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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
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会して見えた兆し


「赤黒いのが敵! 硬くて熱くて強い! なんかバリアみたいなので魔法効かない! わかった!?」


「十分よ!」


 ルチルの端的な説明にルビィは首肯した。彼の全身が光る紋様に覆われている姿が目に留まる。


(アレって原石の……母様が言っていた通り、ルチルも目覚めてる)


 心当たりがあるのか彼女は納得した様子で戦闘に意識を向ける。紅玉の瞳が再び明滅し始める。


「っ!? だ、ダメだってルビィ! アイツは魔法をはね返──」攻撃手段を察したルチルが慌てて制止するが既に遅い。


 ──《神の火(ウリエル)》、開眼。


 なにもない場所から視線を介して強い火炎を産み出す魔法紋(ルーン)が起動した。火花が生じ、ゲヘナヒモスを燃やす予兆を見せた。


 直前に脅威を察知したのか、超獄獣はあの光膜を展開し魔法系の攻撃から身を守ろうとする。それに阻まれてしまえば、《神の火(ウリエル)》の炎は丸ごとはね返されてしまうだろう。


 ──ゴギャァッ!?


 だが間もなく爆ぜた衝撃は、確実にゲヘナヒモスの肉体に直接届いた。初めて苦悶の呻きを漏らす。


 シュゥゥ……という音と煙をあげて、肩口に浅くも穿った焼穴が作られていた。


 魔法反射の光膜が全く機能していない。それには敵も味方も驚愕する。


「アタシの《神の火(ウリエル)》は見たものを焼くのよ? 窓ガラスの向こうへ火をつけるのとおんなじ。阻むなにかがあろうと視えているのなら関係ない」


 威風堂々と言ってのける彼女の不遜な態度はゲヘナヒモスの怒りを買ったようだった。歪なおびただしい歯牙を剥き出しに喉を鳴らす。


 だが間髪入れず、怪物の至るところから爆轟が連鎖する。息つく間も、態勢を立て直す猶予も与えない。


「ケダモノの分際でいっちょ前に唸ってんじゃあねーわよっ」


 視線発火を起こす度に瞳を紅く妖しく点滅させながらルビィ吠え猛る。


「一切の! 反撃のいとまも! 与えてやりゃしない!」


 一発一発、遠慮なく通っていた攻撃を経るごとに、ゲヘナヒモスはじりじりと後退していく。


 そして遂に、耐え兼ねた超獄獣は退散を選んだ。爆撃に追われながら、ルチルとサーフィアが建設していた銀山岩氷壁に隠れる。


 勘がいいのかルビィの視野から逃れ身を守る最善策を、このモンスターは見出だした。


 ……もっとも、その行いも彼女にとってはさほど意味を為さないという点である。


「往生際が悪いわね。その程度の障害で逃れられると思ったの?」


 直接ゲヘナヒモスへの肉体発火ができなくなったルビィであったが攻撃の手を緩めない。


 ルビィの眼前──目と鼻の先に火花を起こし、激しく可燃させる。


 自ら発生させた顔を包み込めるほどの大きな火炎をそのまま凝縮。一筋の灼熱の光芒として勢いよく解き放たれた。


 視熱線(・・・)。十数メートルの高さはあろうバリケードが蒸発あるいは融解して蹴散らされた。ゲヘナヒモスの図体を無理やり引き摺り出す。


 ──ギイィィヤァァアアアア!?


 そして再び、一方的な爆撃が再開される。



「うわおうじょつよい」


「あの乱れ打ちしてる炎って上級火属性魔法(インペリアルファイア)に匹敵する威力なんだっけ」


「もうアイツ一人でいいんじゃあないかな」


 巨大なモンスターを少女が圧倒している光景を遠巻きで眺めていた猿魔族(エンキ)猪魔族(ボーク)はそんなやりとりをしていた。戦力外な彼らにとっては邪魔をしないことが役割である。


 ここも安全ではないのだが、頼もしすぎる彼女のおかげで大丈夫そうだ。付き添いにきた河馬魔族の騎士ヒポルが「不味いだよ……こんなの不味い状況だぁよぉ~」とどうすることもできずオタオタしている。


「ははっ! しっかりしろ! わかるか!? シトリだぞっ」


 それよりも気掛かりなのはエンキたちの目の前で倒れ伏す金なる巨獣──神獣の様子であった。


 毛並みの至るところが出血し、赤い水溜まりを作っており、酷い火傷も窺える。辛うじて息をしているのか、ゆっくり肩を上下していた。


「これが神獣、か……」


「本当にいたんだな」


 呼び掛けや話し声で意識を取り戻したのか神獣は眼を開く。エンキたちはドキリと身動ぎした。


『……一同に、会したか。だが、思わしくない状況だ』


 口を動かさずとも思念を飛ばして意志疎通を図ってくる。シトリは僅かに安堵し、よく知らぬ者たちは驚き、メノウは恭しくその場に跪く。


 ヤベェ! 対話できるタイプだ神獣()をつけてなかった! と慌てるエンキを余所に、神獣はおもむろに頭を上げる。


 平伏するメノウ、仲違いしていたのを忘れて心配そうに見つめるシトリ、そして今この瞬間も戦場にいるルチルとサーフィアとルビィを見やった。


『五つ……原石を持つ獣の子らがここに揃った。こうも容易く集まろうとは、それは兆しと見なすべきか』


「はは……?」


『なれば、猶予はもう……せめてその時まで緩やかなる安寧をこの子らに……』


「なにを、言ってるんだ? ケガは大丈夫なのか?」


『シトリ、我が娘、よくお聞き……母はこれより全霊を以て、刺し違えてでも止める……汝と仲間たちの未来を、つなぐために』


 ふらつきながらも蹄に力を入れて立ち上がった。出血が収まらない。


「よ、よせ! ははが戦わずともルビィが倒してくれるぞ!? もう休め!」


『……それは、かの赤き猫の娘のことか? 確かに、類を見ぬ苛烈なる炎だ』


 誰から見ても善戦する彼女を見据えて尚、神獣は楽観的ではなかった。


『あの猛々しき灯火でさえも彼奴の命を絶つには力不足。こことは異なる地蓋の底──ダンジョンから渡り歩きしアレには』


「別のダンジョンから……ってことはやっぱりダンジョンって繋がってるということすか……!?」ダンジョン同一説を信じていたボークが話題に食いつく。


『ワタシも及ばずながら、それなりの痛手を加えていたはずだった。見よ』


 だが今はそれどころではない様子で、注意を促す。


 そして異変は示し合わせるように起こった。


 至るところを燃やし尽くされ、辛うじて原型を保つゲヘナヒモスは蹲り、沈黙している。


 そこでようやく攻撃の手を止めたルビィはフゥっ! と一息をつき、相手の出方を窺う。


 ここまで徹底的にやればもういいだろう、という過信と油断。傲りがあった。


 むくり、と巨体は立ち上がる。よくて瀕死、少なくとも戦闘不能になっていなければおかしい状態なのが嘘のように。


「──……は?」猫魔族の王女は言葉を失う。


 全身を燻らせていた白煙は肉が焼ける際に発生したものではなく、自ら発生させる湯気のようなものであり、肉体の活性を意味していた。


 モリモリと、欠損した肉が皮膚が甲殻が、みるみる内に盛り上がって復元していく。とんでもない速度での肉体再生が行われた。


 あれだけ数えきらない手数の強力な攻撃を与え、相応なダメージを与えていたにもかかわらず、それが水泡に返した。


 そして超獄獣の額から割って出ずるは不穏な輝きを放つ二色の鉱石。新緑と赤紫。取り込んでいた原石が現出したのだ。


 ヤツは原石を複数備え、その力を扱えるらしい。ひとつは魔法反射、そして超速再生。窮地に陥ったことでその事実が明らかとなる。


「なっ、なによそれぇ! ズルじゃない反則じゃないインチキじゃない!」


 さしもの予想外の事態にルビィはわめき散らした。単純な視線発火では仕留められない事実を悟り、状況が悪転することを認めざるを得なかった。


 ──ギィィイイイイイイイャゲェェエエエエエエエエエエエエエエッッ!


 ゲヘナヒモスの瞳に力強い光が宿る。おどろおどろしい咆哮を放ち、再起の予兆を仄めかせた。


 そして弾けるように一直線の猛突進。これまでの仕返しと言わんばかりに反撃へ打って出た。


 すかさず視線発火で強い爆炎を浴びせるも、被弾しながらルビィへ肉薄した。


 歪な鈎爪を伸ばした前腕による一撃が繰り出され、退避の暇も与えずにその場を抉り飛ばす。


 直前、ルチルが彼女をかっさらい間一髪で難を逃れていた。


「大丈夫ルビィ!?」


「アイツぅ! 回復するからってアタシの炎を無視して攻めてきやがったわ!」


「じゃあもっと出力を……!」


「瞬間的な威力じゃもう限界よ、溜めた一撃をぶちかまさないと!」


 でもそれには直接発火のやり方じゃ……! と攻めあぐねている。


『アレは、人の身では、抑えられぬ』


 確信めいた様子で神獣は締めくくる。


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