スマイルライクサニー
スルリと頬に当てていた手を降ろしたルビィに信じ難い言葉を投げ掛けられたルチル・マナガルムはたまらず聞き返す。
「……封印、っていうのは、もう使うなってこと?」
「使えるようになるってことは使わずにいられるってことでしょう。今までのように無意識下での発動──悪く言えば暴発を諌められるんだから」
誤解ではないということを強調するようにルビィは淡々と注釈を入れる。
「な、なんで?」
疑問は口をついて出た。じわじわと混乱が頭を駆け巡る。
獣人の中に眠る原石から呼び起こされる力は比類なきものだ。かけがえのない戦力の一端を担うことは間違いない。
これをもっと扱えるようになれば、もっと強くなるというのに。
「どうして、せっかく目覚めた原石を使わなくする話になるの?」
「このままいくと騎士としてはいられなくなるから……これだと語弊があるわね。順を追って話すわよ」
「……うん」
いつになく真剣な彼女の語り草に固唾を呑む。
「原石持ちの獣人は各国の間でも保護という名目で我先に抱き込もうとしている話は聞いているかしら。理由は希少性じゃないの。着眼点はもちろん、比類なき魔力量とその出力よ。戦闘向けの原石持ちなら、数人を保有するだけで国同士でのパワーバランスが大きく傾くことになりかねないわ。それだけ強大な武力に扱われるの。ましてやその力に目覚めている人材なら即戦力ね」
「だから騎士たちにも探させているんだね」
王女は頷く。
「けれどそれはいち個人としての扱いというよりも国家戦力として数えられるに等しいわ。アンタたちの師匠、日鷹卿のように。彼はまだ隊長という立場があるからいいわよ。なんの後ろ楯もない平民の命なんて、御題目を掲げてしまえばいつ捨て駒にされてもおかしくないの」
王族とそれ以外の立場での考えがまるで違う。イーオス・アステリオは原石であることを迎合し、ルビィ・フェリ・ベスティアヘイムは原石であることをよしとしない。
ただしそれはどちらも当人を思ってのことだ。
「じゃあ、シトリも連れ帰って兵士にするの?」
「あの子は例外。意思に沿わなければ徴兵させずに済むと思う。神獣の寵愛を受けた史実の生き証人なんだから。その辺の待遇についても少し考えがあるわ……それより続き!」
他人の心配をしている場合ではないだろう、と言わんばかりにルチルの胸を指でつついたルビィ。
「極端に言い換えれば、アンタも兵器として扱われる可能性があるということ。王国としては歓迎されるかもしれない。でも、アタシにとってその未来は本望じゃない」
アンタは専属護衛騎士になってくれるんでしょ? そう強調する。
「もし目指すのが兵器の道じゃないのなら、その力は隠していなさい。今回はアタシの立場に物を言わせて箝口令を敷くから。幸い荷車隊はその手の界隈には疎い部類だから口止めは難しくないでしょう。今後有事の際以外は使っちゃ駄目。特に公の場では、絶対」
「……うん、わかったよ」
「サーフィアにも伝えておきなさいよ。まだ目覚めていないにしろ、原石だと悟られずに気を付けるべきなのはいっしょ。アイツは又聞きでも意図を汲むでしょうけれど」
「うん……うん?」
あれ? と、話がまとまろうとしたところでルチルは結論に気付く。
「そうなると、今までとたいして変わらないってことになるんじゃあ」
「なにがよ」
「だって原石の力を秘密にして人前で使わないようにすればいいってだけなんでしょ? だけどいざとなれば役立てるし、別に鍛えてもいいわけだ」
「そ、そういうことになるけれど、アンタ本当に納得できたわけ? こんな身勝手な諸事情で足枷をつけられたようなものなのに」
今度はルビィが戸惑う番だった。
「ある意味では王国から手厚い報いを受けられるわけだから、名誉や財も獲得できるチャンスでもあるのよ? 力をひけらかせば、もっと大勢に認められるのに、そんなあっさり手放せる?」
彼女は出会った当初のことをよく覚えていた。無力感に落ち込み、挫けそうになっていた幼少時代のルチルの姿を。
だったらこれから力をつけて見返せと、励ましたのは他ならぬ彼女自身だ。なのに無責任に力を隠せと命じるなんて、恨まれたって仕方ない。
その覚悟をしたはずなのに、ルチルはあっけらかんとしていた。
「ひけらかすもなにも、アテにならない力からアテにしないようにする力になったんだよ。大丈夫! みんなも原石がなくたって王立獣魔騎士になるんだしボクも同じ条件でやるだけさ!」
その前向きさに面食らった様子のルビィにルチルは続けた。
「それともルビィは、ボクが強くなることなんて望んでいなかったの? 特に突出したものもないまま平凡で、君にとっては戦力外の方がよかった?」
「そ、そんな訳ないじゃないっ。本当は凄いことなんだから。アンタの成長そのものは喜ばしいのだけれど、周囲には内密しなくちゃいけなくて正当な評価が認知されずにいるのがやるせないだけよ」
「それなら安心したよ。他ならぬ大好きなルビィからお墨付きをもらえて」
「ぬにぁッ!?」
飾らない好意を含んだセリフにルビィは飛び上がりそうになる。
「ボクは君から褒められるだけでもいいんだよ。他のみんなに讃えられたって、君が駄目だと言うのなら意味がないんだ」
そう言って屈託ない笑顔を向けるルチル。幼少の頃から変わらない、日照りのような破顔一笑。
「それにもしこのことが世間に知られたとしても別にいいよ。この力が役に立てるってことだし、君が五芒魔星になって、女王になって、正しく導いてくれるとわかっている。悪いようにされないって」
ボクはルビィのこと信じているから。
「ア、アンタは……そうやって小っ恥ずかしいことをつらつら言うんだから!」
猫魔族の姫は頬を染め、かぁっと熱に浮かされた顔を手の甲で隠す。
(……そうよ。そういうところなのよ! アタシが国の不条理や王族のしがらみを学んでも、それでも挫けることはなかったのは、コイツが疑いなく送り出したせい)
それでも羞恥に耐え兼ねて顔を背ける。
(でも、だからこそ……そういうひたむきなところが……好────)
ふと、その過程で逸らした視線が目の前にいる別の誰かとバッチリ合った。
真っ赤な血で染まった虎魔族の野生児と。
「がお」
「○╳△□◎◇~~~?!」
とてもロマンスな雰囲気からの不意打ちとスプラッタな絵面という二重の衝撃がルビィに言葉にならない絶叫を引き出させる。
「シ、シトリ!? そんなに血だらけでどうしたの!」
ルチルはたまらず尋ねる。本人の血ではないことは察しがついていても、聞かずにはいられなかった。
「ははに頼まれた。これを受け取れと」
暫く泣き続けていた影響か鼻声の彼女はルチルたちになにかを見せる。
彼女と同じく血に染まった琥珀色の結晶だった。手のひらでどうにか掴めるほどのサイズだ。
「それ高純度の魔石じゃない!? しかもこんな大きさのもの初めて見るわ!」
「そうだ。埋める前にシトリが取り出したんだぞ」
「埋め……ということはアンタ、まさか……!?」
受け取れと言われ、埋める前に取り出した。そして返り血まみれの彼女の姿。
それらから導き出される結論にルビィは絶句する。
母親の亡骸を自らの手で捌き、肉やハラワタを掻き分けて取り出したという事実を口にすることはできなかった。
「お前たちの話、聞こえてきた。よくわからないが、シトリも必要なんだろう? だったらシトリをつれていけ」
そして対価を支払うとでもいわんばかりに神獣魔石を差し出してきた。
「シトリはここしか知らない。地上のこと教えろ。シトリはこれから、このダンジョンを出て生きていかないとならないから……」
ついさっきまで母親にすがりついていた彼女が申し出る。
自分が前に進むために。自立するために。
「……は、ははがいなくなっても、シトリは平気だぞ。シトリは、ははの娘で、強い子だ。……だから、だから…………う、ううぅ~~……!」
話していく内にポロポロと涙の粒が零れ出し嗚咽が漏れる。完全には立ち直れていない。死に別れて数刻も経っていないのだから当たり前だ。
「シトリ……」掛ける言葉が見つからないルチル。
そこへ血で汚れるのも構わずルビィはシトリの手に触れ、神獣魔石を押し戻させる所作を見せた。
「その魔石は、アンタにとってかけがえのない形見なんだから大事にするべきよ」
「形、見……?」
「アンタとアンタの母親が親子だった日々を思い返せる品のこと。後で墓標も作って持ってきてあげる」
グズグズとしゃくりあげる彼女の肩に手を置いてルビィは言う。
墓は死者を弔うためだけではなく残された者のためにある。形見もまた同じだ。
「心配いらないわ。アタシの名に懸けてアンタの身柄の安全と生活を保証する。だから今は、思い出を残す努力をしなさい」
あらたまって第一王女ルビィ・フェリ・ベスティアヘイムが威厳を以て宣誓した。
そんな様子を蝙蝠魔族のミニュアは遠巻きから見守っている。その辺の岩を椅子にして座り、素材の収納ができるようになるまで小休憩を挟んでいた。
「なにはともあれ、これで一件落着っスかねぇ。まさか物資の輸送から村を襲った賊を掃討することになり、超獄獣の討伐までしようとは……」
「おかげさまでオレらは十分点数稼ぎさせてもらったぜ。是非王国には学徒の奮闘を伝えてもらいたいね」
「おたくも抜け目がないっスね」
解体作業をサボって近くにいたサーフィアにミニュアは白い目を向けた。とはいえ彼も騒動解決の立役者のひとりだ。疲弊したルチル同様、休んでいても罰は当たらない。
「それでよ、コウモリ女。ひとつだけいいか?」
「ん? なんスか」
「いや、その、なんだ……」
歯切れも悪く、頬をかいてサーフィアは言葉を濁していた。
「さすがに死ね、は言いすぎたと思ってよ……悪かった」
銀髪の狼魔族は頭を下げた。突然の謝罪にミニュアはポカンとする。
──どうせ死ぬならッ! カッコつけて死ねッ! それが無理ならとっとと失せやがれ!
ゲヘナヒモスとの遭遇時、戦意喪失した自分へ吐き捨てたセリフを思い出す。
「……はぁ~~~~」
ミニュア・デストリゴイはデカいため息を漏らし、呆れた素振りを見せた。
「なにを言うかと思えば、今更そんなこと詫びるんスねぇ~。別に気にしてなかったのに」
「け、けじめは大事だろうが」
「確かにぃ? 緊急事態だったとはいえ? 仮にも女の子相手に? あの罵倒はないと言えばそうっスけど~?」
「ぐぬっ」珍しくサーフィアは頭が上がらない。
ミニュアはそれ以上からかうのをやめる。
「でも、そのおかげでウチは──ウチらは助かったんだと思ってるっスよ? あのままだったら今頃挽き肉か焼死体になってその辺に転がってたかもしれないし」
感謝で返す彼女に、サーフィアは「……ちゃんと伝えたからな」とぶっきらぼうにそっぽを向いた。
「……さて。そろそろウチの魔法紋の出番になりそうだから、ちょっくらもう一働きしてくるっスかね」
「ああ。そろそろ外の空気が恋しくなってきたからな。早々に切り上げたいところだ」
「んじゃ素材整理するの手伝えっス。そうすればもっと早く出発できるっスよ」
「へいへい」
軽口をたたき合い、両者は重い腰をあげた。
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