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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
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天才と凡人


 討伐された超極獣の亡骸は、シトリの追悼を考慮して別の離れた地点に運ばれた。イオ隊長の《逆刑者(ハングドマン)》による重量軽減がなければとても動かすことはできなかっただろう。


 とてつもない超熱を腹の奥で解放された結果体内の水分は蒸発したようで、流血は殆どしていない。ミイラにも近い状態であるのだが、死後もその巨体は見慣れぬ者に身震いさせる迫力を残している。


 いずれその恐ろしい爪と牙は心強い武器の一部に、堅牢な甲殻は頼もしい装備の下地へと姿を変えるだろう。


 当然その材料にするためにはゲヘナヒモスの身体を剥ぎ取り、切り分けなくてはならない。   


 そして僻地のダンジョンの最奥部で討伐した以上、現地にいる者たちでしか捌くことができない。後日あらためて複数名の専門家を呼び出し、はるばるここまで派遣させるというのは、現実的ではないし時間もかかるし腐敗などによる損失がかなり惜しいの三重苦だ。


 幸い小分けにしてあればミニュアの《秘匿の宝物庫(ブラックボックス)》により有益な部位の移送及び保存の観念はクリアできる。


 故に、居合わせた者たちでその作業を行う必要があった。


「ほ、本当にやるのかい……? こんな化物の死体をバラバラにする作業なんて冒険者や狩人のやることだろう。騎士の分野じゃないじゃないか」


「誰だって最初は素人だろ」エンキはそっけなく自分の持ち場に着手する。


「いや! その素人にこれはハードルが高いと言っているわけで!」


「それでもやんなきゃなんねーの。俺らダンジョン潜ってからなーんも活躍なしだったんだ。しかも手伝いをすれば素材分けてくれるんだぜ? 俄然やる気出るわ」


「幸い血抜きの手間が省けたっぽいしお坊っちゃんでもやればできるって」


「お坊っちゃん言うな豚くん!」


「猪だぞ」


 解体するのは体力を残している荷車(ランスロット)隊の騎士数名に加え猪魔族ボーク、猿魔族エンキ、馬魔族ヘングストの戦力外であった学生の彼らである。


 前言通りモンスターの解体作業というのは戦闘の機会が多い騎士であろうと未経験なケースが多い。ボークとエンキは幸いダンジョンのあったヤルンウィドの村出身ということもあり、その手の技術があったことで騎士たちにも頼まれた。 


 ついでに参加させられたヘングストもおぼつかない手つきで超獄獣の甲殻に刃物を入れようとする。


 ガキリッ、という音が出た。


「!? 硬っ、なんだこれはっ、金属を削ってるみたいで全然刃が通らないじゃないか!」


「ああ、こりゃあ大分手間取るぞ。しかもやっとこさ切開できても生きていたら再生してたんだぜ。ゾッとするよ」


 そんな怪物を仕留めることがどれだけ困難なものであったのか、じわじわと実感させられる。


「アイツらはそんなヤツとやり合ってたんだもんなぁ、やっぱスゲーよ。同じ入学したばかりの学生とは思えねぇ」


「今回の実績で騎士候補生(エスクワイア)に推薦されてもおかしくない。オイラたち、大分水をあけられてるよな」


 戦闘の顛末を見ていたわけではない。ほんの一部を垣間見ただけではあるがそれでもまざまざと見せつけられた。


 近接戦で怪我なく見事に立ち回りきったルチルとサーフィアを。一時的ながらもゲヘナヒモスをねじ伏せたルビィを。作戦のために呼び出され、臆することなく向かっていったメノウを。


 シルバーとブロンズクラスである自分たちとゴールドクラスのルチルたち、その溝をこうした形で痛感していた。


「……僕らは、追い付けるんだろうか」解体に悪戦苦闘しながらも、ふとヘングストはぼやく。


「その振りって諸手を挙げて完敗だって認める準備かー?」


「そ、そんなわけではない……」


 言いよどむも、強く言いきれない。しかしカマをかけたエンキは肩を竦める。


「うんにゃ、否定しなくていい。これでプライドを傷つけられて恨めしい赦せない、と考えていたのならソイツは底抜けの間抜け野郎だ。手前の身の丈を把握できてねー」


 やっかみをしたとして、では自分が戦線に立てばどうなるのか。それを置き換えて悟れないとすれば愚かとしか言えないだろう。


「これはミノ教官の指導で聞いた受け売りなんだけどな、天才と凡人の違いは何か? って問い掛けられたんだ。お前はどう思うヘングスト」


「……生まれ持ったものが周囲より優れているかどうか、ではないか?」


「半分正解。教官が言うには、その生まれ持ったもんが周囲より優れていると自覚し更に伸ばしていけるのが天才で、それもわからずただ努力を重ねるのが凡人なんだとよ。つまり、磨くのが上手いヤツの持ってるものが才能って呼ぶってことだ」


「磨く……」ヘングストは反芻する。


 学院でしごきの数々を受け、自身がやっとの想いで食い下がる中、ルチルたちゴールドクラスは苦もなく嬉々として遥か先を突き進んでいた。


 満身もなく、妥協がない。そしてその地点に至るまでの圧倒的な積み重ねの差が明白にあった。


「劣等感に苛まれるのは自分を知るいい機会だ、騎士として己を磨くならば戦闘技術、魔法力、魔法紋(ルーン)の特異性、戦略的な要素……兵站面でもいい。そんな他の分野で優れているものを見定め開拓の肥やしにしろ……とありがたい言葉を教官に頂戴したよ」


 だからこそ、こういうことに意欲的になるべきだとエンキは手際よくゲヘナヒモスの肉を切り開いていく。肉質の弱所を的確に見出だせている。


「俺はよー、元々器用さには自信があったんで色んな技術を身に付けることを心掛けてんのよ。コイツもその一環」


「そういう意味では、オイラの飯炊きも役には立つもんな」


 必死でその差を埋めようと同じもので競うより持ち味を生かす方が健全だと通称ブタザルコンビはアドバイスする。


「……随分本人にとって聞こえのいい詭弁だね」


「ああそうだな。ご都合主義な詭弁だ。でも詭弁だってモチベーションの向上に繋がるのならそれも悪いことじゃねーだろ? ……おいほら手が止まってんぞー、氷なら溶けちまうよー」


 猿魔族の同期はそう締めくくった。促されたヘングストは口を閉ざして自分の持ち場に励み始める。


(僕にできること、か……)



 第一王女ルビィ・フェリ・ベスティアヘイムは気を回せなかったダンジョン最奥にある地下遺跡の景観を眺めていた。戦闘でかなりの被害をもたらされ、過半数が崩れてしまった。


 あらためてこの場所は異質過ぎる。考古学に疎い彼女であってもそれくらいは察した。


 こんな石造りで高階層の街並みを再現できる建築技術は自分たちにはない。なぜこんな地底にあるのかもわからない。


「各地のダンジョンで稀に見つかる遥か古代の文明跡地。史実にも存在しないはずの遺物群。きっとこれほどの規模は初めてよね」


 腰に手を当てルビィは調査隊が入る様子を想像する。神獣の遭遇した上に戦死した事態といい報告書類が膨大になることを予期して頭が傾く思いだ。


(荷車(ランスロット)卿に丸投げしてもいいけれど、王女の面目としては母様に直接伝えておかないといけないし……)


 それに、彼の件(・・・)を話すことを考えれば他者に任せるわけにはいかない。


「ルビィ、ちょっといい?」


 ちょうど、釘を刺すべき相手がやってきた。


 少し調子が戻った様子のルチルであったが、浮かない表情をしていた。理由はわかる。


 母親を喪ったシトリのことを想い、心を痛めているのだろう。そういう性格の人物だ。


「身体はもう大丈夫なようね。なによあらたまって」


「君にお願いがあるんだ」


「お願い?」


 妙に神妙な態度で彼は申し出る。普段であればもっと気軽であけすけに王族に向かって言ってくるものなのだが。


「……ボクを、ひっぱたいて欲しい」


 一瞬、無言の間が生まれる。


「……アンタ」


 想像だにしない頼み事でルビィの眉根が寄った。怪訝、という二文字を言い表す表情になる。


「まさかそういう方面に目覚めたわけ? アタシの影響ならごめんなさいね。けど悪いことは言わないから……」


「あ!? ちっ、違っ! そういうんじゃなくて! ボクの至らなさにけじめをつけたかったんだよ」


 誤解されそうになったルチルは慌てて否定し、その真意を弁明し出す。


「さっき、思っちゃったことがあるんだ。ボクらのために戦ってくれて命を落とした神獣様……シトリのお母さんを見ていて」


「『あの場にデイアが居てくれれば、助けられたのに』……ってとこかしら」


「っ」


 言い当てられたルチルは目を見張る。


「そうよね。あの子の《聖域の抱擁(ホワイトガーデン)》であれはポーションを受け付けない怪我でも治療できていたかもしれない。アンタの考えていることは至極まっとうで合理的よ」


「……だけどデイアはここにはいない」


「そう。当然よ。妹は別の人助けで出突っ張りだったのだから」


 この遠征活動をする前から既に学院を発って救命活動に向かっていた。不在を惜しまれたのは結果論ではある。


 彼が言わんとしてること。それは、いわば自己嫌悪の懺悔である。


「そういう考えになっちゃったこと自体が最低だと思ったんだ。デイアは便利な道具じゃない。なのに彼女の力に頼ろうとして、自分たちの不始末なのに」


 本来であればそんな事態に陥らないように防ぐべきだったのだ。それを棚にあげ、聖女任せでいる思考は怠惰な証左である。


「難儀ねぇ。考えるだけなら自由で口にしたわけでもないのに」


 素直で誠実な彼らしい。ルビィは嘆息し、手のひらを開け広げする。


「じゃあせっかくだしグーパンで行こうかしら?」


「ビンタですらないの!?」


「その方がおもいきりがよくていいでしょう」


「そ、それはやだよぉ~!」


「言い出しっぺなのに注文多いわねぇ。いいから観念して面貸しなさい」


 抗議を無視して強引にルビィは握りこぶしを固めて接近。ルチルは渋々目をキツくつむった。


 そして間もなく顔に接触する。


 ただし、質感は殴打のバキッや平手打ちのバチンといったものではなく、ピトッという感じのソフトな手応えだった。


 ルチルの頬にルビィの手が撫でるようにあてがわれる。伏せ目がちになって彼女は言う。


「これで、いいかしら?」


「……全然痛くなくて、罰になってないよ?」


「当たり前じゃない。直接デイアが聞いても怒らないようなことで痛めつける気はないし自罰的な行動をする必要はないわ」


「ルビィ……」


「アンタは十分に頑張ってる。自他共に認める落ちこぼれだったあの頃からよくぞここまで変われたものね」


 むしろ行き過ぎているのだ。だから警告をしなくてはならない。


「そして、遂に原石の力にまで目覚めた。今でもやろうと思えば引き出せるの?」


「うん、多分。安定させるまで時間が掛かりそうだけど、感覚は大体わかったから」


「……そう。尚更、言っておかないといけないわね」


 意を決して王女は結論から言う。




「ルチル。原石の力は今後使わずに封印しなさい」

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