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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
83/108

超獄獣討伐激戦


 私が相手をしている間に態勢を立て直せ、という指示を受けたサーフィア・マナガルムは目撃した。


 王立獣魔騎士の頂点、卿の称号を持つにふさわしき実力者が本気で闘う姿を。攻撃防御回避魔法の一挙一動に魔力が迸るようで、周囲を寄せ付けないほどの覇気が伴っていた。


 大きさを自在に変化する重剣アロンダイトを手繰り、絶え間なき太刀筋でゲヘナヒモスの外殻を砕き肌を斬り裂きながら、相手の反撃を跳躍と風魔法の足場ですり抜け、羽根のように宙を舞う。反転し踊るようにして肥大化した重剣を叩き込む。幾度となく巨大な敵を揺るがす剛力を見舞う様子は、物理法則を超越した芸当である。


 不意を狙って鞭尾がしなり胴体を横薙ぎにするも、イオ隊長は鉄皮(てっぴ)と自重の増化で耐え凌ぎ受け止める。同じ轍は踏まない。


「ぉォオッ!」


 雄々しい掛け声を吐露して逆に尾を引き、再度軽量化させたゲヘナヒモスを放り投げる。今度は怪物が背中から落下する番だった。


 即座に軽量化を解除。重々しく、遺跡の突起たちに出迎えられて瓦解音と共に痛手の叫びを吐かせていた。


 巨重の天動牛(アステリオ)の異名に違わぬ豪快な大立ち回り。王銘戦器(ロイヤルウェポン)に頼らずともそんな芸当をしでかした。


「す……すげぇ……」


「──ァ。──ィア!」


 あの超獄獣と真っ向勝負で渡り合っている。これが自分たちの師であるオニキス・キャスパリーグと並ぶ隊長格の実力。シトリの戦いなんてまるで本気ではなかった。


 自分が目指す境地は遥か遠い。いったいあとどれほどの研鑽と経験があればたどり着けるのだろうか。目指すべき指標がまたひとつ増えた。


 この時初めてサーフィアはイーオス・アステリオを尊敬に値する騎士であると完全に認めたのである。


 そんな鮮烈な光景に彼が目を離せずにいると、


「──いつまでもボーっと突っ立ってんじゃねぇわよボケオオカミッ」


「ぐはっ」


 目の前で火花が散り一瞬だけ炎が浮かび炙られかける。視線発火の衝撃で仰け反りひっくり返りそうになった。


「なにすンだこのじゃじゃ猫!?」


「抗議する暇あったら手伝いなさい! 弟戦闘不能(グロッキー)になってんのよ!?」横槍の主であるルビィが噛みつき返した。瞳と耳尻尾が燃え背中の炎翼を畳む姿は地上に降りて活動する火を司る天使のようである。


 そして彼女が肩を貸しているのは他でもなくサーフィアの弟であるルチルだった。ぐったりとしておりまともに歩けないようだが「あ、暑……熱ぅ……」とぼやいてるあたり心配はいらなそうだ。


「魔力が枯渇したのか?」


「どちらかと言うと原石の力を使い過ぎた反動ね。まだ出力に対して身体が完全に慣れていないのに無理したせいよ」


「そんなリスクもあるなん……待て。お前原石の存在を知ってたのかよ」


「アタシも王女よ。それくらい知ってておかしくないわ」


 そんなことよりと、介抱をバトンタッチしながらルビィは話を切り出す。


「恐らく荷車(ランスロット)卿でもトドメは刺しきれない。反射をすり抜けた発火の手応えでヤツの耐久はなんとなく掴めたからわかるわ。あの超回復を持っている以上、生半可に叩いてもジリ貧なことは変わらない」


「なら決定打をどうぶちかますんだよ? 大体純粋な物理攻撃つっても限界がある。魔法の火力に頼れねぇからこの現状が続いてんだろ」


「そうね、国消しの槍(ロンゴミニアド)を引っ張り出す案件の脅威だけれど無い物ねだりしても仕方がない……突破する手筈はふたつ。まずはトドメになりそうな手段の方から」


 言って猫魔族の少女はその手に炎弓を成形した。


「──日輪滅炎弓(アポロウーサ)。このダンジョン内で繰り出せる最大火力の技よ。自分で言うのもなんだけど、アタシが全力で色々やると爆炎と余波で巻き添えになるどころか地下を崩落させたっておかしくないわ。被害を抑えてヤツを仕留めるのにはこれしかない」


「だからそれを跳ね返されたら……」


「そしてもうひとつ。ここが重要ね」


 遮り彼女は続ける。横目で顎をしゃくり、遠目で復帰するゲヘナヒモスの姿を注視するよう促す。


「アイツの額に光ってる二種類の石。回復の際には緑の方が強く光ってたから紫の石が恐らく魔法反射を司っているわね。なので紫の方をどうにかして砕く。最悪一時的に無力化するだけでもいいわ。魔法が通る状態にしてちょうだい。もしかしたら紫の原石(反射担当)を砕いても再生しかねないわアイツ」


 伊達に視界が命である彼女ならではの洞察力。とにかくその隙に必殺の一矢が通りさえすれば確実に超獄獣を倒せるのだと。


「……んで、そこまでの作戦をオレに練れってわけかい」


「話が早くて助かるわ。司令塔向きよアンタ」


 気軽に重要な役割を押し付けられたサーフィアであったが、溜め息ひとつを皮切りに思考を加速させ始める。


「……どちらにしてもルチルがダウンしたのが痛い。役回りが足らん」


「面目ないですぅー……」横合いでルチルは呻く。


「が、ちょうどよく援軍がきてくれた」


 駆け寄ってくる知己を見やりサーフィアはニヤリと笑う。手札が増えた。


「サーフィア殿、ルビィ姫殿下。遅ればせながら拙も助太刀いたそう」


 新期生武芸科ゴールドクラスの三人目、狸魔族メノウ・クサナギ。


「アイツ、ははを傷つけた。ははの敵……!」


 自分たちと同じ原石持ちにしてその強大な力を行使可能な心強い味方、野生児シトリ。


「とりあえず隊長に言われて戦力のアテになりそうな面子だけ呼んで連れてきたっス。残りは安全圏に引き下がらせたっスよ」


 そして歩く道具箱とも呼ぶべき能力を持つ少女騎士、蝙蝠魔族ミニュア・デストリゴイ。


 言いながら液体の入った薬瓶を取り出し、キュポッと栓を抜くミニュア。それを地面で寝ているルチルの口に突っ込み、らっぱ飲みさせる。


「ごぼぽぽぽぽっ!」


「魔力ポーションっス。そいつで幾分かマシになるっしょ」


 噴き出しちゃダメっスからね、と言い加えながら彼女は一同にも支給する。幸い治療するような負傷者はいなかった。


 ただ、一体を除いて。よろめきながらも蹄を踏み締めて歩み寄ってくる。


 金毛に痛々しい火傷と傷をいくつも拵え、ただ動くだけで血の雫を滴らせていた。


「神獣様その怪我! ポーションは飲めるっスよね!? 今用意を……!」


『ワタシに薬液は不要だ。そもそも人の手による治療は受け付けぬ。時の回復を待つのみ』


 明らかに安静にするつもりがない彼女をシトリは不安そうに窺う。どれだけ説得しても応じなかったのだろう。


『命を賭して集う愚かで勇ましき獣の子らよ。その敬意に殉じて力を貸そう。ワタシを使え』


「……へっ。隊長サン王女サマ神獣サマと数々の重圧にありがたくて泣けてくるぜ」


 皮肉混じりにサーフィアは苦笑いする。だが、彼なりに期待を応えるための決意表明でもあった。


 最短で最善とまで行かずとも最良の択を掴みとるべく、思考を全力でフル回転させる。


「そんじゃあ──」



 単身ゲヘナヒモスと相対する荷車(ランスロット)卿イーオス・アステリオ隊長であったが、肋骨辺りの違和感と激痛が大きくなるのを感じていた。


 重剣アロンダイトの柄を両手で捻り切る勢いで握り、負荷を大きくして一閃を繰り出す。


 ──波断(はだん)巨重(きょじゅう)烈牙(れつが)


 質量の暴力。鋼の横断。肥大化した刀身による横薙ぎが超獄獣を真芯に捉える。


 ぎぃっ、という呻きを漏らしながら甲殻の一部を砕き巨体を蹂躙されるゲヘナヒモス。


 そして彼女にも損失をもたらした。ビキビキ、という体内からの一段大きな悲鳴に顔をしかめる。さっきの尾撃を受け止めた時も正直凄く響いた。


 いくらポーションによる応急回復があったにせよ受けた痛手は完全に拭いきれない。折れたのか亀裂が走ったのかわからない状態の骨は治るわけもなく、それでも強引に闘っていたが激痛を無視できなくなりつつあった。


 それでも、攻撃の手を緩めたい動き回るのを止めたい息をつきたい休みたいという欲求よりも、優先したいものがある。


 もう自分独りで討伐してみせる、と自惚れるつもりはない。実際有効打を叩き込めはするが、手応えからみるにヤツの命を断つことには届いていないのがわかる。ただその気概でヤツを抑え込むだけで現状は十二分。


 ゲヘナヒモスは緑の光を纏って復帰する。徐々に皮膚が戻り甲殻が盛り上がっていく。その過程の中これでもかと歯牙を軋ませた。明らかに苛立っているようだった。


(やはり、最大積載威力でも怯ませるだけで関の山か)


 芳しくない状況なのに自嘲の笑い声が漏れる。これでもかと一矢を報いてやったという達成感からなのか、それとも背負うものが後押ししてくれているという高揚感からなのかは定かではない。


 まだまだ相手してやる。そんな彼女の気概とは裏腹に。


 ゲヘナヒモスが標的のいない地面を両前肢で穿つ。地中に莫大な魔の炎を吹き込み噴火を起こす大技──煉獄召喚(イーラプション)の予備動作。未遂を含めてこれで四度目の実行である。


「させる──」    


 イオ隊長が一歩踏み締めて重厚な一打で阻止しようとするより先に、ゲヘナヒモスの眼下を横切る人物がいた。


 ──草薙流刀術くさなぎりゅうとうじゅつ飛沫撫斬(しぶきなぎ)り!


 刀から水の斬撃を迸らせた目潰し。合理的で効果覿面な妙技はゲヘナヒモスを悶えさせ、噴火攻撃を中断させた。


「君、は……!」


「長らくお待たせした隊長殿。この大立ち回り、是非に混ぜて貰おう」


 万全なメノウ・クサナギが意気揚々と加勢する。恐れる様子もなく対話不能なモンスターに対して名乗ろうとする。


「やぁやぁ我こそは! 東のヤマトより訪れしサムライの見習いメノウ・クサナギ! 若輩ながらも貴殿の相手となろう! なに、卑怯とは言うまいな? 怪物退治は多数で果たすと相場が決まっていよう! この天叢雲(アメノムラクモ)の錆に──うぬぉっ!?」


 そんな彼女の言葉を遮り、超獄獣は反撃の魔手を伸ばす。メノウはすかさず飛び退いた。


「ええい不粋な。せっかくの口上が台無しではないか」


「どんだけ余裕なんスかい!」代わる形で突進するミニュア。だが直接攻撃を仕掛けることはなく、ゲヘナヒモスの近くを通り過ぎながらなにかを投げ撒いた。


 足元にいくつも転がった小さなそれは、時間差で起爆する。


 ──魔法封袋球(マジックパック)・【氷結(アイス)】!


 連鎖的に氷魔法による凍結が発生し、半端に上昇させていた地中の熱を奪う。メノウの役割は撹乱で、ミニュアの役割は噴火攻撃の妨害及び支援だ。


 そして作戦はここからである。


「ガァァオ!」


 ──《噴土轟(レイジアース)》!


 覆った氷面を突き破り、岩の柱が飛び出した。両手をついたシトリによる支配系の魔法紋(ルーン)の芸当。超獄獣の周囲を取り囲み、からみつこうとする。


「シトリがお前の好きにはさせないぞ!」


 第一段階はゲヘナヒモスの機動力を削ぎ、そして拘束すること。


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