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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
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魔女の夜宴

 遠征を終え、ルチルたちは荷車(ランスロット)隊とともにようやく学院へと帰路につく。その道中はとりたてて列挙するような大きな出来事もなかった。


 もうじき到着するその時までは。


「さぁアンタたち! 学院に帰ってきたからってぐうたら休めると思わないことね! 今のうちに覚悟しておきなさい!」


「なんだ急に」


「突然仕切り始めたっス」


「ルビィなにかやるのー?」


 突然荷台の上で立ち上がったルビィが宣誓する。隣のデイアが察したようで、なるほど……と苦笑いした。


「決まってんでしょ、宴すんのよ! う・た・げ! せっかくの凱旋なんだから、盛大にやろうじゃない!」


 ハァァァー!? という生徒一同の反応をよそに、同席して膝を抱えていた野生児シトリが宴? と首をかしげる。



 そこからはもう、てんわやんわの大騒ぎだった。やれモルグ洞賊団を撲滅しただの、ゲヘナヒモスを討伐しただのと情報が錯綜し、パーティーをやり出すという王女殿下の宣言にてんてこ舞いである。

 しかも学院に到着するなりルビィは校長室へ交渉しに突撃。


「懇親会を止めて騎士と全校生徒で宴会をするだァ!?」


 鼠魔族の魔導顧問、マウ・スコルド教授が信じられないといった様子で声を裏返す。


 元々小規模なら会席の準備を進めていたのが、その規模を第一王女ルビィ・フェリ・ベスティアヘイムが押し広げようとする。


 長年教員を務めて生徒の規範を重視し、慎重で真面目なことがモットーであるマウ教授にしては到底あり得ない案だった。


「なにを言っとるんじゃおんし! 誰の許可を得て──」


「王女なんですけど!」ここぞと地位をちらつかせるルビィ。


「そ、そもそもそんな準備今夜までにできるわけ──」


「外でやれば席なんていくらでも用意できるし参加する生徒たちも動員させれば間に合うでしょ。はい必要経費」金貨袋をどさりと机に放り出すルビィ。


「クワァアアアアア金と権威の暴力ゥーッ! 学長! なんとか言ってやってくだされ! これを許せば他の生徒にも悪影響がですがな!?」


 マウは頭を抱え、兄弟子である学長に助け船を求めた。


「ほがぁ」


 五芒魔星(ペンタグラン)の一角、天導士(ウェザード)の通り名を持つ山羊魔族のアレキサンダー・タングニョーストは卓上で両肘をつき、白髭を豊かに蓄えた顎に指を乗せる。


「……王女殿下が責任以て自腹でやってくれるんでしょ? 自主性を育むのにもいい機会だね、採用っ」


「言質とったわ!」


「ああもう能天気なボケ老人!」


 かくして各々が今夜のパーティーに向けて突貫準備することとなった。


 具体的に指揮する立場に任命されたのはサーフィアであり、王女の命令にやれやれといった調子で重い腰を上げる。


 まず彼が行ったのは人員を分担させて、それぞれの班にリーダーとお役割を与えることだった。


「買い出し班はすぐに荷馬車を走らせろ。ルチル、一足先に王都へ行って市場の食糧確保できるか?」


「うん、モッフンと一緒に飛んでく!」


「調理班は給仕と連携とって献立の再検討と今ある食材での下拵えだな。その辺はお前に頼んでいいよな」


「ブヒヒ、任せとけ」猪魔族のボークは快く引き受けた。


「設営班は……」


「ウッキッキ、皆まで言う必要はないぜ」


 猿魔族のエンキは細かな指示を遮り、金槌と木材を手に意気揚々と進み出る。


「なにを隠そう俺様は簡易大工の達人! テーブルやちょっとした屋台くらいならいくらでも──」


「がおおー!」


「ふおぉー!?」


 その出鼻を挫いたのはシトリであり、サーフィアのアドバイスで手頃な石台を瞬く間に産み出していく。


「トラ女がいりゃあ後は細かい飾り付けでもすれば十分だな」


「もっとシトリに頼っていいぞ」


「だあああああちきしょー! また見せ場とられたァー!」


「がお?」


 そんな調子で新期生があくせくと働いているが、ルビィの呼び掛けで先輩たちも協力していた。


「あの女、遂に本性を表したの。こんな横暴を押し通すなんて絶対チョーシに乗ってるの」


 ──《永久冬獄(コキュートス)》。


 ブチブチと文句を言いながら青髪の兎魔族のクレシェ・ウルスラースは果物をひとつひとつ手で凍らせていた。フルーツのシャーベット作りを担当しているのである。


「ま、まぁまぁクレシェさん、あのアレキサンダー学長が太鼓判を押された企画なんです。その説得の手腕を褒めるべきでしょう」


「どうだかなの。権力と金に物言わせてゴリ押ししたに違いないの。この機に牛耳ろうって魂胆が見え見えなの。クーは騙されないの」


「いや、ははは。そんなまさか、王女殿下に限ってそんなことはないかと」


 というまさにその通りな指摘であったことは露知らず、クレシェと同じ騎士候補生(エスクワイア)である黒い狐魔族のイズナ・カンナギはなだめていた。問題児のお目付け役である。


「どちらでもかまわんではないかッ!」


 そして問題児その2が果実を山盛りにした籠をドサリと置いて会話に混ざる。


「オメーに聞いてねーの。まだ持ってきやがるの」


「これが学院支配の一環だとして別に不都合はなかろうッ! どうせ民という存在はなにかしらに支配され生きるのだからなッ!」


「無視すんななの」


 獅子魔族、ノマド・レグルクスはクレシェに邪険にされていながら堪えた様子もない。


「クックックッ! たしかに貴公の危惧するところもわからなくはないぞクレシェよッ! 権力も暴走が過ぎればただの独裁ッ!」


「そうなのアイツは権力を以てこの学院を支配しようとしているの」 


「しかしだなッ! 支配がすべからく悪ならば国も組織も成り立たんッ! (オレ)の見立てではあの炎猫姫は弁えているだろうッ! 平民の嗜好を熟知しッ! 協力させる手腕は見事としか言いようがないッ!」


 強く肯定的に評したノマドに、クレシェは舌打ちで黙々と作業に移った。反論できるほどの余地がないらしい。


「……そうですね。ノマドさんにしてはとても真摯で達観なされたご意見です」


「騎士の家系だからなッ! 仕えるべき主君を見極めッ! 時には支え時にはその首を賭けて諫言するのも役目であると親父から聞いたッ!」


 ──権力者なんぞ、ちょいと我が儘なくらいでちょうどええ。有り難がって振り回されておれよイズナ。


 イズナは自身が仕える本当の主君の姿と言葉を脳裏に馳せ、ノマドの言葉に頷いた。



 夕暮れが過ぎた頃、松明の灯りを囲って校舎の広場で生徒たちは集まる。


 ジョッキやグラスを手にした生徒職員一同は、台に登壇した王女を見上げる。


「今夜この宴を開いた理由はまず、新期生から日頃のささやかな礼を籠めた催しをすると決めたからよ」


「アレ絶対適当だぞ」衆目に混ざってサーフィアが密かに揚げ足をとり、ルチルはプクッと噴き出すのを堪える。建前だというのは恐らく共通認識だろう。


「そして今回アタシたちは荷車(ランスロット)隊と共に遠征先で二つの功績を成し遂げたわ。ギムレーの村を襲ったモルグ洞賊団を制圧し捕縛したこと。そして未踏のダンジョン内にいた超獄獣、ゲヘナヒモスを見事討伐せしめたこと。ていうか、アタシが仕留めた」


 あらためてこの場に宣誓する。周囲はざわついた。どこまでが本当なんだと半信半疑の者、同じ学生で末恐ろしいなと戦慄する者、姫殿下すげぇ……と純粋に讃える者と三者三様の反応である。


「──つまり、学院の後世にも語られるであろう偉業を記念しての席と思って頂戴……御託はもう十分かしら? 好き勝手に飲み食いしなさい!」


 乾杯(チアーズ)ッ。


 最後の締めで全員の声が喝采に変わる。こうして学生たちで自主的に宴を開催する恒例行事が誕生した。発端が魔女王の娘からの発祥であったことで、こう呼ばれることとなる。


 魔女の夜宴(ワルプルギス)と。


 大鍋の水炊き。パエリア。豚や鶏の丸焼き。魚やキノコのパイ包み。


 今まで目にしたことのない豪華な食事に虎魔族のシトリは夢中になった。


「うま、うまうま、うまぁ~」


「急いで食べなくても誰も奪ったりしないよ。ゆっくり味わってね」


 木皿を鷲掴みにしてがっつく野生児にもう一人の王女デイアはやんわりと声をかける。大見得を切った姉に代わって彼女が面倒を診ていた。


 その理由と言うのも、


「おーい誰だ酒持ち込んだヤツ~。絶対買い出し班の仕業だろ~。間違って飲んだルビィがまーた酔い潰れてんぞ」


「ふにぁー」


 呆れるサーフィアの言葉通り、主催の王女殿下はベンチに腰掛けるルチルの膝に乗り掛かってダウンしていた。狸魔族のメノウが口笛を吹きながら惚けた様子で葡萄酒を手に離れていく。


「それでね、シトリ。食べながらでいいのだけれど、さっきの話」


「もごもご、がお……シトリのこれから、だな」


 唇をペロペロしながら応じる彼女の口元を聖女殿下御身自ら布巾で拭いながら続ける。シトリのワイルドな衣装はこの晩餐に向けてデイアのおしとやかな私服へ強制的に着替えさせられていた。


「貴女は今後、この国の保護下に置かれることになる。気ままに過ごしていた頃に比べたらきっと不自由な想いをするかもしれない。できるだけの便宜は測るつもりだよ」


「うーん。難しいのは苦手だぞ」


「そう。わたしたちもシトリにはまだ想像もつかない難しいことだらけの中で暮らしているの」


 それが生きるということだから、とデイア・フェリ・ベスティアヘイムは含蓄のある独白を混ぜて伝える。


「この宴会をするのにだってみんなが一生懸命頑張っていたところを見ていたでしょう?」


「シトリも手伝った!」


「その調子でシトリには色んなことを学び、自分のできることを増やしていってほしいの。そうすれば──」


 コトッと、デイアは卓上に盛り付けられた皿を差し出した。


「? なんだこれ」


「食べてみて」


「……っ、あまぁい。甘いぞぉっ」


 声が上擦るほどに大喜びで生クリームたっぷりのケーキ菓子を素手で頬張るシトリ。甘味の魔力に取り憑かれた。


「これはね、スイーツ。普段食べられないご褒美の食べ物なんだよ」


「スイー、ツ。ご褒美……」


 キーワードを強調してシトリの思考に反芻させていく。既に教育は始まっていた。


「今日は特別だからみんな食べられるけれど、シトリだってもっと食べたいよね?」


「も、もちろんだぞ! 食べたい!」


「──じゃあ、色んなこと、難しくても覚えていこうね?」


 にっこりと微笑む聖女の敬称を持つデイア。意図を奥深くまで理解できていないシトリは強く頷いた。

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