魔法具探し
青空の下、剣術の授業は原っぱの上で行われていた。
木剣を吹き飛ばされ、尻餅をつく男子生徒。その頭上には打ち倒したルビィが勝ち誇るように木剣を掲げていた。
「すげぇ! これで4連勝だ!」
「姫様強ーい!」
「男子顔負けだなぁ」
「当然でしょ? アタシはいずれ母様を越える五芒魔星になるんだから」
おおー、と見学していた周囲の喝采と賞賛を受けて鼻高々に振り返る。
「どう? これが城で学んだ、えーと……きゅうていりゅうごしんけんじゅつよ! ルチルとサーフィアも見習うとい……」
「ね、ねぇ、あと、腕立て、何回~?」
「まだ半分、だ。ちゃんと、自分で、数えろよ!」
彼女の活躍を尻目に、狼魔族の双子はヒィヒィ言いながら師匠オニキスに課されたトレーニングを取り組んでいた。
「ちょっとォ! さっきから応援そっちのけでなにしてんのよ!?」
「見りゃわかるだろ筋トレだ筋トレ」
「やってることじゃなくてなんで今やるのか聞いてるの!」
「毎日欠かさずこれやらないと指導して貰えなくなっちゃうから、時間を見つけてこなしているんだ」
「……へぇ。つまりアタシの活躍を見てていても暇だって言いたいわけねぇ……いい度胸じゃない、ふ、ふふふ」
肩をプルプルさせたルビィは一計を案じた。
「先生ー、もう一戦やらせてもらいまーす。それとサーフィアくんたちが筋トレするぐらい退屈だそうで次の試合相手に立候補させてやってくださーい」
「おまっ、汚ねーぞ!」
「フーン! 悔しかったらかかってきなさいよ」
ルチルたちは溜息をつく。許容範囲であれば王女の権限には先生も逆らえないのだ。
ちなみにデイアは別の選択授業を受けて野草の勉強に出払っている。というより女子で剣術授業を選ぶ彼女が珍しいのだ。
「ルチル、お前行け」
「えっなんでボク!?」
「アイツの見込んだ将来の騎士なんだろ。お姫様のご機嫌を直してこい」
「えぇ~、じゃあ次はサーフィアの番だからね……ルチル行きまーす──あぐっ」
「? ちょっと~なによそのグニャグニャな立ち方~」
「うぅ……至る、ところが、石になったみたいだ……」
渋々次の稽古相手となったルチルであったが腰砕けで足取りがおぼつかない。
言うまでもなく幼い少年にとってはあまりに過酷な鍛錬の影響である。その反動による筋肉痛でロクに動けたものではなかった。
「どこの誰に指導を受けているのか知らないけれど、その成果を試させてもらうわ!」
「い、いや、まだ大した稽古を受けて──うわわっ!」
有無を言わさず事情を察することなくルビィが飛び出してきた。
木剣で斬り掛かってくる彼女にたまらずルチルは受けの姿勢を見せる。
「このこのこのこのこのッ!」
「痛だだだ! ルビィ! 待って待って! 動かすだけで身体がががが!」
「口は弱気な癖にしっかり反応してしゃらくさいわねェ!」
カンカンと軽快な音を立てて剣戟が繰り広げられた。ルビィの腕前は口先だけでなく子供たちが振るうそれとは一線を画す滑らかさとキレがあった。
しかし一方的な攻勢でありながら、ルチルはそんな彼女の猛攻を退ける。
当人としてはいっぱいいっぱいでとても冷静な対応ではないのだが的確に斬撃を弾き、いなし、受け止めている。
あたかも攻撃の挙動を察知したかの如く、身体が勝手に動いて牽制しているようだった。
(あの様子だと考えて防御しているのとも違うな。かといって無意識の反応にしては正確だ。オニキスの野郎に見舞った時もそうだが、やっぱりルチルの魔法紋が関係しているのか)
高みの見物をしていたサーフィアはふと考える。それが《英知の利器》の恩恵であるのなら、身を護るだけで反撃に転じないことを察するに本人の意思が起因しているのは間違いない。
それに、試してみたいこともできた。
「もうダメ……もうムリ……もう一歩も動けない……」
「……ゼェ、ゼェ、す、少しはやるようね」
そうこうしている間に勝負は終わったようで、老人のように木剣で杖をつきながら痙攣しているルチルと息が上がってへたり込んだルビィの姿があった。決着は付かなかったらしい。
「けど、ルビィの剣は確かにすごかったよ。君も腕を磨いてきたんだね~よしよし偉いぞ~」
「ぎニャっ!?」
そう言って他意もなく彼女の赤い髪の上に手を置くルチル。びびびと猫の尻尾が伸びあがり、ルビィは飛び退いた。
「い、いきなりなにすんのっ」
「だって、褒めて欲しかったんでしょ? いくらでもやってあげるよ~」
無垢な微笑みを受け、羞恥で顔を赤くしながらそっぽを向くルビィ。
「わ、わかればいいわ。今度いきなり触ってきたらダメなんだから」
「おい、ツンデレ終わったか。用事があるから帰りにちょっと付き合え」
「誰がツンデレよっ」
サーフィアの投げやりさに突っ込まずにはいられなかったようだ。
†
ルチルたちは買い物に商店の建ち並ぶ街道へ繰り出していた。
「レディをショッピングに誘うなんて気が利くじゃない」
「オレとルチルだけで出掛けたらまた怒り出すだろ。なんか買うならウチは小遣い限られてるから自分で出せよな」
「いいわよ別に。お金はきちんと持ってきているから」
元々そのつもりだったようでそわそわと出店を見ていた。興味津々な様子をルビィは見せる。
「ねぇ、アレはなにかしら」
「クレープ屋さん。薄く焼いた生地に生クリームと果物を挟む庶民のオヤツ」
「へぇ、美味しそうじゃない。買うわ。今回はアタシがご馳走してあげるんだから感謝しなさい」
いいところを見せつけようとしてか、ルビィはそう息巻いた。
「あいよ。ひとつ200Jね」
支払いのために金貨を差し出す。
「四人分いただくわ。これで足りるかしら?」
「でぇえッ!?」
「おいやめろ! こんなとこでそんな金貨出すバカがどこにいる!」
屋台の店主はひっくり返りそうになり、サーフィアは血相を変えて金貨を戻させる。
「それだけで20万Jはするんだぞ。庶民の買い物じゃ滅多に使われないし持ってるやつなんてまずいねぇよ。ましてやガキが迂闊に持ち歩くようなもんじゃあない。釣り銭で返せなくて困るし、そんなの見せびらかしたら民度が悪い町だと盗まれるだけならまだしも襲われるかもしれないぞやめろよな危なっかしい」
「そ、そんなの知らないわよ。お金を出すなんて経験初めてで見様見真似でやってみたんだものっ」
「クソッ、このお姫サマたちの世間知らずを想定に入れるべきだった……」
「まぁまぁ二人とも、ボクが出すから。おじさんこれでお願い」
ルチルが代わりに支払いその場を取り持った。
「はい、これはデイアの分」
「あ……ごめんなさい」
「こういう時は謝るんじゃなくて『ありがとう』って言えばいい」
サーフィアからぶっきらぼうに促されたデイアは、こくりと頷き「あ……りがと」と消え入りそうな声でお礼を言う。
クレープを手にしたルビィはキョロキョロと辺りを見渡した。
「これはどこで座って食べるのかしら」
「こういうのは歩きながら食べるんだよ。椅子とテーブルなんて通り道にはないからね」
「えっ? そんなこと、したことない……」
「えー!? はしたないわ! 庶民って物臭すぎないかしら!?」
「……ハァ。わかった。近くの噴水広場に腰掛ける場所があるからそこ行くぞ。育ちがいいというのも考えものだな……」
カルチャーショックに衝撃を受ける猫魔族の双子姉妹を見てサーフィアが呆れながら提案する。
広場に到着してようやくクレープにありつける一行。
初めての味覚にルビィは目を輝かせデイアも心を奪われている。
そんな二人を尻目にルチルはふとサーフィアに訊ねた。
「それで今日はなにを買うつもりなの?」
「魔法具について見て回ろうと思っている。魔法を内蔵させるヤツがいいな」
「魔法を使いたいの?」
「いや、オレは剣を出せるからなくてもかまわんが、ルチルは魔法紋を考えるにそういう専用武器を持った方がいいと思ったんだ」
この前の一件でルチルが女王の護身杖によってマッドグリズリーを討伐したという経緯についてはサーフィアも聞き及んでいる。
だがその功績はあくまで女王の魔法によるおかげだと周囲は考え当人も受け入れているが、彼はそれだけではなかったのではないかと勘繰っていた。
「お前の本領は武器次第でいくらでも化けるなら、ただの剣や槍を持たせて終わるなんて勿体ない。だから自前の武器くらい拘った方がいい」
「じゃあ、もしかしてこの買い物ってボクのために?」
「ま、まぁな。そうすれば戦力アップになるだろ?」
「わぁ! サーフィア、イカっ腹~!」
「……それを言うなら太っ腹な?」
もし道具を使いこなし、その力を引き出すことができる能力であるのなら、魔法具を扱えば真価を発揮するのではないか。
という推測のもとサーフィアは呑気でちょっぴり間抜けだけど可愛い弟のために一肌脱ぐのである。いざとなれば貯金を崩すことも辞さない。
と、そこまではよかったのだが、その計画は早々に出鼻を挫かれた。
ルチルたちが入店したのは町有数の雑貨屋で冒険者御用達のお店だった。ポーションからちょっとした装備まで置いてあり、ダンジョンでの捜索や町中でモンスターの出現といった有事の際にも市民が利用出来るような品揃えをしてある。
壁にはいくつかの剣や盾などが立て掛けられ、それを見上げたルチルとサーフィアの顔に苦い色が浮かんでいた。
「……普通の武具は買えるかもしれないが魔法具の装備となると」
「うーん高いね……高過ぎたね」
値札を見て、二人は落胆する。
予算では5万Jほどを考えていたのに、魔石の埋め込まれた斧や腕輪ともなると一桁額が増えたのだ。
最安値の鉄製の魔石付き棍棒……マジックメイスでさえ8万J。とても手が出せない代物である。
あの時壊した杖が果たしてどれほどの値打ちがあったのかを考えるとあらためてルチルはゾッとした。
弁償しろとか言われたらどうしようかな、と考えていた時だった。ピコーン! とルチルの頭に閃きがよぎる。
「ねぇねぇサーフィア! ちょっと剣出してよ質のよさそうなヤツ!」
「んあ? ……まぁ別にいいけどよ。これでどうすんだ?」
手早く《銀剣錬製》で一振りの銀の長剣を出し、ルチルに渡した。
受けとるなり、ルチルは踵を返す。
「これを売ればいいんだよ! ボクってあったまいい~ッ──」
「やめんか」
「ギャイぃンんッ?!」
駆け出す前にサーフィアはむんずとルチルの尻尾を掴んで制止する。察していたのか、対応は素早かった。
「なにすんだよぉおおそれやめてよぉおお背中までビリビリするんだぞぉおお!」
「いいからほれよく見ろ」
抗議するルチルに構わず、手放したことで床に落ちた銀剣をサーフィアは示唆する。
それから間もなく、立派な銀剣は幻のようにフッと姿を消した。
「……なんで消したの?」
「手抜きで出したからすぐ失くなったんだ」
「質のよさそうなヤツって言ったじゃん!?」
「うんとしっかり生成したところで保てるのは数日が限界だな。物質系の魔法紋で作った物は遅かれ早かれ魔力に戻って消えちまう。お前そんなもん売ったら詐欺だろ。騎士じゃなくて囚人にでもなりたいのか」
「うぅーじゃあ足りないお金どうすんだよ~!」
「ふぅーん。アンタたちお金がいるのね。じゃあアタシが出してあげるわよ」
騒ぎを聞き付けてか、他の品を見ていたルビィがこちらにやってきて打算のない申し出をした。
「コレはこういう時に使うものなのでしょう?」
言って露店で出そうとした金貨を見せる。
その一枚でもあれば大体の魔法具が候補に入るだろう。
「た、確かにソイツはその使いどころなんだが、いいのか?」
「構わないわ。むしろ助けてもらったお礼と考えると足りないくらいよ。アタシが自由に使えるお金なんだから安心して使いなさい。さぁどうぞ」
「うお……よ、よかったなルチル」
ためらいもなく大金を差し出してくるルビィ。
圧倒的な金銭感覚の違いに感嘆を吐いたサーフィアであったがそれを見つめていたルチルは、
「ごめんルビィ。やっぱり受け取れないや」
「遠慮することないわ。親切は受け取っておくものよ」
「こういうのは違うと思うんだ。気持ちだけでも嬉しいよ」
思い通りにならなくて拗ねてしまうかと思っていたがルビィは肩を竦める程度だった。
「あっそ。なら自分でどうにかしなさい。間怠っこしいわね、男の見栄ってやつかしら」
「月のお小遣いを二人で頑張って1年貯金すれば買えるかな」
「そのことなんだが、アテがあるにはある。それをやってみるか」
サーフィアには策があるようでルチルは乗ることにした。
次回の更新は10月6日(木曜日)を予定しています!
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