凱旋を嘲る狐
一行がダンジョンを脱出し外へ出た頃には既に日は落ち、真っ暗な空の下で月明かりが出迎えていた。
モルグ洞賊団の統領モルグ・ボーリングの類い稀なる掘削能力によって最短ルートが開拓され、入り組んで途方もない道筋を辿る必要があった地下ダンジョンを容易に脱出したのである。
「お姫さんよぉ! 言われた通りにしたんだからこの縄解いてくれねぇかな! もう悪さしねぇって!」
「ダメに決まってるでしょなに言ってんのアンタ」
「ハァ!? おいぃ! 話違うじゃねぇか! 穴掘ったら恩赦を賜るんじゃなかったのか!?」
「誰がそれだけで保釈して自由の身にするだなんて言ったのかしら。減刑させただけでアンタらはまだ罪を犯した分差し引きマイナスなのよ。残りは王都の牢の中で不味い飯食ってじっくり反省してなさい」
「そ、そんなのありかよォ~!?」
「お黙り。ありなのよ。それともこのアタシが直々に火刑に処してやろうかしら。一月はベッドで呻くくらい程よくこんがりぶっ焦がしてやるわよ!」
身も世もなく喚いた土竜魔族の男をあしらっていると、いくつもの光源を率いた影がこちらへと近付いてくる。
月光に鎧を反射させる集団は、そのまま合流するなりルビィの前で一斉に跪く。
「ご無事でなによりですねぇ王女殿下。遅ればせながら剣鉈隊の一陣とこのフェネス・ルナールが参上つかまつりました」
「……大した重役出勤ね剣鉈卿。王女がダンジョンに潜っていたというのに救出しに赴くつもりあったのかしら」
「滅相もございませんよ。これでも押っ取り刀で駆けつけた次第で……縛った賊を連れたその様子だと、もう後の祭りのようでしたがねぇ。我々の立つ瀬もありません」
憮然とする王女に物怖じせず、歯に衣を着せぬ物言いで糸目の狐獣人騎士はおどけた。
ルビィはもういいわ、と逐一問答するのも億劫な様子で話を進める。
「今回の成果はモルグ洞賊団だけじゃない。ダンジョン内に潜伏していた超獄獣ゲヘナヒモスの討伐も果たした。ここで剣鉈隊のお役は御免だから」
「ほぉ。あの指定特殊体を仕留めたとは」
「もし手持ち無沙汰で王都へおめおめ引き返すのが嫌なら、罪人の護送を引き継いで一足先に帰還なさい。それくらい動けば面目を保てるってもんでしょ」
「承知致しました。ご慈悲に感謝を、喜んで賜りますとも」
微かに糸目が広がる。琥珀色の眼がスライドし、背を向けた王女から別の人物に移った。
後続に控える重鎧の巨騎士、牛魔族イーオス・アステリオの方に。
「これはこれは荷車卿。貴女も御同伴なさっていたのなら殿下が無事だったことも頷けます」
「フェネス」
今になって気付いたように振る舞う剣鉈卿。神妙な顔で名を呼んだイオ隊長は旧知の仲を仄めかす。
元々彼女も荷車隊ではなく剣鉈隊に所属していたのである。
「ご無沙汰ですねぇ。それにあの時以来でしょうか、ご尊顔を拝見するのは。せっかく整った美貌をいつも武骨な兜で隠されていましたから」
美辞麗句で褒めそやしているのだが、嘲笑を含んで彼は続けた。
「この場に居合わせていたのなら第一王女殿下からの今しがた下されたご命令も承知の上と存じ上げますので、せっかくの手柄を横取りするようで心苦しいですが賊の身柄を素直に引き渡していただけると幸いなんですがねぇ」
「無論、その方針に異を唱えるつもりはない。すみやかに融通しよう」
「ご理解いただき感謝申し上げますよ。ところで、遂に為し遂げたということですかね? ご家族や故郷の皆々様の仇討ちを」
「……そうだな」
「くひひ。それは喜ばしいことだ。おめでとうございます。これで長年の宿願が叶ったということですねぇ」
口先だけの心にもない祝辞。やや間もあってイーオスは頷いた。
「ということはやはり引退なさるのでしょうね。いやはや名残惜しい限りだ」
「んなっ」成り行きを見ていたミニュアがたまらず声をあげる。
隊長同士のやりとりに配下の少女騎士は割って入った。
「な、なに勝手に話を進めてんスか!? イオ隊長が辞める必要ないっしょ!」
「おや? ご存知ないのですか? 荷車卿は元よりかの超獄獣を討つべくして我等が剣鉈隊へ入隊していたことを」
「そんなの百も承知っス! 隊長が志願した理由も! ウチの隊に移籍した経緯も!」
「ならば話は早い。ゲヘナヒモスの因縁こそ彼女にとっての全てだった。その目的を果たした今、騎士を続ける必要もないはずでは。まさか隊を率いる旗頭として担ぎ上げ続けるべく存続を強要なさろうとしているわけではありませんよねぇ?」
「はっ! ほざけっスよ!」
だからなんだとミニュアは一蹴しようとした。
「隊長のことは隊長自身が決めることっしょ! いくら同格といえど余所の隊の者が口出しすることじゃないんス! えっらそうに!」
「これは手厳しい。それでいて勇ましい。部下たちに随分と慕われておいでだ」
せせら笑いには生意気で身の程知らすだという副音声が滲み出る。
「ミニュア、もういい」
「けど隊長!」
「私が申し開きする余地を残してほしいんだ」
黙していた牛魔族の女騎士は前に進み出る。今まで避けていた同期との対話に臨んだ。
「……あの時、私は君になにも言い返せなかった」
「そうです、こちらの結論は以前と同じですよ。実力で隊長に登り詰めたことは認めます。しかし言葉で繕えど、ヒトの本質というものは変わらない」
「その通りだった、と思う。復讐に囚われていた私は騎士としてふさわしくない」
「だけど復讐を済ませたのだからいいだろう、と言うつもりなら幻滅致しますがねぇ。またなんらかの怨恨を産み、繰り返すに違いありません。せっかく戦う理由がなくなったんですから、退き際は考えるべきだと進言させていただきます」
「なくなってはいないよ」
言葉少なげにイーオスは遮った。
「そんな愚かな私だからこそ、過ちを犯したからこそなんだ。償うために戦わなくちゃならない、ただそれが違う戦い方になった。こうして荷車隊の一員として人々を助け、時には守り、後進を育てていくのが私の選ぶ騎士の道筋だ」
「もっともらしい御託ですねぇ」
評して肩を竦める。
「要するに隊長の地位が惜しくなって騎士を辞めたくない、と仰っているだけでは?」
「そういう解釈でもいいよ。実際この立場だからできることはたくさんある。それだけ誰かのために働く機会も増える」
「うわべを繕い、開き直られたわけですか」
「前を向くようになっただけさ」
イーオス隊長はフェネス隊長が放つ言葉の刃を易々と受け流す。
「正義感の強い君にはみっともなく足掻いているように見えるかもしれない。隊長でいるのが不安視されるくらい未熟なのも認める。でもこれからなんだよフェネス。私が真っ直ぐ歩み始めるのは」
生傷をつけたその面持ちに憂いはなく、瞳の奥で志が燃ゆる。
イーオス・アステリオは妄執を断ち切った。もう過去に引き摺り回されない。
そんな彼女の変化を悟ってか、フェネス・ルナールはつまらなそうに鼻白んだ。
「お行儀よくなられましたねぇイーオス・アステリオ。外面とは裏腹に、奥底では爛々とした葛藤を溜め込んでいた時の貴女が、一番魅力的だったのですが」
まるでお気に入りだった玩具が遊べなくなったような調子でフェネスの関心は消え失せた。
「早々に賊の連行をお引き継ぎ致します故、お立ち会い願います。我々とて、暇ではないのでね」
そうして一足先に持ち場へ動く狐魔族の後ろ姿を睨んだミニュアは半眼になって「ウチ、アイツ、キライ……!」と何故か片言で毒づいていた。
†
剣鉈隊と別れた一行は、奪還した物資と捕まっていた獣人たちを送り届けるべく、ギムレー村へと地上から戻った。
すると村には荷車隊とも剣鉈隊とも異なる騎士の小隊が出迎えた。構成員の殆どが鎧ではなく白衣を着ており、医療従事を目的とする一団であると窺える。
銀杯隊だ。賊に襲われた件を聞きつけ、派遣されたのだろう。しかもそんな騎士に混ざっていたのは、ルチルたちもよく知る人物だった。
「サーフィア!」
駆け寄ってきたのは、長い白髪を一部結わえた猫魔族の王族少女。
「デイア、なんでここに」
「伝令が回ってきたの。万が一の治療のために戦地からこっちへ。みんなは無事?」クラスメイト全員の安否を彼女は訪ねる。
「おう。約束した通り、誰も生徒に怪我させてないぜ」
「……本当に? 打撲や引っ掻き傷だって十分立派な怪我なんだよ?」
「え? いやー、それはー」
「クラスメイトの、誰も、傷付いていないのね?」
「オレが目を光らせていた範囲では、な」
「今目を逸らしたでしょ」
怪訝そうな視線を向けるデイアに質疑問答されていく内に自信がなくなっていくサーフィア。
ほとほとに困り果てる彼の様子にデイアは堪えきれずクスリと笑い出した。
「冗談だよ。見守ってくれていてありがと」
「……あんまり意地悪するなって」
からかわれていることに気付いたサーフィアはやれやれと安堵する。
「けど荷車卿──イーオス隊長があばら骨をやってるかもしれねぇ。そっち診てやってくれねぇか」
「わかった。後は任せて」
仕事の顔になった彼女は、応じてすぐに牛魔族の騎士のもとへ向かう。頼もしい限りである。
連れ去られた村人が家族との再会を果たし、無事でよかった怖かったと悲喜こもごもの感動的な場面があった。
それが落ち着くまで遠巻きから見守っていたルチルだったが、しばらくして緊張の糸が切れてかふと欠伸が漏れた。
「ふわ──っ。もうくたくただよ」
「オイラたち、丸一日動き回ってもう深夜だからな」隣で猪魔族のボークが同意する。
「ちゃっちゃと身体拭いて寝たいところだがひとつ問題あんだよなー」
「エンキ、それって?」
「賊が村を襲ったせいで民家のいくつかダメになっただろ? 寝床足りねぇんだわ……てかあそこの家屋なんてデケェ樹木生えてるが俺ら駆けつけてきた時あんなだったっけ」
「どうせお嬢がやらかしたんだろ」
「じゃあ野宿? 今から夜営準備はつらいよぉー」
そういえば夕食もまだだったと思い出してからお腹も鳴る始末だ。さすがに居残り組はもう休んでおり、起こすのも忍びない。
そうしてげんなりしていると、野生児のシトリが首を傾げて訊ねてくる。
「ルチル、家必要なのか?」
「ん? まぁ村の人たちもまたいくつか建て直さない困るとは思うけど」深夜のテンションなので思考もよく回らずそう答える。
「ならシトリに任せろ……が──おーーっ」
前に進み出た虎魔族は夜空を仰ぐようにして両腕を接地した。
ボコンっと音を立てたかと思えば、空いていた地面が隆起し石造りの建築物を出現させる。ものの数秒の所業だった。
《噴土轟》。地面を操る支配系の魔法紋を用いた芸当であり、彼女の想像しうる造形物にできるようだ。
何軒かをポコポコ作っていき、何事かと村人も集まってきて戸惑いと感嘆の声をあげている。
何気ないやりとりから起きた結果で目を点にする一同に「地下にあったやつを真似した。これでいいか?」とシトリ本人は言ってのける。
そう遠くない未来、このギムレーの村は危険度の低い資源の豊富なダンジョンがある岩の宿場町として発展していくのだが、それはまた別のお話。




