! と当人の前で物凄く失礼なことを言う獅子魔族を半眼になって一瞥しながらルビィも合いの手を打つ。
「あくまで派閥の牽制よ。やかましい貴族たちを納得させるため、王族寄りの一派や隊長格の上流騎士から選りすぐって合意のもとに繕っているのよ」
「……じゃあ、ノマドとは夫婦にならないって、こと?」
「コイツだけじゃないわ。いずれ全員解消する予定ね」
「そう、だったんだ。でもよく考えればそれが自然だよね」
時折忘れそうになるがルビィはこの国のお姫様だ。しかるべき相手と政略的に結婚するのが慣例である。
本来であれば、住む世界が違う相手なのだ。高嶺に咲く花である。
「──獣人は血よりも牙と爪を重んじる。これはお母様がよく口にしていた言葉ね。一代貴族な上流騎士も王配候補に挙がるのもそれが理由……つ、つまりそういうことよ」
「あっ」
遠回しにその資格を持てと、彼女は言ってきた。そう、女王に相応しき上流騎士になって傍ら──伴侶となれるように、と。
「その、専属護衛騎士にならなかったら、承知しないからねっ」
「わかってるよー……ぇへへ」
素直になれずそっぽを向く王女と照れ臭そうに頬を掻いて笑う騎士見習い。二人の関係は一部に認識され、見守られている。
「それはッ! それとしてッ!」
その空気をぶち壊し、もはやがなり立てる勢いでノマドは口火を切った。
「貴公が不参加とすれば己はなにを楽しみに参加すればいいッ!? イズナとクレシェにも拒まれてお手上げなんだッ! つまらーんッ!」
「知らないわよ他当たりなさい」
「たしか剣闘大会にはサーフィアとメノウが出るって言ってたよ。二人とも負けず劣らずの強豪だもん、きっとノマドも満足すると思う」
「なるほどッ! それは愉しみにしておこうッ!」
大いに気をよくしたノマドは獰猛な顔つきをニカッとさせた。
†
四方に配置された王都の関所では毎日忙しなく獣人たちが往来していた。
外出して戻ってきた住民はもちろん、旅人や商人、来賓など多岐にわたる。しかも獣人の種類もかなり幅広い。
今日はとりわけ異彩を放つ来訪者が検問で憲兵から取り調べを受けていた。
外套と羽織って色褪せたフードを被り、麻袋に包まれた長物を肩に掛けるといういかにもな胡散臭い人物であった。
「名前と王都への目的は?」
「アリィ。依頼と観光よぉ」
童心を残したような甘ったるい女性の猫なで声。フードを外すよう促され、取っ払うとブルネットの髪が揺れた。
色白の肌。これでもかとパッチリ見開かれた瞳。苔むしたと見紛うモスグリーンの口紅に妖しい微笑が彩る。
そして側頭部から伸びた毛のない笹穂耳。それを目にした憲兵は少し驚く様子を見せた。
(し、少々奇抜だが長く尖った長耳……爬虫類系の獣人か。有翼獣人に次いで珍しいな)
ジロジロとその容姿を眺められた彼女であったが、気を悪くするでもなくウフフと笑って事情聴取に意欲的だった。
「アリィは鰐魔族。尻尾もご覧になるかしらぁ?」外套を捲って迷彩柄の太い尻尾を揺らす。
「あ、いや、そこは構わない」
素性を極度に隠す理由は説得力があった。若い女性でワニの獣人が独り旅をしていたら嫌でも目立つであろう。
「その背にあるのは武器か? 見せてもらおう」
「これは商売道具だけどぉ」
「商売?」
括られた紐を解き、貝殻に長柄が伸びた杖のような全貌が露となる。魔道具であるのが見てとれた。
「歌手には離れたオーディエンスに声を届かせる必要があるでしょぉ? そのためのステッキなのぉ」
職業は吟遊詩人であり、依頼というのも大収穫祭の催しのために王都へ訪れたのだと推察ができた。
「な、なるほど。では滞在期間も1ヶ月ほどと考えていいか?」
「そうねぇ、お祭りの余興として唄うんだけれど貴方も一曲どうかしらぁ? お安くしとくわよぉ」
「……気持ちはありがたいが業務が残っているから遠慮しよう」
「あらぁ残念。他になにか答えることはあるかしらぁ?」
「最後に……この国でよからぬことを企てていないと答えられるか?」
「勿論よぉ。神獣様にだって誓えるわぁ」
けろっと言ってのけた彼女の様子に、憲兵は首に提げたメダリオンを持った。中心に小さな紅玉の嵌まったそれはキラリと日の光を浴びて反射する。
「……もう行っていいぞ。ようこそ王都へ」
「警備ご苦労様ぁ」
ヒラヒラと手を振り、女は検問を潜り抜ける。
人々が行き交う大通りを歩く彼女はそわそわと街の景色を見渡す。まさに観光を楽しむ様子が見てとれた。
「……ふぃ~。全くヒヤヒヤしたわい」
そんな彼女のフードから、しゃがれた男性の声がした。それを聞いて真ん丸に見開いた瞳をパチクリさせる。
「あらぁ、もうお喋りしていいのぉ?」
「尾けられとる気配はなさそうでな。盗聴もされておらんじゃろて。こちとら生きた心地せんかったぞ」
「大袈裟よぉ。言ったとおり大丈夫だったじゃなぃ。問題なく入れるってぇ」
「お前さんあの魔道具に気付かんかったかい? 衛兵の首にあったありゃあ虚偽の申告に反応する代物で、迂闊なこと喋ればすぐに察知されとったぞ! 最後の質問、よくバレんかったな」
「だってアリィ、なーんも悪巧みしてないもーん。貴方たちと違ってねぇ」
彼女の傍には誰もいない。まるで見えない相手とやり取りでもするように。
しかし外套の下──肩周りでなにかが蠢いていた。
「それで小柄な家人ィ? この後はどうしたらいいのぉ?」
「わしらは既に潜伏した幽鬼の騎手並びに竜禍の残滓と落ち合う予定になっとる。後はボスの指示を待つだけじゃぜ」
「ふぅ~ん」
なんて話半分に聞きながらまだ彼女は周囲を気にしていた。景色が相当気に入ったらしい。そんな調子の彼女に男の声は一段低くなった。
「……唄うのは尚早じゃぞアリゲイル・リバーテイル──いや、壊岸の歌姫。時期がくるまでは大人しくせい」
「わかっているわよぉ~。ちょっと想像しているだけじゃないぃ。お爺ちゃんは神経質ねぇ」
フフフ、と忍び笑いを漏らしギョロギョロと瞳を動かす。その視線は狂気的なものであった。
「あぁ、でも本当に綺麗な街並みぃ。これがアリィの歌でどんな風に崩れ落ちるのか楽しみで辛抱堪らないわぁ~」
「……異常者め。これで悪意ゼロなのが質悪いわい」
アリゲイル・リバーテイル。彼女の正体は指名手配されている裏S級冒険者、壊岸の歌姫。かつて海沿いにあった町村に壊滅的な被害をもたらし、指名手配された危険人物である。
アリゲイル=アリゲーター+クロコダイル
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