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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
大収穫祭編
93/108

霊峰花


 実りの季節が訪れつつあった。


 新期生たちの遠征活動からはや数ヶ月。王立学院シルバスコラではとりわけ大きな事件もなく、生徒は平和な日常を送っている。


「あーちくしょう全く進歩してる気がしねぇ」


 むしろ、変化のなさ……もとい己の実力の伸び悩みに微かなもどかしさすら覚えていたのは銀髪の狼魔族の少年だった。


 銀剣を放り、あまり人目につかない訓練所のはずれで大の字になって草地に倒れ込む。


「おやおや? もう休憩の時間?」


「今日のノルマなんざとっくにこなしちまったよ」


 頭上から影を被せてきた声に、息も切らさずにサーフィアは応じる。


 新雪が降りたような純白の髪が視界を遮る。柔らかな眼差しに収まった琥珀色の瞳と目があった。


 デイア・フェリ・ベスティアヘイム。この国の第二王女であり猫魔族の少女。癒しの力を持つ故、聖女殿下という愛称で下々の者にも親しまれている。


「そこまで張り切った割には上手く行ってないみたいだね。手詰まりって雰囲気」


「思考停止で鍛練し続けて実戦でも通用するなら苦労しないだろ。それだけで卒業するつもりは更々ないよ」


 むやみやたらと負荷をかけていても身体能力の向上には限界があるし、素振りばかりでは防御面が疎かになりがちだ。


(せめて実戦形式で打ち込みしたいところだがルチルのヤツは飛行訓練で忙しいみてぇだし、タヌキザムライに至ってはチビの狐先輩とご指導いただいてるし、独りでできることなんざたかが知れてる……四の五の言ってる場合じゃないか)


 意を決してサーフィアは立ち上がる。


「……そろそろ潮時かもしれねぇな」


「どういう意味?」


「次のステップを考える段階ってことだ」


 現在サーフィア・マナガルムは具体的に己の成長し得える状態として二つの指標を目指していた。


 一つ目が双子の弟、ルチル・マナガルムと同じ原石体質の活性化。一時的な肉体と魔力出力の強化を彼と同じく故意に引き出せるようになること。


 こちらに関しては事例が少ない上に先人たちの教鞭があまりに抽象的だった。火事場の馬鹿力に似た類のものであると推察する以上一度でもその症状がないと使い出せないと判断したため保留だ。


 ならばと二つ目がサーフィアの持つ魔法紋ルーンを次なる段階へと踏破すること。すなわち、


「オレも第Ⅱ覚醒(フサルク)が扱えるようになりたいところなんだが。どうもその兆しが現れる気配が微塵もねぇ。先人に手本を乞いたいが、どう思う?」


 後者であれば、前例はそれなりにいる。つまり参考にしやすい。目の前にいる彼女だってそうだ。



「なるほどー。いいんじゃないかな? ルビィかエメに頼んでみたらー?」


「お前、教えるつもりゼロだな」


「えーどうしてー? わたし頼まれてないよー?」


「……わざわざ話を振ったってことはそういうことだろ。意図を汲んでくれよ意図を」


「あらまぁそういうことだったの。わたしったら鈍くてごめんなさい」


 白々しくデイアは笑って言った。サーフィアは素直にお願いしなかったことをからかわれて渋い顔になる。


 彼女の姉ルビィもルチルと同じくやんごとなき事情で不在であり、エメラルダに関しては快く協力してもらえる間柄でもない。先輩たちなんてもっての他だ。


「でもそこまで焦らなくても大丈夫だと思うよ? 入学したばかりなのにもう騎士候補生(エスクワイア)に登用されて、ルチルたちと一緒に期待の新鋭として注目されているんだから」


 デイアの言う通りサーフィアはルチルとメノウの三人同時で功績が認められ、叙勲を受け騎士候補生(エスクワイア)として正式に公表された。これで在校生の中で六人が該当することになる。


 すでに騎士としての内定をいただいたのも同義である大躍進なのだが、彼としてはそれだけで胡座を掻くつもりにはならなかった。


「確かに入学の時、他力本願で覚えず励めって釘刺されたのは覚えている。けどなぁデイア、この前の遠征で痛感したんだよ。まだ実戦じゃ一線級の奴らには遠く及ばないってこと」


 観念したサーフィアは頭を下げた。脳裏にいくつもの戦闘情景がよぎる。


 蝙蝠少女騎士ミニュアとの試合、虎魔族の野生児シトリとの激突、超獄獣ゲヘナヒモスとの決戦。


 どれもが己を未熟であると否応なく教え込まされた闘いであった。


 そしてまた同じようなことが起きた時、まだ学生の身だからという言い訳で足手まといになりたくない。


「できることは全部やっておきたい。参考程度でもいい。頼む」


 少しの間の後にデイアが起こしたのは、小さな嘆息だった。しょうがないなぁ、という気持ちの表れだったのだろう。


「……サーフィアは《銀剣錬製(シルバーレギオン)》をどこまで使いこなせているの? 具体的に」


 訊ねられ、サーフィアは思い付く限りのことを想起する。


「そう、だな。純粋な近接武器として形状や大きさを状況に応じて生成する。別に手からじゃなくても身体から直接出せるから定石外の不意打ちを仕掛けることもできるな。それに投擲、盾や壁、空中で足場に利用といった具合か」


 羅列されていく技量に彼女は頷きながら聞き入った。


「それなら今サーフィアが自覚している至らない部分はある?」


「欠点を明瞭にしたいわけか」


「というより、持ち味の再認識って言い換えた方がいいかな。魔法紋ルーンにおける第Ⅱ覚醒(フサルク)とは、その人の可能性の拡張。それを考えることが目覚めの近道だから」


 少し考え込んだ仕草を見せた後、デイアは続けた。


「たとえばルビィは《神の火(ウリエル)》で目にした万物を燃やす権能を持っているでしょう? なにもないところでも空気に火をつけ燃焼させて強靭な豪火を生み出している」


 デイアの姉はそれ以外の共用攻撃魔法をまともに扱えないがそれでもお釣りがくるほどに強力だ。


「でも当然弱点もあって視野に入らないと直接発火も起こせないし、素早い動きで撹乱されるのは苦手だし、なにより近接戦闘に持ち込まれるのは滅法弱い。本人もそれを承知の上で《神の火(ウリエル)》・《受肉(インカルナティオ)》に進化させた」


 サーフィアもそれを目の当たりにした。燃ゆる天使の如き双翼や武具の数々を手に大立ち回りをしていた姿を。


「炎の物質化。それにより自ら起こした火炎を武装することで火力だけじゃなく白兵、防御、機動力を底上げしたの。彼女は自分の持ち味を生かしながら欠点を克服したわけ」


「鬼に金棒、ってか。アイツにしちゃよく考えた発展能力だよな」


「そう。そこなのサーフィア。潜在的な意識の発展を要するから、魔法紋(ルーン)が発現したのと同じように思い描いた通りになるとは限らないけれど、ある程度の方向性は自分で決められるのが第Ⅱ覚醒(フサルク)なんだよ」


 すなわち彼女が言いたいのは習得した魔法紋(ルーン)を駄目な成長をさせるリスクがあるということだろう。


 欠点を補うのか。それとも強みを生かすのか。両立させるのが理想的。


「わたしの場合はね……あ、ちょうどよかった。そこ、手当てしちゃうね」


「おう、悪い」


 デイアはサーフィアの腕を見てうっすらとした切り傷に気付く。昨日の鍛練でうっかり銀剣を落とした際に掠めた痛みも忘れるほどの怪我だった。


 だが普段とは異なり彼女は患部に手を当てようとはせず、わずかに距離を置いていた。それでは治療できないはずだ。


 ──《聖域の抱擁(ホワイトガーデン)》・《霊峰花(エーデルワイス)


 片手を前に出すなり淡く白い発光が灯り、手品のように白い一輪の花が彼女の手元に出現する。


「どうぞ」


「お?」


 聖女は霊峰花(エーデルワイス)を差し出した。受けとりながらもサーフィアは意図がわからずに困惑する。


「ぎゅっと握ってみて」


「いいのか?」


「うん。本来の使い道(・・・・・・)だから」


 デイアは促す。言われるがまま彼はそれに握力を籠めた。


 途端に、花弁から白き聖光が解き放たれる。自分を包むものが言わずともデイアの癒しの力であると察せられた。


「……なるほどな。花を介しての《聖域の抱擁(ホワイトガーデン)》の代替発動。ポーション以上の回復量と即効性を携帯させるために物質化させたのか」


「わたしが直接治すことができない局面はいくらでもある。だからいざという時のために用意できたらいいな……と試行錯誤し続けた結果だよ。まだ数日も維持できないけれど」


 彼女の魔法紋(ルーン)の特性上、戦闘面に秀でる必要はない。なのでこうして活用の幅を広げたという。


 己の特性に見合った第Ⅱ覚醒(フサルク)を得たいのであれば、今一度自身の魔法紋(ルーン)と向き合い、どう発展していきたいのかを考えるべきなのだろう。


「……つまり、やることはこれまでと変わらず鍛練を続けながら、間違っても無駄な権能に目覚めないよう修正をしていくってわけだな」


「そうだね。錬度を突き詰めるのは大前提。これでもかと鍛えるために、魔法紋(ルーン)使って使って使いこなして……自分の限界の境目を踏み越えてこそ第Ⅱ覚醒(フサルク)の域に到達させられるの」


 はからずも、彼の行いは既にその正道を歩んでいるのだと。


「だからサーフィア、今は目に見える成果が出ていなくともそうして励むことで確実に進歩しているから。その道のりを台なしにしないよう、貴方になにができてなにが足りないのかよく考えてみて」


 デイアはアドバイスを締めくくる。


「大分参考になりそうな意見だ。十全に役立ててみせる」


「頼りにしてるね、わたしの騎士様」


 サーフィアは受け取った言葉を反芻する。己の能力における弱所、伸ばすべき部分、新たな可能性の模索。意識しながら腕を磨き、あとはきっかけさえ掴めれば活路は開かれると信じた。


「……ところでお礼も一緒に期待していいのかな?」


「お礼?」


「たとえばープレゼントとか……いやぁデートだったり? またお出かけしたいなぁ」


 まさかお断りしないでしょう? という虫も殺せなそうな少女がしたたかに微笑む。奥手で気弱だった幼少の面影はどこへやら。


(やべ、話を変えねーと。庶民にとってクソ高ぇ料理店や服飾店を利用することになって、見栄のために払うのにも限界が訪れて今度こそ返せない借り作る羽目に遭った挙げ句囲い込まれちまう)


 なんて前回の失敗から教訓を得たサーフィアは手痛い出費をどうにか回避すべく頭を働かせていると、


「────ワァアアアアアアアアアアアアアアアア────」


 頭上で、情けない叫びと一回り大きな緑の塊が目にも留まらぬ早さで通過した。


 それから同じくらいのサイズで赤いなにかが追いかけていく。


「……今のって、モッフン?」


「ついでにすごく聞き覚えのあるヤツの声が漏れてたな。大丈夫なのかあんな調子で……」


 呆れ果てたぼやきがサーフィアからこぼれる。




 遡ることほんの数分前。


 深緑のフェザードラゴンことモッフンが蒼天の下で飛行遊泳する。上昇、降下、旋回、反転と気ままなアクロバットを披露していた。


「キュッキューイッ!」


「ヒャッホーーーーイっ!」


 その背に跨がり竜騎をこなす狼魔族の少年が喝采をあげた。モッフンに(くら)を背負わせた試運転の真っ最中である。


 数週間後、王都では翼竜種による飛行レースが行われる。それにルチルとモッフンのコンビも出場する予定だ。


「いつまでも戯れてんじゃないわよルチル。レースに曲芸は要らないでしょ」


 赤いフェザードラゴンのフレアボールターボに騎乗した王女ルビィが嗜めながら近付いてきた。手綱を引き、巧みな操竜術を見せる。


「とりあえず(くら)の調子は問題なさそうね。本番じゃそれ着けて飛ばないと失格だから」


「別にこんなものなくてもボクらはへっちゃらなのにねー」


「…………ふーん、そう」


 得意気なルチルの発言にルビィは白い目を向ける。ダメな教え子を見る時のような目だった。


「じゃあ今から、モッフンの全力を確かめるから本気を出させてみなさい。その後ろをアタシたちが追従するから」


「オッケー。モッフン、合図したら全速力お願いね!」


「キュウヲ(いいの)?」


「うんっボクのこと気にしなくていいから!」


「……キュキュッキュ(わかった)!」


 鞭で叩かずともモッフンはものわかりよく応じる。学舎で飼われているフェザードラゴンたちの中でも群を抜いて知性の高い彼女(・・)はレース時にも細かい指示に対応できることが期待された。


 ……それだけではなかった。


「じゃあ行くよー……よーいド──」


 ン、をつけるより先に。


 布を叩くような音がするなり、ルチルの視界は眼下の景色を置き去りにした。


「──ばぁあ?!」


 全身にとてつもない風圧が絶え間なく押し寄せる。今にもモッフンの背から吹き飛ばされそうになった。


 左右の双翼がこれまで以上に激しい頻度で羽ばたきを繰り返し、空気をかき出すように加速する。


 落ちないように必死で手綱を手繰りモッフンにしがみつくような姿勢でいるのが精一杯である。


 空は流れ、風切りのノイズが絶え間なく犬耳を苛める。


 予想以上に、想像以上に、竜の本気の飛翔は早過ぎる。自分がボールとして剛速球で投げられたような経験だった。


「まっ、まっへ……! モッブンどまってっ、とま────ウワァアアアアアアアアアアアアアアアア──」


 制止の声も絶叫も先行くモッフンには届かず、しばし高速飛行に翻弄されることとなった。


デイア「日程とか入るお店とかよく決めておかないとね」

サーフィア「クソっ誤魔化せてなかったっ」



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